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第一章 試しの一年
第四話 春月
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「高校生の一日一日というものは、とても貴重なものです。この後の時間も有意義に使いましょう。勉強するのも勿論よいですし、友達と寄り道して帰るのもまた、素晴らしい事だと思います。ただし、犯罪だけにはくれぐれも注意を。それではまた明日」
学校生活の終わり、帰りのホームルームは、いつも今川のこの文句で締め括られる。
有意義に、という言葉を聞くたびに、頭が錆び付いていて、アイデアが湧いて来ない自分に腹が立つ。
いっそ自分で何か、と思う事もあるが、そう上手い事見つかってくれるものでもない。
「かーえろ!」
「……おう」
「あれ? またテンション低くない? なんかあったの?」
「何もねぇよ。帰ったら何しようか……なんて、考えてただけだ」
「お! じゃあ、放課後は暇って事?」
「まあ、そうなるな」
一体何を切り出されるのか、期待と不安が入り混じった感情のまま、響の言葉を待つ。
「あのさ、『春月』行こう?」
少し、げんなりした。春月は駅前にある、俺達の行きつけのカフェの名前だが、こいつがそう言う時は決まって、授業が分からなかった時だからだ。
「英語か?」
「数学。何がいい?」
「カフェオレ、でっかいやつとチョコアイス」
「よし、交渉成立! レッツゴー!」
手を引かれるままに、俺は校門を駆け出た。
————
「——まあ、数こなせば自然と共通因数は見えてくるからな。慣れれば、そこまで難しい問題じゃない。苦手から逃げないように」
「手厳しいなぁ……ま、ありがと」
「気にすんな。俺の課題も終わったし……何より報酬も貰ってるからな。あまっ」
チョコアイスが染みる。この店は俺が中学一年の時から通っているが、甘味ならなんでも美味いんだ。定期的に食べたくなる。
「甘いもの食べる時の優人、ホントに幸せそうな顔するよね。このまま帰ろうと思ったけど……あたしもなんか食べよ。何にしようかな……」
「——美術部の見学なんか、オススメですよ?」
「うひゃ!? 新井先輩!?」
忍び寄る不審者の影。思わず誰だお前、と言ってやりたくなる。
「……一応聞きますけど、バイトですよね?」
「そそ。逆にそれ以外ある?」
「てっきり、尾行かと」
「いくらなんでも、それはしないよ! 待ち伏せはやろうと思ってたけど」
才能アリ、ねぇ。恐ろしい事だ。
まあ、俺達と先輩の仲なら、ギリギリセーフ、と言えなくもない。嘘、アウト。
「何度来てもお断りします。あと、苺の生クリームショートケーキ一つ下さい!」
「何度でも行くからねぇ! かしこまりました!」
深々と頭を下げ、新井先輩は戻って行った。
「えへへ……デザート! 楽しみー!」
ウキウキで教科書類をしまう響。こいつのこんな姿を見るのは久々な気が——
「あれ、そういえばお前。いつだか甘い物は控える、みたいな事言ってなかったか? 太るとかなんとか言って」
「ちょっとくらいなら大丈夫でしょ! それに、いっぱい食べてエネルギー取らなきゃだし」
「……歌か?」
「うん!」
輝かんばかりの笑顔と、漆黒の文字。俺は今、いつも通りの表情を保てているだろうか。
「はい、お待たせ! ご注文のケーキです!」
「ありがとうございます!」
「それではごゆっくり!」
可愛らしくちょこんと苺の乗ったケーキに、響は目を輝かせている。これならきっと、俺の表情なんて気にもしないだろう。
「すっごい美味しい。優人も一口食べる? あーん、してあげるよ?」
「……馬鹿言うな。高校生にもなって、そんな恥ずかしい事出来るか」
「えー、なんで? あたしと優人の仲でしょ? 家族とおんなじじゃん。恥ずかしがる事なんてないのに」
「はぁ? そんなの家族とでもやらねぇよ!」
「優人のお母さんならやりそうだけど?」
「……ぐぅ」
ありそう、などと思った自分を殴りたい。いいや、これは母さんが悪い。絶対に悪い。
「図星でしょ? 観念して、素直にあーんされなさ——あ、メールだ。ちょっと待ってて」
「……あぶねぇ」
なんだが知らないが、助かったらしい。危うく公開処刑されるところだった。メールの主には是非とも感謝したい。
「誰だろ……陽彩だ。えっと……へぇ、面白そう!」
響が目を細めて、口角をあげた。前言撤回。率直に言って、猛烈に嫌な予感がする。あいつがあの顔をする時は、何か企んでいる時しかない。
適当にはぐらかして帰りたいが、あらゆる手で逃げ場を潰すのはこいつの得意分野。目の前の才能アリの文字が、俺の数秒先に待つ未来を暗示する。
「ねぇ、優人。放課後暇って言ってたよね?」
「課題が——」
「終わったって、さっき言ってなかった?」
詰んだ。どうやら俺に、即席の嘘をつく才能は無いらしい。
「……言ったな」
「習い事もバイトも、ないよね?」
「……ない」
「——じゃあ、一緒にカラオケ行こう! 陽彩も一緒だけど、いいよね?」
おのれ、九郷陽彩ォ! 貴様ァ、何故よりにもよってカラオケなんだ! 遊びに行くとしても、もっと他にあっただろうに!
