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第一章 試しの一年
第二話 朝
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私立八角高校——でかでかとそう書かれた校門をくぐって、俺達の学校生活は始まる。開始早々、陰鬱なイベントを控えて。
「吹奏楽部に入りませんか——」
「我ら科学部。理系の星——」
「サッカーやらん?——」
「こちら帰宅部。精鋭求む——」
一歩足を踏み入れるなり、この始末。まさに音量の暴力。人混みが苦手な俺には厳しいものがある。大体帰宅部の精鋭ってなんだよ馬鹿かよサボりかよ。
入学式からもう一週間も経っているというのに、部活動の勧誘がくどい。才能アリ、ナシの文字もくどい。
別段強い部活がある訳では無いのだが、生徒の自主性がこの高校のウリらしく、どこの部活動も活発だ。
まあ、俺の好みを抜きにして見れば、この状況は好都合。響を片っ端から部活の見学に行かせれば、一つくらい引っかかる所がある筈だ。ある筈なんだが、問題が一つ。
「お前、本当に部活の見学行かねぇのか? こんなにいっぱいあるんだぞ?」
「行かない。歌の練習で、そんな暇ないから」
「ほら、合唱部とかなら——」
「——行かない! しつこい! あたしはあたしでやるの!!」
普段はある程度素直なのだが、夢が絡んだ話となるとこの通り、途端に頑固になる。俺の話など全く聞く耳を持たない。
今日で五度目のトライだったが、結果は散々。一生成功する気がしない。
「おー? 君らまた、朝から楽しそうだねぇ。ここらで一回、ウチの見学どう?」
人の群れをかき分け、現れたのは俺達の中学時代の先輩、二年生の新井遥香。美術部所属で、毎朝欠かさず俺達に部活の見学を勧めてくれる。
俺が諦めた中、ごりごりと押してくれるのはありがたいのだが、当の響には一向に靡く気配が無い。
「すみません、先輩。お断りします」
「そっかぁ……残念無念……」
「……めげませんね、先輩」
「そりゃあそうよ! だって、私陰キャだもん! 知ってる後輩欲しいんだもん!」
腕を上下に振り、駄々をこねる新井先輩。一見するとただの残念黒髪美少女だが、しっかりと才能アリ。賞の獲得経験もあるし、なんだかんだで人望も厚い。次期部長候補筆頭なんだそうだ。
「そんな事言って……先輩なら、知らない後輩でもすぐ仲良くなれるでしょうに」
「最初の一言に困るのよ! 君らが居たら、優人君、響ちゃんの友達? って自然な流れで会話に入れるじゃん! くぅ……今日の所も帰るけど、絶対諦めないからねぇ! さらば!」
走り去る先輩。俺も頑張ってみるから、どうか諦めないで欲しい。芸術系ならば、響も楽しんでくれるかもしれないから。
「……響、あんなに先輩が言ってるんだから、一回くらい見学に行ってもいいんじゃないか? 新井先輩、良い人だろ?」
「失礼だとは思ってるけど……行く気も無い部活の見学に行くのは、もっと失礼だと思う。だから、行かない」
初めて聞いたが、成る程。一理あるような気もする。人の話は聞かないが、妙に義理堅い所もあるんだよな、こいつ。
それからようやっと人混みを抜けて、俺達は一年四組の教室へと辿り着いた。
ちなみに俺と響は同じクラス。それが分かった時には、軽く小躍りしたものだが。
「よお、優人。また朝からデートか? やっぱ、モテる男は違うねぇ! 殺してやろうか!?」
「そんなんじゃねぇ。いちいちうるせぇんだよ馬鹿」
「んだとこの野郎ぉぉ……!?」
俺の胸ぐらを掴み、前後に振るこの軽薄そうな奴は、支倉冬夜。中学校の同級生で、お察しの通り高校デビューを果たそうとしている男。
恋愛の才能については、言うまでも無し。見ての通りだからな。
「ちょっと二人とも! うるさい! 毎日毎日みっともないからやめて!」
