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破・隷属の首輪+5でダンジョンクリア編
17.ジーニョ
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鐵刑の塔・第六層目には隠し部屋がある。
ほとんどの冒険者は素材か上階へ続く階段にしか興味がないので見逃されがちなのだが、よくよく見ると一部だけ壁の色が違うのだ。
この壁に記されたマークの通りにフロアの石像を動かせば仕掛けが稼働し、隠し部屋に行けるようになるのだが……。
「おまえらはバカか! 開店前の店に特攻かましてくるなんて、いったいどこの田舎者だ!」
突進して壁をぶち破ったゴズメル(とリリィ)は、揃って魔道具屋に怒られていた。
ジーニョという魔道具屋は前情報通り老人だった。頭頂部はつるんと禿げているのに、耳からもみあげ、うなじにかけて白髪が生えているのが、穴の空いた帽子を被っているように見える。
「なんのために精緻なギミックが仕込まれていると思っているんだ!? この魔物以下のサル! 野蛮人! バーカ!」
老眼鏡が曇るほど怒り狂うジーニョが指さす壁には、ゴズメルのシルエット型に空いた穴がある。
申し訳なさそうに身を縮めるリリィとは対照的に、ゴズメルはプンプン怒って言い返した。
「魔物以下のサルはどっちだ、ダンジョンの中になんか住み着きやがって。店だってんならわかりやすくカンバンでも出しとけって話じゃないか!」
「うるさい、おまえなんか客じゃない! とっとと俺の店から出ていけ!」
おっと、とゴズメルは口を押さえた。店主は偏屈だと聞いている。機嫌を損ねて目当ての品を売ってもらえなかったら大変だ。
「あー……気を悪くさせたんなら、ごめんよ。ちょっと気が焦ってたんだ」
「本当にすみません、おじさま」
頭を下げるゴズメルに、リリィも加勢した。
「壁を壊してしまって申し訳ありませんでした。私は簡単な補助魔法なら扱えます。修理をお手伝いできればいいのですけど……」
「……フン! 素人の手伝いなんていらんよ、別に……」
リリィにおじさまと呼ばれたのは満更ではなかったらしい。店主はいくらか口調を優しくして、壊れた壁に近寄っった。耳にかけていた小枝のようなものを壁に触れさせて、なにやらブツブツと呟く。
「あっ、おやっさん、危ないよ!」
壁から蜘蛛の子のような小さな魔物がわらわらと出てくる。攻撃力は低いが、指をかまれると痛いやつだ。
ゴズメルの言葉に、ジーニョは鼻を鳴らして壁から離れた。
ゴズメルとリリィは目を丸くした。小さな魔物たちは、よちよちと穴を這い上りながら糸を吐き、壁を補修しはじめたのだ。
「まったく嘆かわしいことだ」
ジーニョは忌々しそうに言った。
「ノァズァークのプレイヤー……それも迷宮の愛し子が、魔物のなんたるかも理解してないんだから」
「???」
ゴズメルとリリィは顔を見合わせた。ノァズァークというのはこの大陸の名で、プレイヤーはそこに住む住人たちのことだ。それがなぜ魔物の知識の話になるのだろう。
だが、ジーニョ老人が魔物に精通しているのは確かだった。魔物を素材としてではなく、労働力として扱っている魔道具屋など、ゴズメルは初めて見た。
魔物に詳しいということは、つまり素材知識が豊富なのだ。魔道具の多くが魔物由来の素材から作られることを考えれば、ジーニョは魔道具屋としてかなりの腕利きであるとわかる。
ダンジョンになど住みつかず、たとえば市場に店を出せば、相当の人気店だったかもしれない。
「で。純種のお嬢さんがたは、何がご入用なんだって」
ジーニョに不機嫌そうに尋ねられて、ゴズメルは戸惑った。翅を封じているリリィを一目見て、この老人は彼女を純種だと言った。つまり、妖精族であることを見破ったことになる。どう考えてもただの魔道具屋ではない。
だが、今はジーニョが何者なのかより、目当ての品があるかのほうが重要だった。
「ええっと、あたしたちは『魔封じのアミュレット』が欲しくて……」
「おじさま、妖精の翅を切除する方法をなにかご存じありませんか?」
リリィの言葉に、ゴズメルは目玉が飛び出るほど驚いた。ジーニョは老眼鏡を軽く持ち上げてリリィを見た。
「ほう? バフの宝庫とも言われる妖精の翅を、あんたは要らないと言うのか」
「はい。私、本気です」
リリィは真剣な面持ちを崩さなかった。
「だって、この翅にはほとほと困らされてきたのですから。いやらしい鱗粉を振りまいて、大切なひとに迷惑をかけて……こんな翅、切っちゃったほうがいいんだわ」
「リリィ、なんてことを……!」
「どうか止めないでください、ご主人様」
リリィは目にいっぱい涙を溜めていた。
「今回のことで、この翅がどんなに有害なものか、私は思い知ったのです。こんな翅があるせいで、私……私は、奴隷の身でありながら、ご主人様のことを……!」
「リリィ、違う、違うよ、翅のせいじゃなくて、翅のおかげじゃないか。あたしだって、あんたのことが!」
「あの、盛り上がっているところ悪いんだが、ラブシーンなら外でやってくんないかね」
