上 下
29 / 203
破・隷属の首輪+5でダンジョンクリア編

17.ジーニョ

しおりを挟む
 鐵刑の塔・第六層目には隠し部屋がある。

 ほとんどの冒険者は素材か上階へ続く階段にしか興味がないので見逃されがちなのだが、よくよく見ると一部だけ壁の色が違うのだ。

 この壁に記されたマークの通りにフロアの石像を動かせば仕掛けが稼働し、隠し部屋に行けるようになるのだが……。

「おまえらはバカか! 開店前の店に特攻かましてくるなんて、いったいどこの田舎者だ!」

 突進して壁をぶち破ったゴズメル(とリリィ)は、揃って魔道具屋に怒られていた。

 ジーニョという魔道具屋は前情報通り老人だった。頭頂部はつるんと禿げているのに、耳からもみあげ、うなじにかけて白髪が生えているのが、穴の空いた帽子を被っているように見える。

「なんのために精緻なギミックが仕込まれていると思っているんだ!? この魔物バグ以下のサル! 野蛮人! バーカ!」

 老眼鏡が曇るほど怒り狂うジーニョが指さす壁には、ゴズメルのシルエット型に空いた穴がある。

 申し訳なさそうに身を縮めるリリィとは対照的に、ゴズメルはプンプン怒って言い返した。

魔物バグ以下のサルはどっちだ、ダンジョンの中になんか住み着きやがって。店だってんならわかりやすくカンバンでも出しとけって話じゃないか!」

「うるさい、おまえなんか客じゃない! とっとと俺の店から出ていけ!」

 おっと、とゴズメルは口を押さえた。店主は偏屈だと聞いている。機嫌を損ねて目当ての品を売ってもらえなかったら大変だ。

「あー……気を悪くさせたんなら、ごめんよ。ちょっと気が焦ってたんだ」

「本当にすみません、おじさま」

 頭を下げるゴズメルに、リリィも加勢した。

「壁を壊してしまって申し訳ありませんでした。私は簡単な補助魔法なら扱えます。修理をお手伝いできればいいのですけど……」

「……フン! 素人の手伝いなんていらんよ、別に……」

 リリィにおじさまと呼ばれたのは満更ではなかったらしい。店主はいくらか口調を優しくして、壊れた壁に近寄っった。耳にかけていた小枝のようなものを壁に触れさせて、なにやらブツブツと呟く。

「あっ、おやっさん、危ないよ!」

 壁から蜘蛛の子のような小さな魔物バグがわらわらと出てくる。攻撃力は低いが、指をかまれると痛いやつだ。

 ゴズメルの言葉に、ジーニョは鼻を鳴らして壁から離れた。

 ゴズメルとリリィは目を丸くした。小さな魔物バグたちは、よちよちと穴を這い上りながら糸を吐き、壁を補修しはじめたのだ。

「まったく嘆かわしいことだ」

 ジーニョは忌々しそうに言った。

「ノァズァークのプレイヤー……それも迷宮の愛し子ミノタウロスが、魔物バグのなんたるかも理解してないんだから」

「???」

 ゴズメルとリリィは顔を見合わせた。ノァズァークというのはこの大陸の名で、プレイヤーはそこに住む住人たちのことだ。それがなぜ魔物バグの知識の話になるのだろう。

 だが、ジーニョ老人が魔物バグに精通しているのは確かだった。魔物バグを素材としてではなく、労働力として扱っている魔道具屋など、ゴズメルは初めて見た。

 魔物バグに詳しいということは、つまり素材知識が豊富なのだ。魔道具の多くが魔物バグ由来の素材から作られることを考えれば、ジーニョは魔道具屋としてかなりの腕利きであるとわかる。

 ダンジョンになど住みつかず、たとえば市場に店を出せば、相当の人気店だったかもしれない。

「で。純種のお嬢さんがたは、何がご入用なんだって」

 ジーニョに不機嫌そうに尋ねられて、ゴズメルは戸惑った。翅を封じているリリィを一目見て、この老人は彼女を純種だと言った。つまり、妖精族であることを見破ったことになる。どう考えてもただの魔道具屋ではない。

 だが、今はジーニョが何者なのかより、目当ての品があるかのほうが重要だった。

「ええっと、あたしたちは『魔封じのアミュレット』が欲しくて……」

「おじさま、妖精の翅を切除する方法をなにかご存じありませんか?」

 リリィの言葉に、ゴズメルは目玉が飛び出るほど驚いた。ジーニョは老眼鏡を軽く持ち上げてリリィを見た。

「ほう? バフの宝庫とも言われる妖精の翅を、あんたは要らないと言うのか」

「はい。私、本気です」

 リリィは真剣な面持ちを崩さなかった。

「だって、この翅にはほとほと困らされてきたのですから。いやらしい鱗粉を振りまいて、大切なひとに迷惑をかけて……こんな翅、切っちゃったほうがいいんだわ」

「リリィ、なんてことを……!」

「どうか止めないでください、ご主人様」

 リリィは目にいっぱい涙を溜めていた。

「今回のことで、この翅がどんなに有害なものか、私は思い知ったのです。こんな翅があるせいで、私……私は、奴隷の身でありながら、ご主人様のことを……!」

「リリィ、違う、違うよ、翅のせいじゃなくて、翅のおかげじゃないか。あたしだって、あんたのことが!」

「あの、盛り上がっているところ悪いんだが、ラブシーンなら外でやってくんないかね」

 うんざりした顔のジーニョが間に割り込んでくる。ハッと我に返った二人は、慌ててお互いから一歩ずつ離れた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

コンプレックス

悠生ゆう
恋愛
創作百合。 新入社員・野崎満月23歳の指導担当となった先輩は、無口で不愛想な矢沢陽20歳だった。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...