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序・童貞喪失精子ゲット編
2.ヒーリング・リリィ
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ゴズメルは乱暴にドアを閉めて、執務室を後にした。
冒険者協会アルティカ支部は、町の中央に二階建ての施設を有する。
冒険者の訓練や書類管理を行う施設は、古い石造りの建物だ。以前は砦だったらしい。
頭の中に、シラヌイ会長の言葉がよみがえってくる。
『26にもなってレベル3だなんて、自分で恥ずかしいと思わんのか』
ゴズメルは怒りと悔しさで角が熱くなるのを感じた。
(何も知らないくせに、テキトーこきやがって、あのテングじじいめ)
気をつけていても足に力がこもり、石の階段は少々崩れた。
フンフンと猛牛のように鼻息を荒くしつつ、まっすぐ医務室を目指す。
(あたしだって、簡単にレベルが上げられるんだったらとっくにそうしてるっつーの!!)
怒りを抑えつつ、木製の引き戸をガラッと押し開ける。
ゴズメルは、中にいる人影におやと思った。
寝台に寝ているのは前の任務で負傷した狼族のキース、そのわきに立っている緑髪の美少女は……。
「なぁおい、リリィ。もうちょっとここにいてくれよ」
「ごめんなさいね、キース。でも私、受付の仕事もあるから……」
「じゃあ連絡先を教えてくれ! 俺はもっと君と仲良くなりたいんだ!」
狼族の尾っぽをハート型にくねらせて迫るキースの頭を、ゴズメルは問答無用ではたいた。
「いってえ! 何すんだ、この牛女!」
「黙りな! さっさとそのスケベ面をひっこめないと嫁に言いつけるよ!」
キースは妻帯者だ。嫁と言われたとたんに顔いっぱいに冷や汗をかいている。
「このバカが悪かったね。リリィ」
ゴズメルはキースを放って、リリィに向き直った。
「いいえ、ゴズメル。ありがとう……だけど、キースは怪我をしてるのよ。叩いちゃいけないわ」
さらさらと葉擦れの鳴るような愛らしい声に、ゴズメルは思わず目を細める。
リリィは冒険者協会アルティカ支部の誇る人気受付嬢だ。
おそらく多種族の血が混ざりあっているのだろう。
白い耳がかすかに尖っていて、いくらか兎族の血が混ざっているようには見えるが、ほかに種族的な身体特徴は見られない。
だが、だからこそ、なのだろうか。どの種族からも受け入れられる愛らしさを彼女は持っていた。
エメラルドの瞳は思慮深く、ゆったり編んだ緑髪を片側に垂らした姿は品がある。
可愛くて親切、受付嬢として優秀なうえ、ちょっとした回復魔法まで使える。
こうして医務室で看護にあたるほか、ヒーラーの手が足りない時は臨時で現場にも出たりする。
荒くれた冒険者たちが放っておくはずもない人気者だ。
同じ女であるゴズメルでさえ、リリィには弱かった。
いかにも儚げな彼女に優しく諭されると、ついフワフワとうなずいてしまうのだ。
「ウン、そうだネ。暴力はヨクナイ」
「はぁ!? どの口がほざいてんだよ」
「うっせえ、キース」
ゴズメルはハエを払うように、細い尾で空気をぴしゃっと鳴らした。
「杖をつけば歩けるんだろう。会長が呼んでるんだからさっさと行きな」
「会長が……?」
「おそらく昇格審査の件だ」
「あぁ……俺は今回ドジッてケガもしたし、子供も生まれるからな……確かに昇格して内勤に回してもらった方がいいのかもしれん。うふん、リリィちゃんともお近づきになれることだし」
「死ね」
「なんだと!」
端的に罵ると、キースは鋭い牙をむき出しにして怒った。
「おまえはどうなんだよ。俺は知ってんだぞ。おまえは実はレベルが低いくせに、いつまでも偉そうに現場に居座っている」
今日はどこへ行ってもその話をされるようだ。
嘆息するゴズメルに、キースは言い放った。
「言っとくが女のおまえがデカい態度でいるから、下の連中はかなり迷惑してんだぞ。まあデカいのは態度だけじゃない……むぐむぐ」
最後まで言い切れなかったのは、リリィがキースの頬に松葉づえをプニッと押し付けたからだ。
「はい、キース。あなたはもう行かなきゃいけないでしょう。階段が辛かったら、誰か手伝いを頼むけれど……」
「い、いいよいいよ、こんなのかすり傷だ」
キースはプライドが高い。誰かに貸しを作りたくないのだろう。
リリィから松葉づえを受け取ると、ゴズメルに向かってフンッと鼻を鳴らして去っていった。
足音が遠ざかると、リリィは気遣うように言った。
「ゴズメル、どうか気にしないでちょうだいね。私は受付でゴズメルの悪口を聞いたことなんて一度もないわ。キースは、あなたが強くて素敵だから、足をひっぱりたくて仕方ないのよ」
「ん……」
キースは同期だ。考えていることは手にとるようにわかる。
いつもなら胸を張って笑い飛ばしているところだが、その日のゴズメルは元気がなかった。
リリィは心配そうにゴズメルの顔をのぞきこんだ。
「なんだか顔色が悪いみたい。少し休まなきゃいけないわ、ゴズメル」
ゴズメルが何か言う前に、リリィは相談者用のイスを引っ張ってきた。
「座ってちょうだい。今、お茶を用意するわ」
「いや、でもリリィ、あんた仕事があるんじゃ……」
「いいの。冒険者の健康管理も、大事な仕事なんだから」
甘やかすように言われると、ゴズメルも座るほかなかった。
小柄で風が吹けば飛んで行ってしまいそうなリリィだが、姉のようにふるまう一面がある。
冒険者協会アルティカ支部は、町の中央に二階建ての施設を有する。
冒険者の訓練や書類管理を行う施設は、古い石造りの建物だ。以前は砦だったらしい。
頭の中に、シラヌイ会長の言葉がよみがえってくる。
『26にもなってレベル3だなんて、自分で恥ずかしいと思わんのか』
ゴズメルは怒りと悔しさで角が熱くなるのを感じた。
(何も知らないくせに、テキトーこきやがって、あのテングじじいめ)
気をつけていても足に力がこもり、石の階段は少々崩れた。
フンフンと猛牛のように鼻息を荒くしつつ、まっすぐ医務室を目指す。
(あたしだって、簡単にレベルが上げられるんだったらとっくにそうしてるっつーの!!)
