6 / 6
第一章 試しの一年
第六話 中庭の華
しおりを挟む
カラオケの日から数日後の土曜日。午前授業の最後、英語の授業が終わろうとしていた。
「んじゃあ、授業終わり! 残念ながら単語テストが不合格だった人は、放課後に再テストするから、視聴覚室へ集合で。絶対忘れないでよ? それでは!」
英語担当、平沼が教室を出る。何かとそそっかしくて慌ただしい女性だが、サボりだけは絶対に逃がさない。地の果てまでも才能アリが追ってくる。
勿論、俺はお世話になったことはない。ただ、案の定響は悔しそうにこっちを見ていた。
「優人ぉ! 落ちたぁ……! なんでよぉ!?」
「……一応聞くが、勉強したか?」
「した!」
「本当か? どのくらいやった?」
「二時間……いや、一時間半……えっと、多分一時間くらい……」
これは、間違いなくサボったな。苦手を後回しにする、響の悪い癖だ。
「お前、受かったか!?」
おそらく落第二号、支倉登場。
「当たり前だろ。ていうか、お前も落ちたのか?」
「落ちたよちくしょう! 今日が休みだと思って、夜通し思いっきりゲームしちまったからなぁ! なんでちゃんと確認しとかなかったんだ! 昨日の俺!!」
「はっ! 馬鹿め……ん?」
響も落ちて、支倉も落ちたという事は、放課後の再テストの時間には、間違いなく俺一人になる。
今こそ、九郷さんにあの質問の真意を聞く時だ。
いくらくたびれていても、いきなりあんな事を言われてそのままにして居られるほど、好奇心が腐ってはいない。
ホームルーム後、二人が居なくなったのを確かに確認してから、階段を降る。噂によると、この時間も彼女は中庭に一人で居るという。
「……さて、行くか」
深呼吸を一つして、一歩を踏み出す。
入学前にも思ったが、いやに凝った中庭だ。決して広くはないが、写真で見るような外国の庭園に似た厳かな雰囲気がある。
密かな人気はあるらしいが、それに反して人気はほとんどない。時間帯のせいもあるだろうが、明白な理由は目の前に座っている。
「——何か、用?」
庭園の主は、あくまでも無関心そうに顔を上げた。茶色の澄んだ瞳が、俺の姿を捕らえて離さない。
あの時もそうだったが、この人を前にすると圧倒的な存在感に気圧される。庭園も、春風も、陽光も、彼女の為に在るとさえ思わされる。
とはいえ、こっちも負けてはいられない。相手がなんだろうが、やることはやるべきだ。
「言わなくても、分かってるだろ? じゃなきゃ、ただ中庭に来ただけのクラスメイトに、自分に用かなんて聞く筈がない」
「へぇ。思ったより、鋭い。もっと鈍いのかと思ってた」
彼女の瞳が、俺の瞳を貫く。そこに映るものは最早計り知れない。
「……それは、どうも」
「でも、言えることなんて無い。前にも言った通り、響といつも一緒にいるから、色々と気になった。それだけ。大体、あれだけ楽しそうに一緒にいたら、好意があるのかくらい疑うものだと思うけど」
「確かにそうだが……本当に、それだけか?」
「それだけ。嘘をつく理由なんてある?」
すぐには思い当たらなかったが、どうにも引っかかる。俺の考え過ぎかもしれないが、何か他の意図があるようにしか思えない。
「分かったなら、早く戻って頭を回して。やること、あるでしょ?」
「……!」
何を、言われているのか。課題のことか、それとも、他のことか。
九郷さんは、いつの間にか本に視線を戻している。もう話すことはない、帰れ。そう言わんばかりに。
再テストが終わる時間も近い。そろそろ教室に戻らなければ、響に怪しまれる。
一先ず諦めて、振り返ったその時だった。
「——自分だけが特別なんて、思わない事」
言葉が聞こえた、気がした。気のせいかも知れないが、確かに九郷さんが何かを呟いたように思えた。
「……今、何か言ったか?」
彼女は答えない。顔を上げる気配すらない。まるで俺の言葉など聞こえていないかのように。
これ以上は、いるだけ時間の無駄だろう。何か聞き出せるとは思えない。
モヤモヤした気持ちを抱えて教室へ戻ると、丁度響が帰りの支度をしている所だった。
「あ、おかえり。何してたの?」
「……トイレ。待ったか?」
「ううん、今戻ってきたとこ」
「どうだった? 受かったか?」
頭の靄を払うように、当たり障りの無い話を振る。すると、響は得意げに丸ばかりの答案を見せびらかしてきやがった。
「ふふん! あたしは天才ですから! バッチリ受かってやりましたとも!」
「はは、それは何より……って、支倉は? あいつも、再テストだったろ?」
「支倉くんは……寝ちゃっててすっごい怒られてた。多分今、英単語の書き取りやらされてる」
「ふふっ。あいつ、マジで馬鹿だな」
こういう時、あいつの話を聞くと笑えてくる。少し頭が軽くなったような気がした。
「昔からでしょ。んー! さて。お腹空いたし、帰ろっか!」
「おう……ん?」
教室を出ると、廊下に貼ってあった一枚の紙が目に止まった。
『私達と一緒に、漫画を描いてみませんか?』
なんて事はない、部活の勧誘の張り紙。だが、閃くものがあった。
一緒に何かを始めれば、響にも勧めやすいのでは。そんな考えが頭の中に現れる。
「あれ、どしたの?」
「いや、何でもない。早く帰ろう。俺も腹減った」
「うん!」
趣味も何もない、俺には難しいかもしれないが、これも選択肢の一つだ。
幸い、母さんは趣味人間。その手の本や道具は家に山のようにある。帰ったら少し探ってみるとしよう。
「んじゃあ、授業終わり! 残念ながら単語テストが不合格だった人は、放課後に再テストするから、視聴覚室へ集合で。絶対忘れないでよ? それでは!」
英語担当、平沼が教室を出る。何かとそそっかしくて慌ただしい女性だが、サボりだけは絶対に逃がさない。地の果てまでも才能アリが追ってくる。
