妹と朝帰りをするに至ったワケ 他

池堂海都

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妹と本屋に来たワケ

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地域有数の売り場面積を誇る書店を目の前にして、俺たち兄妹は言い争いをしていた。
「なんで?私が持ってればいいでしょ?」
「なぜそうなる。ここは年長者たる俺が持っていればいいだろ。荷物は男が持つのが常識だ」
 我ながら苦しい言い訳である。悪手だな、と直感した。
「たかだかカード一枚で何言ってるの?そんな言い訳するのは怪しい。貸して」

 俺たちは、図書カードの奪い合いをしていた。叔父さんも兄妹に1枚ずつ渡せばいいものを、5000円分の図書カード一枚を渡してきて、「二人で好きなものを買ってきなさい」と曰う。図書カードは外見からでは残高がわからない仕組みになっている。よってどちらかが勝手に使ってもわからないわけだ。
おかげで本屋を前にどちらが図書カードを持つかで言い争っている。
「だいたいお前、別行動中に2500円以上買う気だろ」
「あんたこそ、ちょろまかすつもりでしょ」
 さすが兄妹、考えることは同じだ。しかし、俺にも譲れないものがある。最たるものがお金だ。
「わかった。二人で回ろう。そうすればどちらかがちょろまかすことはできない」
 俺の提案を聞いた妹は、黙って考えていた。きっと妹の脳内では兄と買い物をする気恥ずかしさと2500円を天秤にかけているはずだ。そして兄としての直感では妹は金を優先する。
「・・・で・・・る」
「なんだ?」
「だ・か・ら。二人で回るってんでしょ。さっさと行く!」
 勝った。俺たちは兄妹だ。プライドよりも大切にするものも同じだ。つまり金のためなら兄妹で買い物をするのも恥ずかしくない。
「お前の本を先に選んでもいいぞ」
「優しいの気持ち悪い」
「別に、最初に待つのも後で待つのも同じだろ。で、何買うんだ?」
「なんだっていいでしょ」
「どうせついて行くんだから教えろよ」
「黙ってついてくればいいじゃん」
 言われた通り黙ってついて行くことにした。階段を2階分上がり、それまでのフロアと比べてカラフルなフロアにたどり着いた。
「漫画か?」
「・・・」
 無視された。妹はそのまままっすぐ最も目がチカチカする領域。具体的にはピンク色の比率がとても高い本棚に迷いのない足取りで進んだ。
 慌てて追いかけて、本棚のカテゴリーを確認する。
 
少女漫画・BL

 せめて前者であってくれ。
「おい、これってどっちなんだ?」
 だめだ。妹は完全に集中しきっている。周囲からどう見えるのかを全く気にせずに本棚の前にしゃがみ込み、足元の本を凝視していた。こうなってはどんな言葉も耳には入らない。
 今のうちに、普段言えないことを言っておこうかとも思ったが、そこは兄の情けでやめておいた。
 しかし、本を選ぶのは時間がかかる。かれこれ2時間はたったが、まだ妹は本を選び終えていない。今なら自分の本を探しに行ってもバレないと思うが、集中が解けた時に俺がいないで濡れ衣を着せられるのは困るので少女漫画・BLのコーナーで妹が本を選ぶのを見守っていた。
しかし、何もしないのも暇である。
初めは、本の背表紙を眺めていた。少女漫画もBL本も普段は読まないので興味深い。
面白そうなタイトルの本があったので、本棚から抜き取り表紙の絵を確認してみた。なるほど、そういう絵をしているのか。あらすじも確認する。ちょっと面白そうかもしれない。帯にもそそられる文句が書かれているし。
 そして漫画コーナーには試し読み用の小冊子が吊るされている。
 本の背表紙を眺め出してから、試し読みの小冊子を片っ端から読み漁るようになるまで時間は掛からなかった。
「決めた!」
 妹は買う本を決めたらしい。カゴに入れられた本のラインナップをチラ見すると2500円ギリギリいっぱいを攻めるために考えられたラインナップであった。なんでわかるかって?それは秘密だ。
「私は決めたよ。次どこ行くの?」
「もう会計でいいぞ」
「なんで?もしかして勝手に別行動したの?図書カードちょろまかしてないよね?」
 全く妹は疑り深い。
「いいか。俺は誓ってこの本棚の前から動いていない。これがその証拠だ」
 俺は自身が選んだ本が入ったカゴを突き出した。そこには少女漫画が2500円分入っていた。
 やめろ、妹よ。そんな目で兄を見るな。
「これ、私が持ってるから買わなくていいよ。貸すから」
「そうか、じゃあこっちを買おう」
 俺は迷いなく。別の漫画をカゴに入れた。このコーナーにある本ならあらすじと価格は全て頭に入っている。
「会計に行くぞ」


 俺一人で買い物に来ていたら少女漫画満載のカゴで会計をするのは気恥ずかしかっただろうが、今は妹がいる。妹が会計をすれば少女漫画が大好きな妹と付き添いの兄という構図が作れる。我ながら完璧だ。
「こっちが私ので、これが兄のです」
妹が同一会計なのに必要のない解説をしながらカゴをカウンターに乗せた。アルバイトのお姉さんが微妙な表情をしている(気がする)。
「お支払いはいかがいたしましょう?」
「図書カードでお願いします」
 すかさず叔父さんからもらった図書カードを差し出す。店員さんは慣れた手つきで図書カードを機械にかざした。
「図書カード残高568円です残りのお支払いはいかがいたしますか?」

 このとき、兄妹の心は一つになった。


「「あの叔父。許すまじ」」
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