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急・異種獣人同士で子づくり!?ノァズァークのヒミツ編
39.行かなきゃいけないのに
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なんだなんだ、とゴズメルは思った。
アルティカ支部の妖精族といったら一人しかいない。リリィのことだ。
リリィが、なんて言った? 死にかけているとか、なんとかーー。
ゴズメルの思考はそこでストップした。ぞっとして、全身から冷や汗が吹き出す。
もう、副会長だなんだと気を遣っている場合ではなかった。
「あんっ」
マリアはセルフォンをアイテムボックスに戻したところだった。その体をひっくり返して押し倒す。ゴズメルは問いただした。
「死にかけてるって、どういうこと」
声も体も、自分でも驚くくらい震えている。
逆に組み伏せられたマリアは目をすがめて、自分の肩にかかったゴズメルの両手を見た。
「痛いわ」と言って力を入れたようだが、ゴズメルは離すつもりはなかった。
全身の血が下がっていて、頭がやけに冴えている。
(なんて言った? 種の保存だって? 世界を守る?)
ゴズメルは似たような言い回しを聞いたことを憶えていた。
『ひきこもっているのではない、ノァズアークを守っているのだ』
ジーニョだ。ゴズメルは叫んだ。
「あんたもシャインだのゲームの中だのと世迷言を抜かすわけ!? リリィをどうする気だ!」
荒々しいゴズメルに対して、マリアは「あら」と、おっとりと返した。
「ミノタウロスって物知りなのねぇ。いったい誰に教えてもらったのかしら?」
「んなこたどうだっていい! 質問に答えろ! リリィは、あの子の身に、何が」
「職場で倒れたそうよ」
たった一言で、ゴズメルは凍りついた。マリアはクスクスと嘲笑った。
「あらあら、かわいそうに……! その妖精があなたの可愛い恋人だったの? ふぅーん、一体どんなバフをかけられたのかしら。混乱? 魅了? それとも……」
「容態は、どうなの……」
マリアの挑発に、ゴズメルは乗らなかった。どんな揺さぶりをかけられても、マウントポジションを譲るつもりはない。
マリアは苛立たしそうに「さぁ?」と返した。
「医者にかつぎこまれたタイミングでシラヌイが介入して、妖精族と発覚したようね。部下の種族を偽って登録するだなんて、アルティカ支部の会長ときたら……」
「命に別状はないんだろう!? ねえ!!」
「五月蝿いわねえ、死にかけも同然じゃないの。昔話の中に登場するような超常的な存在を、いったいどこの医者が治療できると言うのよ」
「そん、な……」
ゴズメルの脳裏にリリィのイメージがよぎった。小さくて柔らかな、野に咲く花のような姿だ。
(死にかけてるって言うのか。あたしから遠く離れたところで)
可愛くて、優しくて、誰よりも寂しがり屋なリリィが。
そんなことがあっていいわけがない。
ゴズメルは立ち上がった。
「待ちなさい。どこへ行くつもり」
「アルティカに帰る」
「あらあら、昇格審査はどうするのかしら」
「うるさい! あたしは帰るったら帰る!」
「とんだお子ちゃまね。大きな声を出せば勝手が通ると思っているの?」
「ふざけんな! 恋人が死にかけてんだぞ!」
「そうよ。あなたの親でも子供でもなんでもない、ただの仲のいい同僚がね」
愕然とするゴズメルに、マリアは冷たく言った。
「もう少し冷静になったらどう? あなたは妖精のバフにあてられているだけよ」
「あんたにあたし達の何がわかる」
「……あなたと違って、妖精というものについて多少の知識はあるわ。彼らは生き延びるために、自分のもてるすべてを使って強者をつなぎとめようとする。いわば寄生虫のようなものよ」
肩をすくめたマリアは、ストッキングを脱いでいた。ベッドに長い美脚があらわれていく。
「冒険者協会では各種族が滅んでしまわないように保護しているの。適切な交配相手が見つかるまでは肉体を生きたまま保存しているというわけ」
保存。交配。野生動物を扱うような言い方に、ゴズメルは怖気を振るった。
マリアはくすくすと笑った。
「そう怖い顔をしないでちょうだい。保存済みの妖精の中から、あなたの恋人にふさわしい交配相手を選んであげるから。たとえ死んでしまったとしても、その遺伝子は生き続けるわ。永遠にね」
狂っている、とゴズメルは思った。冒険者協会の闇を知ってしまった今、こんなところにはいられない。
玄関に向かって身を翻した瞬間だった。ガクッと膝から力が抜ける。
(えっ)
立てない。
「やっと効いたのね」
歩み寄るマリアは、素足だった。
「よかったわ。ミノタウロスには毒が効かないのかと思ったけれど」
毒。そんな、いつ――。ゴズメルは、はっとして首筋の血を見下ろした。
「うふふ」
マリアは頬を紅潮させて喜んでいた。
「よかったわぁ……ふふ……私はこう見えて雑種なのよ。ゴズメル」
「なっ……にを……」
「プレイヤーみんなが生きて新天地へ渡るため、シャインの方々は日夜研究を重ねているの。形質を失わずに済む掛け合わせは、もう何通りも試されたわ。私はそのうちの一人」
気が遠くなる。リリィが待っているのに。ゴズメルは、行かなくてはならないのに。
マリアの声は、眠りに誘うかのように甘かった。
「バイコーン族の接敵能力と蛇族の毒牙を合わせれば、ミノタウロスにさえ勝てるということ。目が覚めても、よーく憶えておいてね、ゴズメル……」
アルティカ支部の妖精族といったら一人しかいない。リリィのことだ。
リリィが、なんて言った? 死にかけているとか、なんとかーー。
ゴズメルの思考はそこでストップした。ぞっとして、全身から冷や汗が吹き出す。
もう、副会長だなんだと気を遣っている場合ではなかった。
「あんっ」
マリアはセルフォンをアイテムボックスに戻したところだった。その体をひっくり返して押し倒す。ゴズメルは問いただした。
「死にかけてるって、どういうこと」
声も体も、自分でも驚くくらい震えている。
逆に組み伏せられたマリアは目をすがめて、自分の肩にかかったゴズメルの両手を見た。
「痛いわ」と言って力を入れたようだが、ゴズメルは離すつもりはなかった。
全身の血が下がっていて、頭がやけに冴えている。
(なんて言った? 種の保存だって? 世界を守る?)
