少年勇者と廃雄塔の亡霊

佐座 浪

文字の大きさ
上 下
5 / 14

第五話 ルーツ

しおりを挟む
 聖女の居たところが、もう遠い。何度も振り返りながら塔を降ると、焦げた扉の前に探偵が憔悴した顔で立っているのが見えた。

「何か、あったんです?」

 声をかけてみると、いつにも増して光の無い目で探偵が顔を上げる。

「……ああ、勇者君か。また、例の奴が現れたんだよ。私としては、生捕にして徹底的に調べてやりたいところだったのだが……に猛反対された」
「……おばあ様?」
「あぁ……すまない。おばあ様というのは司書のことなんだが、そう呼ぶのは約束事に反している。今のは忘れてくれ」

 そう言って、探偵が大きく息を吐く。どうやら、余程疲れているらしい。

「大丈夫ですか? 疲れてるみたいですけど……」
「ただの四徹だよ。の仕事が完了したら、花屋はなやのハーブティーでも飲んで寝るから大丈夫さ。おそらく、もう幾分もかからないと思うんだが——」
「——良い勘してらっしゃるねぇ。流石は探偵様だよ」

 扉を豪快に蹴破り、部屋から出てきたのは、大量の画材と一枚の紙を持った男の人——『画家がか』。

 ボサボサの茶髪に、顔に生やした濃い髭。煤けた黒のスーツを着た風変わりな人で、まるで何年も穴倉で過ごしたかのような、近寄り難い雰囲気を全開にしている。

 出不精らしく、あまり外に姿を表さない為、一、二回くらいしか話した事は無いが、その姿だけは強烈に印象に残っていた。

「思ったより、早かったな」
「共感出来たからね。ほれ、こんなもんでよろしいかい?」

 探偵が渡された紙を盗み見ると、そこに描かれていたのは、この前に見た黒い何か。

 まるで、それをそのまま封じ込めたかのような——いや、紙の上で生きているようなの迫力と精巧さのある絵に、思わず息を呑んでしまった。

「……完璧な仕事だ、ありがとう。相変わらず、君の絵には驚かされるよ」
「普通でしょ。を描かされるのは、慣れてるしね」
「こき使われてる、とでも言いたいのかな? さて、ではさらばだ諸君。次は非番の時に会おう」
「またご贔屓に。代金は昔のよしみだから、三割引きにしておくよん」
「全く君は……今の私に、何を払えと言うのか」

 気丈に笑って、手をヒラヒラと振りながら探偵が階段を降っていく。

「——あ、お前さ」

 突然、画家に声をかけられた。あまり話した事が無いだけに、少し緊張する。

「……なんです?」
「俺っちの絵、見たっしょ? 代金と言っちゃ安いけど、画材運ぶの手伝ってくれない? 久々に部屋から出て疲れちゃってさぁ……」
「構いませんけど……どこまで運べば良いんです?」
「上だよ上。俺っちの仕事部屋。案内するから、早速宜しく!」

 親しそうに俺の肩を叩くと、画家はズシっと大分重さのある画材を投げ渡してきた。やはり随分と、変わった人のように思える。

 そのまま彼に連れられて、 塔を登る。気づけばずっと上の方、よく見慣れている所まで登ってきた。

 道理であまり画家の姿を見ない筈だ。屋上に近いこの辺りにはいつも、人影がほとんどない。出不精の彼をひっぱり出すような人間が少ないのも頷ける。

「ここだよ。今開けるから、ちょっと待ってね……」

 ガチャガチャと音のなる鍵の束を取り出し、あれでもない、これでもないと画家が唸る。一体何が、この先にはあるというのだろうか。

「おっ、開いたね」
「これは……」

 扉の先に広がっていたのは、画家の印象とはかけ離れた、驚くほど整然としている居間。一点の汚れもなく、絵の具の微かな匂いもしない。森のように澄んでさえいる。

「ほら、ボーっと突っ立ってないで、さっさと入った入った。これはもらうから、その辺にでも座っててよ」

 画材を渡して、画家が指差した部屋の真ん中にあるふかふかのソファーに腰を下ろす。

 すると、鼻を撫でるような優しい香りが、部屋中にふわりと舞い上がった。

「……花の匂い?」
「なんだよ、意外って顔してんね。これでも俺っち、綺麗なもん好きなんだよ?」

 澄んだ翡翠を堪えた飲み物の入ったティーカップとバターの香るお茶菓子を持って、画家は戻ってきた。

「いえ。別にそういう訳では……」
「でもこの身なりだもんねぇ。そう思ってても仕方なしよ。ほい、花屋特製の……なんだったかな? なんとかっていうティー……まあつまり茶だよ茶。結構苦めの渋いや——熱っ!」

 画家がお茶を吹き出す。続けて口にしてみたが、そこまで熱くはない。どうやら彼は猫舌らしい。

「美味しいですね。なんか……苦味がすぅっと染み渡って来ると言うか……」
「探偵も中毒気味の花屋の茶だしね。あいつ、茶を作るのは天下一品だから。絵は教えてもダメダメだったけど」
「絵を——」
「お前には教えないよ」