「それは俺じゃなくて、支倉に言ってくれ」
「だってこいつが悪いんですよ源田さん! ああ! 俺にこいつくらいの顔面偏差値があれば、かわいい女の子とあんな事やこんな事を——」
『才能ナシ』
「……ふっ」
「また笑ったなテメェ!」
堂々たる才能ナシ、六回目。これが笑わずに居られるかよ。
「——ふぁぁぁぁ……邪魔」
大きな欠伸をしながら、俺達を押し退けて教室に入場したのは、真っ白な髪を虚空に靡かせたクラスメイトの九郷陽彩。
彼女がホームルームの時間までに登校して来たのは初めての事で、俺達のみならず、クラスメイトのほぼ全員が目を丸くした。
常人とは到底思えない異彩を放つ彼女には、半天才、窓際の眠り姫、中庭の主、謎多き特待生——と、入学後僅か一週間にして、様々な渾名がある。
今のところ、才能ナシは見た事が無い。何処となく母さんと同じ波長を感じる。
そのまま何も言わずに席に座るのかと思ったが、彼女は突然にくるりとこちらを振り返り、口を開いた。
「朝から、うるさい。響、困ってる。二度とやらないで。いい?」
「も、申し訳ありませんでした……」
「すみません……」
有無を言わせぬ威圧感。完全に気圧されている。
「助かった。ありがと、陽彩」
「ん……別に。じゃ、寝るから。おやすみ」
眠るまでの時間、約一秒。いくらなんでも早すぎる。ちなみに、響が高校に入って、最初に作った友達でもある。
「あの人ホント、何者だよ……リアルで死ぬかと思ったんだが……」
「……女帝みたいだったな」
「——君達、席に着こうか? ホームルームの時間ですよ?」
担任の今川が教室に入って来て、朝のホームルームが始まる。
「やべっ」
「あ、はい」
「有島さん、号令を」
「起立——」
この人、見た目はただの優男だが、思考回路が色々とぶっ飛んでいる。今日は何を言うのやら。
「さて、今日も遅刻は一人……あれ、九郷さんが居る。じゃあ、今すぐ席替えやりましょう。クジ持って来ます」
教室がざわつく。成る程、朝から天王山という訳か。上等だよ。
「吹奏楽部に入りませんか——」
「我ら科学部。理系の星——」
「サッカーやらん?——」
「こちら帰宅部。精鋭求む——」
一歩足を踏み入れるなり、この始末。まさに音量の暴力。人混みが苦手な俺には厳しいものがある。大体帰宅部の精鋭ってなんだよ馬鹿かよサボりかよ。
入学式からもう一週間も経っているというのに、部活動の勧誘がくどい。才能アリ、ナシの文字もくどい。
別段強い部活がある訳では無いのだが、生徒の自主性がこの高校のウリらしく、どこの部活動も活発だ。
まあ、俺の好みを抜きにして見れば、この状況は好都合。響を片っ端から部活の見学に行かせれば、一つくらい引っかかる所がある筈だ。ある筈なんだが、問題が一つ。
「お前、本当に部活の見学行かねぇのか? こんなにいっぱいあるんだぞ?」
「行かない。歌の練習で、そんな暇ないから」
「ほら、合唱部とかなら——」
「——行かない! しつこい! あたしはあたしでやるの!!」
普段はある程度素直なのだが、夢が絡んだ話となるとこの通り、途端に頑固になる。俺の話など全く聞く耳を持たない。
今日で五度目のトライだったが、結果は散々。一生成功する気がしない。
「おー? 君らまた、朝から楽しそうだねぇ。ここらで一回、ウチの見学どう?」
人の群れをかき分け、現れたのは俺達の中学時代の先輩、二年生の新井遥香。美術部所属で、毎朝欠かさず俺達に部活の見学を勧めてくれる。
俺が諦めた中、ごりごりと押してくれるのはありがたいのだが、当の響には一向に靡く気配が無い。
「すみません、先輩。お断りします」
「そっかぁ……残念無念……」
「……めげませんね、先輩」
「そりゃあそうよ! だって、私陰キャだもん! 知ってる後輩欲しいんだもん!」
