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第十四話 もう一度
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そうして見えてきた、長い長い階段だったものの果て。常夜の空の下、何も無い開けた所に、ポツンと石碑だけが置かれている寂しい空間。
『亡霊』の居る、この世界から最も遠い場所。
足を踏み入れると、ゴオっと思わず目を瞑ってしまうくらいの強い風が吹く。
それが収まって目を開けると、穴だらけの黒いローブを着た亡霊が、石碑の前に立っている。もう、飽きる程見た光景だった。
「——お前を、待っていた」
でも今日は、いつもとは違う。決して流暢では無かったが、亡霊がはっきりと言葉を喋っている。最後に聞いたあの声が、そよ風に乗って流れてくる。
今なら分かる。あの人はずっと、そう言ってくれていたんだ。ただその声を、剥き出しの心が発するその音を、俺が無意識の内に聞きたくないと思っていたから、聞き取れなかっただけで。
「答えを、聞こう」
さっきよりも、遥かに強い風が吹く。その流れに逆らって、一歩一歩を踏みしめて前へと出る。胸の内は、相変わらず潰されたように苦しいけれど、歩くのはちっとも苦じゃない。
俺は、勇者としてこの塔を出ると、亡霊の姿から目を背けないと、固く決めたから。
目の前にあれだけ遠かったあの黒い靄がある。近くで見てみて初めて、その奥にうっすらと顔が映っているのが分かった。
見覚えのある、端正な女性の顔。おそらく、もう何回ではきかないくらい、俺はこの顔を見たのだろう。
「——お前は……世界を、愛しているか?」
存在全てを絞り出すような問いかけ。俺は息を大きく吸って、どこまでも霞んだ青い目を真っ直ぐに見返した。随分と長いこと待たせてしまったけれど、今なら堂々と答えられる。これが、俺のルーツだから。
「——俺は世界を愛してる。何度生まれ変わっても、心の底からそう思ってる。もう一人の貴女にだって、胸を張ってそう言えるよ」
「そう、か——」
そう言った途端、足元から際限なく光が溢れ出して俺の身体を包み込んでいく。一瞬、『亡霊』——いいや、『魔王』が笑ったような気がしたけれど、もう見えない。黒い靄もローブも掻き消されて、そこに居るのかどうかさえ分からなかった。
「今の俺は——」
だから叫んだ。俺に出来る目一杯、塔の皆にも届くくらい大きく。
「皆の知ってる勇者じゃないけど! 必ず、必ず戻って来ます! そうしたら次は俺が! 皆を送り出しますから——!」
屋上が、廃雄塔が、自分の声さえがどんどん遠くなっていく。これで二回目の浮遊感が意識と現実を切り離して、目の前が真っ白になる。
「——二度と帰ってくるな。馬鹿者め」
そんな声がして、思わず振り返る。もう全部が夜に飲まれてしまうくらい遠くて、最期にあの石碑だけが——
——ここは廃雄塔。『勇者』の絆と約束が眠る、常世の墓標。
『亡霊』の居る、この世界から最も遠い場所。
足を踏み入れると、ゴオっと思わず目を瞑ってしまうくらいの強い風が吹く。
それが収まって目を開けると、穴だらけの黒いローブを着た亡霊が、石碑の前に立っている。もう、飽きる程見た光景だった。
「——お前を、待っていた」
でも今日は、いつもとは違う。決して流暢では無かったが、亡霊がはっきりと言葉を喋っている。最後に聞いたあの声が、そよ風に乗って流れてくる。
今なら分かる。あの人はずっと、そう言ってくれていたんだ。ただその声を、剥き出しの心が発するその音を、俺が無意識の内に聞きたくないと思っていたから、聞き取れなかっただけで。
「答えを、聞こう」
さっきよりも、遥かに強い風が吹く。その流れに逆らって、一歩一歩を踏みしめて前へと出る。胸の内は、相変わらず潰されたように苦しいけれど、歩くのはちっとも苦じゃない。
俺は、勇者としてこの塔を出ると、亡霊の姿から目を背けないと、固く決めたから。
目の前にあれだけ遠かったあの黒い靄がある。近くで見てみて初めて、その奥にうっすらと顔が映っているのが分かった。
見覚えのある、端正な女性の顔。おそらく、もう何回ではきかないくらい、俺はこの顔を見たのだろう。
「——お前は……世界を、愛しているか?」
存在全てを絞り出すような問いかけ。俺は息を大きく吸って、どこまでも霞んだ青い目を真っ直ぐに見返した。随分と長いこと待たせてしまったけれど、今なら堂々と答えられる。これが、俺のルーツだから。
「——俺は世界を愛してる。何度生まれ変わっても、心の底からそう思ってる。もう一人の貴女にだって、胸を張ってそう言えるよ」
「そう、か——」
そう言った途端、足元から際限なく光が溢れ出して俺の身体を包み込んでいく。一瞬、『亡霊』——いいや、『魔王』が笑ったような気がしたけれど、もう見えない。黒い靄もローブも掻き消されて、そこに居るのかどうかさえ分からなかった。
「今の俺は——」
だから叫んだ。俺に出来る目一杯、塔の皆にも届くくらい大きく。
「皆の知ってる勇者じゃないけど! 必ず、必ず戻って来ます! そうしたら次は俺が! 皆を送り出しますから——!」
屋上が、廃雄塔が、自分の声さえがどんどん遠くなっていく。これで二回目の浮遊感が意識と現実を切り離して、目の前が真っ白になる。
「——二度と帰ってくるな。馬鹿者め」
そんな声がして、思わず振り返る。もう全部が夜に飲まれてしまうくらい遠くて、最期にあの石碑だけが——
——ここは廃雄塔。『勇者』の絆と約束が眠る、常世の墓標。
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