勿論、俺はお世話になったことはない。ただ、案の定響は悔しそうにこっちを見ていた。
「優人ぉ! 落ちたぁ……! なんでよぉ!?」
「……一応聞くが、勉強したか?」
「した!」
「本当か? どのくらいやった?」
「二時間……いや、一時間半……えっと、多分一時間くらい……」
これは、間違いなくサボったな。苦手を後回しにする、響の悪い癖だ。
「お前、受かったか!?」
おそらく落第二号、支倉登場。
「当たり前だろ。ていうか、お前も落ちたのか?」
「落ちたよちくしょう! 今日が休みだと思って、夜通し思いっきりゲームしちまったからなぁ! なんでちゃんと確認しとかなかったんだ! 昨日の俺!!」
「はっ! 馬鹿め……ん?」
響も落ちて、支倉も落ちたという事は、放課後の再テストの時間には、間違いなく俺一人になる。
今こそ、九郷さんにあの質問の真意を聞く時だ。
いくらくたびれていても、いきなりあんな事を言われてそのままにして居られるほど、好奇心が腐ってはいない。
ホームルーム後、二人が居なくなったのを確かに確認してから、階段を降る。噂によると、この時間も彼女は中庭に一人で居るという。
「……さて、行くか」
深呼吸を一つして、一歩を踏み出す。
入学前にも思ったが、いやに凝った中庭だ。決して広くはないが、写真で見るような外国の庭園に似た厳かな雰囲気がある。
密かな人気はあるらしいが、それに反して人気はほとんどない。時間帯のせいもあるだろうが、明白な理由は目の前に座っている。
「——何か、用?」
庭園の主は、あくまでも無関心そうに顔を上げた。茶色の澄んだ瞳が、俺の姿を捕らえて離さない。
あの時もそうだったが、この人を前にすると圧倒的な存在感に気圧される。庭園も、春風も、陽光も、彼女の為に在るとさえ思わされる。
とはいえ、こっちも負けてはいられない。相手がなんだろうが、やることはやるべきだ。
「言わなくても、分かってるだろ? じゃなきゃ、ただ中庭に来ただけのクラスメイトに、自分に用かなんて聞く筈がない」
「へぇ。思ったより、鋭い。もっと鈍いのかと思ってた」
彼女の瞳が、俺の瞳を貫く。そこに映るものは最早計り知れない。
「……それは、どうも」
「でも、言えることなんて無い。前にも言った通り、響といつも一緒にいるから、色々と気になった。それだけ。大体、あれだけ楽しそうに一緒にいたら、好意があるのかくらい疑うものだと思うけど」
「確かにそうだが……本当に、それだけか?」
「それだけ。嘘をつく理由なんてある?」
すぐには思い当たらなかったが、どうにも引っかかる。俺の考え過ぎかもしれないが、何か他の意図があるようにしか思えない。
「分かったなら、早く戻って頭を回して。やること、あるでしょ?」
「……!」
何を、言われているのか。課題のことか、それとも、他のことか。
九郷さんは、いつの間にか本に視線を戻している。もう話すことはない、帰れ。そう言わんばかりに。
再テストが終わる時間も近い。そろそろ教室に戻らなければ、響に怪しまれる。
一先ず諦めて、振り返ったその時だった。
「——自分だけが特別なんて、思わない事」
言葉が聞こえた、気がした。気のせいかも知れないが、確かに九郷さんが何かを呟いたように思えた。
「……今、何か言ったか?」
彼女は答えない。顔を上げる気配すらない。まるで俺の言葉など聞こえていないかのように。
これ以上は、いるだけ時間の無駄だろう。何か聞き出せるとは思えない。
モヤモヤした気持ちを抱えて教室へ戻ると、丁度響が帰りの支度をしている所だった。
「あ、おかえり。何してたの?」
「……トイレ。待ったか?」
「ううん、今戻ってきたとこ」
「どうだった? 受かったか?」
頭の靄を払うように、当たり障りの無い話を振る。すると、響は得意げに丸ばかりの答案を見せびらかしてきやがった。
「ふふん! あたしは天才ですから! バッチリ受かってやりましたとも!」
「はは、それは何より……って、支倉は? あいつも、再テストだったろ?」
「支倉くんは……寝ちゃっててすっごい怒られてた。多分今、英単語の書き取りやらされてる」
「ふふっ。あいつ、マジで馬鹿だな」
こういう時、あいつの話を聞くと笑えてくる。少し頭が軽くなったような気がした。
「昔からでしょ。んー! さて。お腹空いたし、帰ろっか!」
「おう……ん?」
教室を出ると、廊下に貼ってあった一枚の紙が目に止まった。
『私達と一緒に、漫画を描いてみませんか?』
なんて事はない、部活の勧誘の張り紙。だが、閃くものがあった。
一緒に何かを始めれば、響にも勧めやすいのでは。そんな考えが頭の中に現れる。
「あれ、どしたの?」
「いや、何でもない。早く帰ろう。俺も腹減った」
「うん!」
趣味も何もない、俺には難しいかもしれないが、これも選択肢の一つだ。
幸い、母さんは趣味人間。その手の本や道具は家に山のようにある。帰ったら少し探ってみるとしよう。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
サイキック・ガール!
スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』
そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。
どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない!
車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ!
※
無断転載転用禁止
Do not repost.
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる