妹と朝帰りをするに至ったワケ 他

池堂海都

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修学旅行で友人が笑ったワケ

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 夏の京都というのはなぜこうも暑いのだろう?
 せっかく修学旅行に来たというのにリボンもブレザーもない夏服では可愛くない。
 それを昨日ボスこと同級生の花ちゃんに話したところ、「夏服の方が学校バレないしよくない?」との返答をもらった。
 早希としてはさっさとバスに戻って昼寝でもしたい気分であったが、あいにくと早希のボスはそうは思っていないようだった。
「何ぼさっとしてるの?あんたは脱走がバレたときに囮になるんだからアタシより遅れてたら意味ないでしょ?」
「ねえ、花ちゃん。今更だけど八ツ橋くらい通販でよくない?」
 先を進んでいた花が振り返り睨みつけた。普段はおろしているサラサラの長い黒髪を後ろにまとめ上げてポニーテールにしている。
 普段より広いオデコと相まって睨みは一際迫力があった。
「早希、あんたね!」 
 花が大股で早希に迫り両方を掴んだ。
「修学旅行の買い食いは今しかできないんだよ!たとえ先公に捕まったとしても成し遂げなければいけない価値がそこにあるんだよ!」
 今にも泣きそうにそう熱弁する花の頭を早希は優しく撫でる。
 側から見たら不良が真面目な生徒に絡んでいるようにしか見えないが、家が隣同士で長い付き合いの早希には花が本気で八ツ橋の買い食いに情熱を注いでいることが分かってしまった。
 そのために二人は今、教師陣の監視のないエリアで八ツ橋を買うために自由行動の行動エリアから脱走しようとしている。
「いこっか。花ちゃん」
 
 花は八ツ橋を食べるために囮(早希)や変装のための私服を用意していたが、八つ橋の買い食いは思いの外あっさりと達成された。
「うまい、生きててよかった!早希の何味?交換しよ!」
 一人で騒ぎながら八ツ橋を食べる花を眺めながら早希はスマホでメッセージアプリを立ち上げる。

 宛先は『お兄さん』。
 本文は、
『どうしても八ツ橋の買い食いがしたかったらしくて自由行動中に抜け出しちゃいました。
 ちゃんと私が先生の配置は調べておいたので見つかることはないと思います』

 数秒経たずに返信がきた。
『早希ちゃん、ありがとう。あと、ごめんね』
 返信に使うスタンプを選んでいると、花が覗き込んできた。
 咄嗟に妙な操作をして、『お前はもう死んでいる』というセリフの入った筋肉率の高いスタンプを送ってしまったが早希は気づいていない。
「早希?誰とメッセしてるの?」
「え?えっと、お母さんがね」
 瞬間でスマホの画面を切ったが怪しまれなかっただろうか?
「早希の母ちゃん過保護だよね。うちの兄貴を見習ったらどう。お互いに干渉しないって感じの?」