 画家の瞳が、鋭く光った。脈絡の無い言葉よりも先に、彼のその妙に殺気だった雰囲気の方に意識を持っていかれる。

「ああ、誤解しないでね。一応言っといただけ。世の中、描くより描かれる方が似合うやつってのも居るんよ。お前とか、とか」
「……一つ、伺っても良いですか?」
「ええよ。何?」
「——画家さんは、悲しくなったりしないんですか?」

 気づけば、聞いていた。いつもならそういう話はしないけれど、今日くらいはそうしようと思った。

 驚いたように、画家が目を見開く。ティーカップを持ち上げ、茶を静かに飲み干すと、再びその口を開いた。

「……まあ、答えてもいい。でもその前に、見せたいものがある」

 画家が席を立つ。やがて戻ってきた彼の手にあったのは、それぞれ違う人物の描かれた何枚かの肖像画。一見すると性別以外に共通点の見当たらない男性の絵。

 だが一つ、共通点がある。あるようにしか

 画家の絵はそれこそ、被写体が紙の上で新しい命を得たかのような、迫力と精巧さのある芸術。

 だからこそ、描かれた人物の抱いていた喜び、怒り、哀しみ、楽しさ——それだけでなく、人生そのものが伝わってくる。

 そして、何故画家がこれを見て欲しいと言ったのかも、すぐに分かった。

「どうかな? お前はこの絵に、何を思う?」
「……悲しい、です。俺は、これを知ってる……! とてもよく……知っている……!」

 呼吸が荒くなっていくのが分かる。

 ここに描かれているのはきっと、やり切れない後悔。そして、亡霊から感じるような切なさ。

 胸を奥の奥を潰されたような感情の、混じり気のない正体がここにあった。

「ま、これが描けるって事は、俺っちは悲しいとは微塵も思わないのさ。むしろ、心地良くさえ感じるね」
「……どうしてです?」
「どうしてだと思うね? これはある種、人生の命題にも近しいものがある。俺っちからその答えを聞く前に、一度じっくり考えてごらんな」

 そうは言われても、分からないものは分からない。そもそも、ここで考えたくらいで分かるなら、苦労はしていない。

「そんな事言われても、って顔してんね。まあ分かんねぇだろうよ。多分の問題だからね」
「ルーツ……?」
「そう、ルーツ。俺っちはどうして絵を描いてる? 亡霊はなんでここにいる? お前はどうして強くなりたい? そういうものの根源にあるやつだよ。どんなに訳の分からないものでも、衝動それは自分の内、つまりルーツから生まれてくるものよな」
「どうしてって、そんなの魔王を倒す為に決まってるじゃないですか」

 気づいたらそう答えていた。そういう話ではないと分かっていたのに。

「違うよ」

 画家はキッパリと否定した。まるで、そう答えるのが分かっていたかのように。

「何が……です?」
「そりゃあ、結果の話だろ。お前は何を思っているから、魔王を倒すのかって話さね」
「世界を魔王の居ない平和な世界にする為に。それ以外に、ある訳ないじゃないですか」
「……まあいい良くあることだ。取り敢えず、それを亡霊の姿を思い浮かべながら、もう一度言ってごらんな?」
「だから、世界を魔王の居ない平和な——」

 息が詰まる。文字が頭の中に浮かぶのに、言葉として出す事が出来ない。答えなんて、それしか無いと頭は言っているけれど、亡霊の姿のようにボヤけて何も言えなくなってしまう。

「それが答え。それだけの事よ。ここに来て、色んな奴と話したよね? もっと話すのも良し。ここらで自分と話すのも良し。日進月歩の勇者君も、そろそろ立ち止まって考えてみる時なんじゃないかね?」

 それだけ言って、画家は美味しそうにお茶菓子を食べ始める。

 俺は、どうしたらいいか分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

好色一代勇者 〜ナンパ師勇者は、ハッタリと機転で窮地を切り抜ける!〜(アルファポリス版)

朽縄咲良
ファンタジー
【HJ小説大賞2020後期1次選考通過作品(ノベルアッププラスにて)】 バルサ王国首都チュプリの夜の街を闊歩する、自称「天下無敵の色事師」ジャスミンが、自分の下半身の不始末から招いたピンチ。その危地を救ってくれたラバッテリア教の大教主に誘われ、神殿の下働きとして身を隠す。 それと同じ頃、バルサ王国東端のダリア山では、最近メキメキと発展し、王国の平和を脅かすダリア傭兵団と、王国最強のワイマーレ騎士団が激突する。 ワイマーレ騎士団の圧勝かと思われたその時、ダリア傭兵団団長シュダと、謎の老女が戦場に現れ――。 ジャスミンは、口先とハッタリと機転で、一筋縄ではいかない状況を飄々と渡り歩いていく――! 天下無敵の色事師ジャスミン。 新米神官パーム。 傭兵ヒース。 ダリア傭兵団団長シュダ。 銀の死神ゼラ。 復讐者アザレア。 ………… 様々な人物が、徐々に絡まり、収束する…… 壮大(?)なハイファンタジー! *表紙イラストは、澄石アラン様から頂きました! ありがとうございます! ・小説家になろう、ノベルアッププラスにも掲載しております(一部加筆・補筆あり)。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...