ゴズメルは似たような言い回しを聞いたことを憶えていた。
『ひきこもっているのではない、ノァズアークを守っているのだ』
ジーニョだ。ゴズメルは叫んだ。
「あんたもシャインだのゲームの中だのと世迷言を抜かすわけ!? リリィをどうする気だ!」
荒々しいゴズメルに対して、マリアは「あら」と、おっとりと返した。
「ミノタウロスって物知りなのねぇ。いったい誰に教えてもらったのかしら?」
「んなこたどうだっていい! 質問に答えろ! リリィは、あの子の身に、何が」
「職場で倒れたそうよ」
たった一言で、ゴズメルは凍りついた。マリアはクスクスと嘲笑った。
「あらあら、かわいそうに……! その妖精があなたの可愛い恋人だったの? ふぅーん、一体どんなバフをかけられたのかしら。混乱? 魅了? それとも……」
「容態は、どうなの……」
マリアの挑発に、ゴズメルは乗らなかった。どんな揺さぶりをかけられても、マウントポジションを譲るつもりはない。
マリアは苛立たしそうに「さぁ?」と返した。
「医者にかつぎこまれたタイミングでシラヌイが介入して、妖精族と発覚したようね。部下の種族を偽って登録するだなんて、アルティカ支部の会長ときたら……」
「命に別状はないんだろう!? ねえ!!」
「五月蝿いわねえ、死にかけも同然じゃないの。昔話の中に登場するような超常的な存在を、いったいどこの医者が治療できると言うのよ」
「そん、な……」
ゴズメルの脳裏にリリィのイメージがよぎった。小さくて柔らかな、野に咲く花のような姿だ。
(死にかけてるって言うのか。あたしから遠く離れたところで)
可愛くて、優しくて、誰よりも寂しがり屋なリリィが。
そんなことがあっていいわけがない。
ゴズメルは立ち上がった。
「待ちなさい。どこへ行くつもり」
「アルティカに帰る」
「あらあら、昇格審査はどうするのかしら」
「うるさい! あたしは帰るったら帰る!」
「とんだお子ちゃまね。大きな声を出せば勝手が通ると思っているの?」
「ふざけんな! 恋人が死にかけてんだぞ!」
「そうよ。あなたの親でも子供でもなんでもない、ただの仲のいい同僚がね」
愕然とするゴズメルに、マリアは冷たく言った。
「もう少し冷静になったらどう? あなたは妖精のバフにあてられているだけよ」
「あんたにあたし達の何がわかる」
「……あなたと違って、妖精というものについて多少の知識はあるわ。彼らは生き延びるために、自分のもてるすべてを使って強者をつなぎとめようとする。いわば寄生虫のようなものよ」
肩をすくめたマリアは、ストッキングを脱いでいた。ベッドに長い美脚があらわれていく。
「冒険者協会では各種族が滅んでしまわないように保護しているの。適切な交配相手が見つかるまでは肉体を生きたまま保存しているというわけ」
保存。交配。野生動物を扱うような言い方に、ゴズメルは怖気を振るった。
マリアはくすくすと笑った。
「そう怖い顔をしないでちょうだい。保存済みの妖精の中から、あなたの恋人にふさわしい交配相手を選んであげるから。たとえ死んでしまったとしても、その遺伝子は生き続けるわ。永遠にね」
狂っている、とゴズメルは思った。冒険者協会の闇を知ってしまった今、こんなところにはいられない。
玄関に向かって身を翻した瞬間だった。ガクッと膝から力が抜ける。
(えっ)
立てない。
「やっと効いたのね」
歩み寄るマリアは、素足だった。
「よかったわ。ミノタウロスには毒が効かないのかと思ったけれど」
毒。そんな、いつ――。ゴズメルは、はっとして首筋の血を見下ろした。
「うふふ」
マリアは頬を紅潮させて喜んでいた。
「よかったわぁ……ふふ……私はこう見えて雑種なのよ。ゴズメル」
「なっ……にを……」
「プレイヤーみんなが生きて新天地へ渡るため、シャインの方々は日夜研究を重ねているの。形質を失わずに済む掛け合わせは、もう何通りも試されたわ。私はそのうちの一人」
気が遠くなる。リリィが待っているのに。ゴズメルは、行かなくてはならないのに。
マリアの声は、眠りに誘うかのように甘かった。
「バイコーン族の接敵能力と蛇族の毒牙を合わせれば、ミノタウロスにさえ勝てるということ。目が覚めても、よーく憶えておいてね、ゴズメル……」
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