その晩は旅館の滞在だった。
部屋は早希と花、そして普段は二人と共につるんでいるが、昼間は昼寝第一と譲らなかった翠、通称眠り姫の三人部屋だった。
「で、何する?」
 花が問いかける。
「昼寝・・・」
 翠が提案の消極さとは対照的な見事な挙手で提案した。
「いや、今夜だし」
「恋バナとかどうかな?」
 早希が修学旅行の定番、恋バナを提案した。その頬が少し染まる。
「いいね恋バナ!」
 修学旅行の定番行事を全部こなした花が賛成した。
「疲れなそうだからサンセー」
 翠も賛成した。
「「「・・・」」」
 ところがそこからが続かない。
「早希がするんじゃないの?恋バナ」
「私はてっきり花ちゃんがそういう話できるかなって」
「おやすみ~」
「「翠、寝るな!」」
 結局、誰も恋バナができないとわかった。
「花ちゃんが持ってきたものから選ぼうよ。たくさん持ってきたでしょ?」
「ああ、たくさん持ってきたぞ!」
 花が部屋の隅に置いていた他の生徒よりひとまわり大きい荷物を部屋の中央に置いて中身を取り出し始めた。
 トランプ、UNO、ジェンガ、将棋盤、据え置き型ゲーム機、卓球ラケット、花火、野球用グローブ、サッカーボール。
「ねえ、花ちゃん。何しにきたの?」
「遊びに来た!兄貴の目を気にせずに遊べるんだからな。テンションあがる!」
 嬉々として花がジェンガを組み上げ始めたところに、スマホの着信音が鳴り始めた。
 曲は『joy to the world!』
 紛うことないクリスマス音楽。真夏の熱気とは対照的な旋律だった。
「あ!兄貴!」
 花が振り向いてスマホに飛びついた勢いで半分ほど立ち上がってたジェンガが崩れた。
「二人とも勝手に遊んでていいよ! あ、こっち覗いたら殺すから」
 そう言って花は旅館の窓際にある椅子と机が置いてあるスペースに入り襖を閉め切った。
「あ、お兄様!こんばんは、花です」
 締め切られた襖を取り残された早希と翠が呆然と眺めている。
「花ってさ」
「言わないであげて。花ちゃんはあれで隠せてるつもりなの」
 襖ごしに完全に会話が筒抜けなのを花に教えるべきか悩み、二人は何も言わないでおくことにした。
 そんな間にも花と花の兄の会話は続いている。
『そっか、八ツ橋を食べたんだ。おいしかった?』
 そしてご丁寧にも花のスマホはスピーカーモードになっているので兄の会話も早希と翠の元まで聞こえている。
「はい、お兄様。とても美味でした。お兄様の分も買っております」
『そっか、でもお腹空いたら僕の分も食べてしまってもいいからね』

「そういえばさ、早希って花のお兄さんとも知り合いなんだよね」
 翠が眠そうに眼を擦りながら聞いてきた。
「そうだよ、家が隣でね。すごい優しいお兄さんだよ」
「もしかして、早希って花のお兄さんが好きだったりするの?」
 常に全身で眠気をアピールする翠だが、この時の翠の眼光は獲物を前にした肉食獣のそれだった。
「そんな、好きだなんで。でもメッセージはよくやりとりするかな?」
「なんだよ、立派な恋バナ持ってんじゃん!花には内緒にするからメッセ見せてよ」
「もう、特別だよ」と言いながら早希が『お兄さん』と書かれたメッセージ一覧を恥ずかしそうに翠に見せた。
「どれどれ、友人の恋にアドバイスをしてあげよう」
 スマホを覗き込んだ翠の顔が歪んだ。
「これ、何?」
「え?お兄さんとのメッセージだけど?」
「いや、それはわかるんだけどさ。一日に何度もやりとりをしてるのもまあ、いいんだけどさ」
 翠は苦悶の表情を浮かべた。
「全部花の話題ってどうなの?」
 早希と花の兄とのメッセージはその全てが『学校で花がどんな行動をしたか』と『家で花がどんな行動をしたか』に分類することができる状態だった。
「このメッセージ解析したら花の行動全部わかるんじゃね?」
 翠として精一杯の皮肉を込めたつもりだったが、早希は恥ずかしそうに顔を赤らめるだけであった。
「花ちゃんかわいいよね。学校では不良みたいに振る舞うのに、家だとお嬢様みたいに振る舞うんだよ!でね、私が花ちゃんの家に遊びに行ったらお兄さんに合わせないようにするの。多分どう振舞っていいかわからないからだよ。ああ、花ちゃんかわいい!食べちゃいたい」
 翠はドン引きしていた。翠自身も花と早希とは高校入学以来つるんでいる仲であったが二人の異常性を見抜けたかったことにショックを受けていた。

 花と花の兄との会話は続いている。
 内容は、「京都の文化遺産の美しさに感銘を受けた」というものだった。八つ橋の買い食いに全ての情熱を注いでいた花の発言とは思えないというのが、襖ごしに聞いていた早希と翠の感想であった。

 会話が終わった。
 襖を開けて出てきた花はこれ以上ないくらい満面の笑みであった。
「あれ?二人でゲームやってなかったの?」
「ちょっと、二人でお話をね・・・」
 翠の顔はいまだに引き攣っている。
「よし、卓球やろうぜ!卓球!」
 そのまま、花は適当な置物を座卓に並べて卓球のフィールドを作り始めた。
 早希は何やらニヤニヤしながらスマホの操作をしていた。
 翠は早希のスマホのカメラが花の方を向いていることに気づいたが、あまり気にしないことにした。
 

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