怒りを抑えつつ、木製の引き戸をガラッと押し開ける。
ゴズメルは、中にいる人影におやと思った。
寝台に寝ているのは前の任務で負傷した狼族のキース、そのわきに立っている緑髪の美少女は……。
「なぁおい、リリィ。もうちょっとここにいてくれよ」
「ごめんなさいね、キース。でも私、受付の仕事もあるから……」
「じゃあ連絡先を教えてくれ! 俺はもっと君と仲良くなりたいんだ!」
狼族の尾っぽをハート型にくねらせて迫るキースの頭を、ゴズメルは問答無用ではたいた。
「いってえ! 何すんだ、この牛女!」
「黙りな! さっさとそのスケベ面をひっこめないと嫁に言いつけるよ!」
キースは妻帯者だ。嫁と言われたとたんに顔いっぱいに冷や汗をかいている。
「このバカが悪かったね。リリィ」
ゴズメルはキースを放って、リリィに向き直った。
「いいえ、ゴズメル。ありがとう……だけど、キースは怪我をしてるのよ。叩いちゃいけないわ」
さらさらと葉擦れの鳴るような愛らしい声に、ゴズメルは思わず目を細める。
リリィは冒険者協会アルティカ支部の誇る人気受付嬢だ。
おそらく多種族の血が混ざりあっているのだろう。
白い耳がかすかに尖っていて、いくらか兎族の血が混ざっているようには見えるが、ほかに種族的な身体特徴は見られない。
だが、だからこそ、なのだろうか。どの種族からも受け入れられる愛らしさを彼女は持っていた。
エメラルドの瞳は思慮深く、ゆったり編んだ緑髪を片側に垂らした姿は品がある。
可愛くて親切、受付嬢として優秀なうえ、ちょっとした回復魔法まで使える。
こうして医務室で看護にあたるほか、ヒーラーの手が足りない時は臨時で現場にも出たりする。
荒くれた冒険者たちが放っておくはずもない人気者だ。
同じ女であるゴズメルでさえ、リリィには弱かった。
いかにも儚げな彼女に優しく諭されると、ついフワフワとうなずいてしまうのだ。
「ウン、そうだネ。暴力はヨクナイ」
「はぁ!? どの口がほざいてんだよ」
「うっせえ、キース」
ゴズメルはハエを払うように、細い尾で空気をぴしゃっと鳴らした。
「杖をつけば歩けるんだろう。会長が呼んでるんだからさっさと行きな」
「会長が……?」
「おそらく昇格審査の件だ」
「あぁ……俺は今回ドジッてケガもしたし、子供も生まれるからな……確かに昇格して内勤に回してもらった方がいいのかもしれん。うふん、リリィちゃんともお近づきになれることだし」
「死ね」
「なんだと!」
端的に罵ると、キースは鋭い牙をむき出しにして怒った。
「おまえはどうなんだよ。俺は知ってんだぞ。おまえは実はレベルが低いくせに、いつまでも偉そうに現場に居座っている」
今日はどこへ行ってもその話をされるようだ。
嘆息するゴズメルに、キースは言い放った。
「言っとくが女のおまえがデカい態度でいるから、下の連中はかなり迷惑してんだぞ。まあデカいのは態度だけじゃない……むぐむぐ」
最後まで言い切れなかったのは、リリィがキースの頬に松葉づえをプニッと押し付けたからだ。
「はい、キース。あなたはもう行かなきゃいけないでしょう。階段が辛かったら、誰か手伝いを頼むけれど……」
「い、いいよいいよ、こんなのかすり傷だ」
キースはプライドが高い。誰かに貸しを作りたくないのだろう。
リリィから松葉づえを受け取ると、ゴズメルに向かってフンッと鼻を鳴らして去っていった。
足音が遠ざかると、リリィは気遣うように言った。
「ゴズメル、どうか気にしないでちょうだいね。私は受付でゴズメルの悪口を聞いたことなんて一度もないわ。キースは、あなたが強くて素敵だから、足をひっぱりたくて仕方ないのよ」
「ん……」
キースは同期だ。考えていることは手にとるようにわかる。
いつもなら胸を張って笑い飛ばしているところだが、その日のゴズメルは元気がなかった。
リリィは心配そうにゴズメルの顔をのぞきこんだ。
「なんだか顔色が悪いみたい。少し休まなきゃいけないわ、ゴズメル」
ゴズメルが何か言う前に、リリィは相談者用のイスを引っ張ってきた。
「座ってちょうだい。今、お茶を用意するわ」
「いや、でもリリィ、あんた仕事があるんじゃ……」
「いいの。冒険者の健康管理も、大事な仕事なんだから」
甘やかすように言われると、ゴズメルも座るほかなかった。
小柄で風が吹けば飛んで行ってしまいそうなリリィだが、姉のようにふるまう一面がある。
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