うんざりした顔のジーニョが間に割り込んでくる。ハッと我に返った二人は、慌ててお互いから一歩ずつ離れた。
ほとんどの冒険者は素材か上階へ続く階段にしか興味がないので見逃されがちなのだが、よくよく見ると一部だけ壁の色が違うのだ。
この壁に記されたマークの通りにフロアの石像を動かせば仕掛けが稼働し、隠し部屋に行けるようになるのだが……。
「おまえらはバカか! 開店前の店に特攻かましてくるなんて、いったいどこの田舎者だ!」
突進して壁をぶち破ったゴズメル(とリリィ)は、揃って魔道具屋に怒られていた。
ジーニョという魔道具屋は前情報通り老人だった。頭頂部はつるんと禿げているのに、耳からもみあげ、うなじにかけて白髪が生えているのが、穴の空いた帽子を被っているように見える。
「なんのために精緻なギミックが仕込まれていると思っているんだ!? この魔物以下のサル! 野蛮人! バーカ!」
老眼鏡が曇るほど怒り狂うジーニョが指さす壁には、ゴズメルのシルエット型に空いた穴がある。
申し訳なさそうに身を縮めるリリィとは対照的に、ゴズメルはプンプン怒って言い返した。
「魔物以下のサルはどっちだ、ダンジョンの中になんか住み着きやがって。店だってんならわかりやすくカンバンでも出しとけって話じゃないか!」
「うるさい、おまえなんか客じゃない! とっとと俺の店から出ていけ!」
おっと、とゴズメルは口を押さえた。店主は偏屈だと聞いている。機嫌を損ねて目当ての品を売ってもらえなかったら大変だ。
「あー……気を悪くさせたんなら、ごめんよ。ちょっと気が焦ってたんだ」
「本当にすみません、おじさま」
頭を下げるゴズメルに、リリィも加勢した。
「壁を壊してしまって申し訳ありませんでした。私は簡単な補助魔法なら扱えます。修理をお手伝いできればいいのですけど……」
「……フン! 素人の手伝いなんていらんよ、別に……」
リリィにおじさまと呼ばれたのは満更ではなかったらしい。店主はいくらか口調を優しくして、壊れた壁に近寄っった。耳にかけていた小枝のようなものを壁に触れさせて、なにやらブツブツと呟く。
「あっ、おやっさん、危ないよ!」
壁から蜘蛛の子のような小さな魔物がわらわらと出てくる。攻撃力は低いが、指をかまれると痛いやつだ。
ゴズメルの言葉に、ジーニョは鼻を鳴らして壁から離れた。
ゴズメルとリリィは目を丸くした。小さな魔物たちは、よちよちと穴を這い上りながら糸を吐き、壁を補修しはじめたのだ。
「まったく嘆かわしいことだ」
ジーニョは忌々しそうに言った。
「ノァズァークのプレイヤー……それも迷宮の愛し子が、魔物のなんたるかも理解してないんだから」
「???」
ゴズメルとリリィは顔を見合わせた。ノァズァークというのはこの大陸の名で、プレイヤーはそこに住む住人たちのことだ。それがなぜ魔物の知識の話になるのだろう。
だが、ジーニョ老人が魔物に精通しているのは確かだった。魔物を素材としてではなく、労働力として扱っている魔道具屋など、ゴズメルは初めて見た。
魔物に詳しいということは、つまり素材知識が豊富なのだ。魔道具の多くが魔物由来の素材から作られることを考えれば、ジーニョは魔道具屋としてかなりの腕利きであるとわかる。
ダンジョンになど住みつかず、たとえば市場に店を出せば、相当の人気店だったかもしれない。
「で。純種のお嬢さんがたは、何がご入用なんだって」
ジーニョに不機嫌そうに尋ねられて、ゴズメルは戸惑った。翅を封じているリリィを一目見て、この老人は彼女を純種だと言った。つまり、妖精族であることを見破ったことになる。どう考えてもただの魔道具屋ではない。
だが、今はジーニョが何者なのかより、目当ての品があるかのほうが重要だった。
「ええっと、あたしたちは『魔封じのアミュレット』が欲しくて……」
「おじさま、妖精の翅を切除する方法をなにかご存じありませんか?」
リリィの言葉に、ゴズメルは目玉が飛び出るほど驚いた。ジーニョは老眼鏡を軽く持ち上げてリリィを見た。
「ほう? バフの宝庫とも言われる妖精の翅を、あんたは要らないと言うのか」
「はい。私、本気です」
リリィは真剣な面持ちを崩さなかった。
「だって、この翅にはほとほと困らされてきたのですから。いやらしい鱗粉を振りまいて、大切なひとに迷惑をかけて……こんな翅、切っちゃったほうがいいんだわ」
「リリィ、なんてことを……!」
「どうか止めないでください、ご主人様」
リリィは目にいっぱい涙を溜めていた。
「今回のことで、この翅がどんなに有害なものか、私は思い知ったのです。こんな翅があるせいで、私……私は、奴隷の身でありながら、ご主人様のことを……!」
「リリィ、違う、違うよ、翅のせいじゃなくて、翅のおかげじゃないか。あたしだって、あんたのことが!」
「あの、盛り上がっているところ悪いんだが、ラブシーンなら外でやってくんないかね」
うんざりした顔のジーニョが間に割り込んでくる。ハッと我に返った二人は、慌ててお互いから一歩ずつ離れた。
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