「……いいよ」
「やったぁ! お金払ってくる!」
心がいくら叫ぼうと、最早俺に逃げ場は無い。出来る事と言えば、力無く机に項垂れる事くらいだった。
学校生活の終わり、帰りのホームルームは、いつも今川のこの文句で締め括られる。
有意義に、という言葉を聞くたびに、頭が錆び付いていて、アイデアが湧いて来ない自分に腹が立つ。
いっそ自分で何か、と思う事もあるが、そう上手い事見つかってくれるものでもない。
「かーえろ!」
「……おう」
「あれ? またテンション低くない? なんかあったの?」
「何もねぇよ。帰ったら何しようか……なんて、考えてただけだ」
「お! じゃあ、放課後は暇って事?」
「まあ、そうなるな」
一体何を切り出されるのか、期待と不安が入り混じった感情のまま、響の言葉を待つ。
「あのさ、『春月』行こう?」
少し、げんなりした。春月は駅前にある、俺達の行きつけのカフェの名前だが、こいつがそう言う時は決まって、授業が分からなかった時だからだ。
「英語か?」
「数学。何がいい?」
「カフェオレ、でっかいやつとチョコアイス」
「よし、交渉成立! レッツゴー!」
手を引かれるままに、俺は校門を駆け出た。
————
「——まあ、数こなせば自然と共通因数は見えてくるからな。慣れれば、そこまで難しい問題じゃない。苦手から逃げないように」
「手厳しいなぁ……ま、ありがと」
「気にすんな。俺の課題も終わったし……何より報酬も貰ってるからな。あまっ」
チョコアイスが染みる。この店は俺が中学一年の時から通っているが、甘味ならなんでも美味いんだ。定期的に食べたくなる。
「甘いもの食べる時の優人、ホントに幸せそうな顔するよね。このまま帰ろうと思ったけど……あたしもなんか食べよ。何にしようかな……」
「——美術部の見学なんか、オススメですよ?」
「うひゃ!? 新井先輩!?」
忍び寄る不審者の影。思わず誰だお前、と言ってやりたくなる。
「……一応聞きますけど、バイトですよね?」
「そそ。逆にそれ以外ある?」
「てっきり、尾行かと」
「いくらなんでも、それはしないよ! 待ち伏せはやろうと思ってたけど」
才能アリ、ねぇ。恐ろしい事だ。
まあ、俺達と先輩の仲なら、ギリギリセーフ、と言えなくもない。嘘、アウト。
「何度来てもお断りします。あと、苺の生クリームショートケーキ一つ下さい!」
「何度でも行くからねぇ! かしこまりました!」
深々と頭を下げ、新井先輩は戻って行った。
「えへへ……デザート! 楽しみー!」
ウキウキで教科書類をしまう響。こいつのこんな姿を見るのは久々な気が——
「あれ、そういえばお前。いつだか甘い物は控える、みたいな事言ってなかったか? 太るとかなんとか言って」
「ちょっとくらいなら大丈夫でしょ! それに、いっぱい食べてエネルギー取らなきゃだし」
「……歌か?」
「うん!」
輝かんばかりの笑顔と、漆黒の文字。俺は今、いつも通りの表情を保てているだろうか。
「はい、お待たせ! ご注文のケーキです!」
「ありがとうございます!」
「それではごゆっくり!」
可愛らしくちょこんと苺の乗ったケーキに、響は目を輝かせている。これならきっと、俺の表情なんて気にもしないだろう。
「すっごい美味しい。優人も一口食べる? あーん、してあげるよ?」
「……馬鹿言うな。高校生にもなって、そんな恥ずかしい事出来るか」
「えー、なんで? あたしと優人の仲でしょ? 家族とおんなじじゃん。恥ずかしがる事なんてないのに」
「はぁ? そんなの家族とでもやらねぇよ!」
「優人のお母さんならやりそうだけど?」
「……ぐぅ」
ありそう、などと思った自分を殴りたい。いいや、これは母さんが悪い。絶対に悪い。
「図星でしょ? 観念して、素直にあーんされなさ——あ、メールだ。ちょっと待ってて」
「……あぶねぇ」
なんだが知らないが、助かったらしい。危うく公開処刑されるところだった。メールの主には是非とも感謝したい。
「誰だろ……陽彩だ。えっと……へぇ、面白そう!」
響が目を細めて、口角をあげた。前言撤回。率直に言って、猛烈に嫌な予感がする。あいつがあの顔をする時は、何か企んでいる時しかない。
適当にはぐらかして帰りたいが、あらゆる手で逃げ場を潰すのはこいつの得意分野。目の前の才能アリの文字が、俺の数秒先に待つ未来を暗示する。
「ねぇ、優人。放課後暇って言ってたよね?」
「課題が——」
「終わったって、さっき言ってなかった?」
詰んだ。どうやら俺に、即席の嘘をつく才能は無いらしい。
「……言ったな」
「習い事もバイトも、ないよね?」
「……ない」
「——じゃあ、一緒にカラオケ行こう! 陽彩も一緒だけど、いいよね?」
おのれ、九郷陽彩ォ! 貴様ァ、何故よりにもよってカラオケなんだ! 遊びに行くとしても、もっと他にあっただろうに!
「……いいよ」
「やったぁ! お金払ってくる!」
心がいくら叫ぼうと、最早俺に逃げ場は無い。出来る事と言えば、力無く机に項垂れる事くらいだった。
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