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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
41.天中之壺
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「俺は初めてポップルに来た時、初心者狩りにあったんだ」
キースに連れられて、ゴズメルは川のさらに下流に来ていた。ポップルはアルティカに比べて緑が少ないと思っていたが、建物の合間を縫うように緑地帯が設けられている。
「宿代をケチって、このへんで野宿してたらメダル目当ての冒険者に根こそぎ持ってかれたよ」
「……」
歩くゴズメルは、黙ってキースの苦労話を聞いていた。
緑地帯は森のようなのに、木々の向こうに高層住宅が見えるのがなんとも奇妙だ。管理された自然という感じだが、川沿いの道を少し離れれば草が生い茂っている。
キースは通いなれた道のようだ。マップも見ずに歩き続けている。
「俺はそこで気がついたのだ。頭を使ってうまく立ちまわらねば! と……」
「……それはわかったけど、一体どこへ連れていく気なんだい」
なんとかしてやると言うから、てっきり橋を渡る手伝いをしてくれるのかと思ったのに、どんどん遠ざかっている。まさかゴズメルを騙したのだろうか。キースがやけに機嫌よさそうに尻尾を振っているのも妙だ。
「まっ、そう焦るな……よーし着いたぞ」
着いたぞ、と言われても池に面して木が生えているだけで何もない。
キースは偉そうに胸を張って「さあ、ここを掘れ」と、ゴズメルに命令した。
「はぁ……?」
穴を掘ったらアルティカに着くとでも言うのだろうか。ゴズメルは嫌だったが「リリィに会いたくないのかっ?」と言われると、逆らえなかった。
アイテムボックスから柄の長いシャベルを取り出して掘り始める。
その間もキースはペラペラと中身のない話をしゃべり続けていた。
やがて、シャベルの先がこつんと固いものに当たった。
「おいキース、なんか出てきたぞ」
「そっと掘り起こせ。壊すなよ! 絶対に!」
ゴズメルは細かい作業が苦手だ。そんなに言うなら自分でやれと思ったが、仕方ない。
ゆっくりと土をよけて掘り出したのは、小さな木箱だった。
「なるほどね」とゴズメルは言った。
「あんた、ポップルへ来るたびに、この木箱にメダルを貯めてたんだろ」
審査期間中にメダルを百枚貯めるのは大変だが、年をまたいで取っておけるなら話は別だ。
せこいキースの考えそうなことだ……とゴズメルは思ったが、キースは「ぶっぶー」と口をとんがらせて否定した。
「ギャハハ、それは一年目の俺が考えたことだ、バーカバーカ、今の俺はおまえのさらに先をいっている」
「えっ、なに? メダルじゃないっての?」
「開けてみろ」
顎で命令されて、ゴズメルは木箱のフタをバコッと開けた。
ギッシリと緩衝材が敷き詰められた中央に、蓋付きの砂糖壺が入っている。
「??」
壺の狭い口と蓋の間には切り込みが入っていて、小さな匙が差し込まれている。ゴズメルは困惑した。どこからどう見ても砂糖壺だ。小さくて、スターメダルなんて十枚も入るか怪しい。
「仕方ない、見せてやろう」
脇からキースが手をにゅっと出して壺を箱から引き出した。
壺の蓋を開けると、中身を匙でひと掬いして箱に開ける。
ゴズメルは目を疑った。出てきたものは砂糖ではない。メダルだ。
一枚、二枚、五枚、七枚、十枚、二十枚、キースが匙をさっさっと動かすたびに、スターメダルがあらわれる。
「なにこれ、どうなってんだ!?」
腰を抜かしたゴズメルに、キースは「うふんうふん」と咳払いした。ごまかしているが、ニヤついた口元から歯がたくさん覗いている。
「スターメダルは、審査期間が終わると同時に消去されるんだ。一年目の俺は何も知らずに土の中にメダルを埋めてさ、次来た時にカラの箱を開けて愕然としたよ」
「……じゃ、この壺に秘密があるんだね」
「ご名答。この壺は天中之壺ってんだ。なんでも世界まるごとこの壺の中に入ってるらしいぜ」
「な、なんだって?」
「わからねえやつだなあ、物のたとえだよ。つまりそれくらいなんでも入るってこった」
「ああ、そう、たとえね……」
『世界』という言葉に、ゴズメルは敏感になっていた。
キースは自慢げに匙を振って説明した。
「特別な魔道具だから、この壺の中に入れたものを冒険者協会は関知できない。だから古いメダルが消えずに残ってるわけだな」
「……キース、この壺はどこで手に入れたんだ?」
「うるせえな、別にどこだっていいだろ」
「どこだっていいなら教えてくれてもいいはずだ」
ゴズメルは不安を拭い去れなかった。ミノタウロスのカンだろうか。得体が知れなくて、怖い気がする。
キースは忌々しそうに言った。
「結婚祝いに、ブランカの母親がくれたんだよ」
「えっ」
厳しいまなざしの白狼を思い出して、ゴズメルは瞬いた。キースは鼻を鳴らす。
「ブランカの家って金持ちだろ。代々、宝物や狩りの獲物を入れておくのに使っているらしい。へん、あのババアは俺のことを嫌っているからな、くれる時もめちゃくちゃ嫌そうだったぜ」
ゴズメルは身震いした。キースはそんなに貴重なものを、セコいへそくりなんかのために使っているのだ。
だが、いまはことの善悪を追求している場合ではない。
「と……とにかく、ここにメダルがたくさん貯まってるってわけだね。あんたがあたしにそれをくれれば、無事に昇格審査を」
「やーい、それは二年目の俺が犯した間違いだ。哀れだなあ、ケツとチチがデカいくせに脳みそ空っぽかよ」
希望の光にすがりつこうとするゴズメルを、キースはせせら笑った。
「このメダルは出どころが不明扱いだから昇格審査の申請に使えない。面談はどうメダルを稼いだか、戦績を元に行われるんだぞ。まあ受付くらいは誤魔化せるだろうが、没収されるのがオチだ」
「えっ」
「店では問題なく使えるから、俺はもっぱら買い物に使ってるよ。キチンとした宿をとるのは大事だと初回に学んだからな」
「そんな……じゃあ、どうすりゃいいんだよぉ……」
ゴズメルはもう泣きそうだった。キースに唆されたおかげで、いったいどれだけ時間を無駄にしただろう。こんなことなら、橋を突破すればよかった。
目に涙を浮かべたゴズメルに、キースはわたわたと両手を動かした。
「ああもう泣くなっての! 大事なのはこの壺だ。ほら、今あけてやるから、ちょっと待て」
キースが壺を倒しながら、中身を匙で掻き出すと、メダルはじゃらじゃらと出てきた。
「……よし、ゴズメル。この壺に入れ」
「ハァ……?」
こんな小さな壺にどうやって、とゴズメルは思った。キースはふざけているのだろうか。
だが、彼は真剣な面持ちで壺の口をゴズメルに向けた。
小さな壺なのに、中は真っ暗で底が見えない。
「なんでも入るって言っただろう。おまえがこの中へ入ったら、俺が土産物やなんかと一緒にアルティカへ送りゃいいんだ。ブランカのことではちょっと世話になったし、特急便にしてやるよ」
壺の口に触れれば中に入れるらしい。
ゴズメルは、もう考えることもしなかった。壺の中の暗闇に向かって必死に手を伸ばす。
キースに連れられて、ゴズメルは川のさらに下流に来ていた。ポップルはアルティカに比べて緑が少ないと思っていたが、建物の合間を縫うように緑地帯が設けられている。
「宿代をケチって、このへんで野宿してたらメダル目当ての冒険者に根こそぎ持ってかれたよ」
「……」
歩くゴズメルは、黙ってキースの苦労話を聞いていた。
緑地帯は森のようなのに、木々の向こうに高層住宅が見えるのがなんとも奇妙だ。管理された自然という感じだが、川沿いの道を少し離れれば草が生い茂っている。
キースは通いなれた道のようだ。マップも見ずに歩き続けている。
「俺はそこで気がついたのだ。頭を使ってうまく立ちまわらねば! と……」
「……それはわかったけど、一体どこへ連れていく気なんだい」
なんとかしてやると言うから、てっきり橋を渡る手伝いをしてくれるのかと思ったのに、どんどん遠ざかっている。まさかゴズメルを騙したのだろうか。キースがやけに機嫌よさそうに尻尾を振っているのも妙だ。
「まっ、そう焦るな……よーし着いたぞ」
着いたぞ、と言われても池に面して木が生えているだけで何もない。
キースは偉そうに胸を張って「さあ、ここを掘れ」と、ゴズメルに命令した。
「はぁ……?」
穴を掘ったらアルティカに着くとでも言うのだろうか。ゴズメルは嫌だったが「リリィに会いたくないのかっ?」と言われると、逆らえなかった。
アイテムボックスから柄の長いシャベルを取り出して掘り始める。
その間もキースはペラペラと中身のない話をしゃべり続けていた。
やがて、シャベルの先がこつんと固いものに当たった。
「おいキース、なんか出てきたぞ」
「そっと掘り起こせ。壊すなよ! 絶対に!」
ゴズメルは細かい作業が苦手だ。そんなに言うなら自分でやれと思ったが、仕方ない。
ゆっくりと土をよけて掘り出したのは、小さな木箱だった。
「なるほどね」とゴズメルは言った。
「あんた、ポップルへ来るたびに、この木箱にメダルを貯めてたんだろ」
審査期間中にメダルを百枚貯めるのは大変だが、年をまたいで取っておけるなら話は別だ。
せこいキースの考えそうなことだ……とゴズメルは思ったが、キースは「ぶっぶー」と口をとんがらせて否定した。
「ギャハハ、それは一年目の俺が考えたことだ、バーカバーカ、今の俺はおまえのさらに先をいっている」
「えっ、なに? メダルじゃないっての?」
「開けてみろ」
顎で命令されて、ゴズメルは木箱のフタをバコッと開けた。
ギッシリと緩衝材が敷き詰められた中央に、蓋付きの砂糖壺が入っている。
「??」
壺の狭い口と蓋の間には切り込みが入っていて、小さな匙が差し込まれている。ゴズメルは困惑した。どこからどう見ても砂糖壺だ。小さくて、スターメダルなんて十枚も入るか怪しい。
「仕方ない、見せてやろう」
脇からキースが手をにゅっと出して壺を箱から引き出した。
壺の蓋を開けると、中身を匙でひと掬いして箱に開ける。
ゴズメルは目を疑った。出てきたものは砂糖ではない。メダルだ。
一枚、二枚、五枚、七枚、十枚、二十枚、キースが匙をさっさっと動かすたびに、スターメダルがあらわれる。
「なにこれ、どうなってんだ!?」
腰を抜かしたゴズメルに、キースは「うふんうふん」と咳払いした。ごまかしているが、ニヤついた口元から歯がたくさん覗いている。
「スターメダルは、審査期間が終わると同時に消去されるんだ。一年目の俺は何も知らずに土の中にメダルを埋めてさ、次来た時にカラの箱を開けて愕然としたよ」
「……じゃ、この壺に秘密があるんだね」
「ご名答。この壺は天中之壺ってんだ。なんでも世界まるごとこの壺の中に入ってるらしいぜ」
「な、なんだって?」
「わからねえやつだなあ、物のたとえだよ。つまりそれくらいなんでも入るってこった」
「ああ、そう、たとえね……」
『世界』という言葉に、ゴズメルは敏感になっていた。
キースは自慢げに匙を振って説明した。
「特別な魔道具だから、この壺の中に入れたものを冒険者協会は関知できない。だから古いメダルが消えずに残ってるわけだな」
「……キース、この壺はどこで手に入れたんだ?」
「うるせえな、別にどこだっていいだろ」
「どこだっていいなら教えてくれてもいいはずだ」
ゴズメルは不安を拭い去れなかった。ミノタウロスのカンだろうか。得体が知れなくて、怖い気がする。
キースは忌々しそうに言った。
「結婚祝いに、ブランカの母親がくれたんだよ」
「えっ」
厳しいまなざしの白狼を思い出して、ゴズメルは瞬いた。キースは鼻を鳴らす。
「ブランカの家って金持ちだろ。代々、宝物や狩りの獲物を入れておくのに使っているらしい。へん、あのババアは俺のことを嫌っているからな、くれる時もめちゃくちゃ嫌そうだったぜ」
ゴズメルは身震いした。キースはそんなに貴重なものを、セコいへそくりなんかのために使っているのだ。
だが、いまはことの善悪を追求している場合ではない。
「と……とにかく、ここにメダルがたくさん貯まってるってわけだね。あんたがあたしにそれをくれれば、無事に昇格審査を」
「やーい、それは二年目の俺が犯した間違いだ。哀れだなあ、ケツとチチがデカいくせに脳みそ空っぽかよ」
希望の光にすがりつこうとするゴズメルを、キースはせせら笑った。
「このメダルは出どころが不明扱いだから昇格審査の申請に使えない。面談はどうメダルを稼いだか、戦績を元に行われるんだぞ。まあ受付くらいは誤魔化せるだろうが、没収されるのがオチだ」
「えっ」
「店では問題なく使えるから、俺はもっぱら買い物に使ってるよ。キチンとした宿をとるのは大事だと初回に学んだからな」
「そんな……じゃあ、どうすりゃいいんだよぉ……」
ゴズメルはもう泣きそうだった。キースに唆されたおかげで、いったいどれだけ時間を無駄にしただろう。こんなことなら、橋を突破すればよかった。
目に涙を浮かべたゴズメルに、キースはわたわたと両手を動かした。
「ああもう泣くなっての! 大事なのはこの壺だ。ほら、今あけてやるから、ちょっと待て」
キースが壺を倒しながら、中身を匙で掻き出すと、メダルはじゃらじゃらと出てきた。
「……よし、ゴズメル。この壺に入れ」
「ハァ……?」
こんな小さな壺にどうやって、とゴズメルは思った。キースはふざけているのだろうか。
だが、彼は真剣な面持ちで壺の口をゴズメルに向けた。
小さな壺なのに、中は真っ暗で底が見えない。
「なんでも入るって言っただろう。おまえがこの中へ入ったら、俺が土産物やなんかと一緒にアルティカへ送りゃいいんだ。ブランカのことではちょっと世話になったし、特急便にしてやるよ」
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