腕を上下に振り、駄々をこねる新井先輩。一見するとただの残念黒髪美少女だが、しっかりと才能アリ。賞の獲得経験もあるし、なんだかんだで人望も厚い。次期部長候補筆頭なんだそうだ。
「そんな事言って……先輩なら、知らない後輩でもすぐ仲良くなれるでしょうに」
「最初の一言に困るのよ! 君らが居たら、優人君、響ちゃんの友達? って自然な流れで会話に入れるじゃん! くぅ……今日の所も帰るけど、絶対諦めないからねぇ! さらば!」
走り去る先輩。俺も頑張ってみるから、どうか諦めないで欲しい。芸術系ならば、響も楽しんでくれるかもしれないから。
「……響、あんなに先輩が言ってるんだから、一回くらい見学に行ってもいいんじゃないか? 新井先輩、良い人だろ?」
「失礼だとは思ってるけど……行く気も無い部活の見学に行くのは、もっと失礼だと思う。だから、行かない」
初めて聞いたが、成る程。一理あるような気もする。人の話は聞かないが、妙に義理堅い所もあるんだよな、こいつ。
それからようやっと人混みを抜けて、俺達は一年四組の教室へと辿り着いた。
ちなみに俺と響は同じクラス。それが分かった時には、軽く小躍りしたものだが。
「よお、優人。また朝からデートか? やっぱ、モテる男は違うねぇ! 殺してやろうか!?」
「そんなんじゃねぇ。いちいちうるせぇんだよ馬鹿」
「んだとこの野郎ぉぉ……!?」
俺の胸ぐらを掴み、前後に振るこの軽薄そうな奴は、支倉冬夜。中学校の同級生で、お察しの通り高校デビューを果たそうとしている男。
恋愛の才能については、言うまでも無し。見ての通りだからな。
「ちょっと二人とも! うるさい! 毎日毎日みっともないからやめて!」
「それは俺じゃなくて、支倉に言ってくれ」
「だってこいつが悪いんですよ源田さん! ああ! 俺にこいつくらいの顔面偏差値があれば、かわいい女の子とあんな事やこんな事を——」
『才能ナシ』
「……ふっ」
「また笑ったなテメェ!」
堂々たる才能ナシ、六回目。これが笑わずに居られるかよ。
「——ふぁぁぁぁ……邪魔」
大きな欠伸をしながら、俺達を押し退けて教室に入場したのは、真っ白な髪を虚空に靡かせたクラスメイトの九郷陽彩。
彼女がホームルームの時間までに登校して来たのは初めての事で、俺達のみならず、クラスメイトのほぼ全員が目を丸くした。
常人とは到底思えない異彩を放つ彼女には、半天才、窓際の眠り姫、中庭の主、謎多き特待生——と、入学後僅か一週間にして、様々な渾名がある。
今のところ、才能ナシは見た事が無い。何処となく母さんと同じ波長を感じる。
そのまま何も言わずに席に座るのかと思ったが、彼女は突然にくるりとこちらを振り返り、口を開いた。
「朝から、うるさい。響、困ってる。二度とやらないで。いい?」
「も、申し訳ありませんでした……」
「すみません……」
有無を言わせぬ威圧感。完全に気圧されている。
「助かった。ありがと、陽彩」
「ん……別に。じゃ、寝るから。おやすみ」
眠るまでの時間、約一秒。いくらなんでも早すぎる。ちなみに、響が高校に入って、最初に作った友達でもある。
「あの人ホント、何者だよ……リアルで死ぬかと思ったんだが……」
「……女帝みたいだったな」
「——君達、席に着こうか? ホームルームの時間ですよ?」
担任の今川が教室に入って来て、朝のホームルームが始まる。
「やべっ」
「あ、はい」
「有島さん、号令を」
「起立——」
この人、見た目はただの優男だが、思考回路が色々とぶっ飛んでいる。今日は何を言うのやら。
「さて、今日も遅刻は一人……あれ、九郷さんが居る。じゃあ、今すぐ席替えやりましょう。クジ持って来ます」
教室がざわつく。成る程、朝から天王山という訳か。上等だよ。
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