伯爵令嬢と正邪の天秤

秋田こまち

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「セシリアには随分と酷な話になる。ーー皇女殿下にとってもお耳汚しな話となりますが。」
「私も大丈夫。たぶん殿下も気になさらないよ。」
「お前な、、。」
 オスカー・バイロイトは腹を括った様子で、重い口を開いて話し始める。










「まず結論から先に話そう。セシリア、お前とシリウスは父親違いの兄妹だ。」

 初っ端から随分と強烈な一撃を喰らったものだ。流石に唖然として声が出ない。
 シシィとセシリアの年齢差は5年だ。セシリアが生まれたのが父と母が結婚して2年くらいだった筈だから、父と結婚する3年前くらいにシシィが生まれたことになる。

「でもお父さん達って5年くらい婚約期間があったって言ってなかったっけ?」
「その通りだ。」
 父は暗い顔で頷く。

「、、殿下、この場合はどういうことですか?」
「何故私に聞く。」
「父の口から聞くのは何だかちょっと、、。」
「アルキオネの不倫か強姦かだろう。」
「思ったより遠慮なく言いますね。」
「聞いておいてなんだその言い草は。ーー他人の家庭事情など興味無いからな。」
 遠慮のかけらもなく淡々と告げる。遠慮のかけらもないあけすけな物言いにオスカーもなんとも言えない顔になる。

「それで、シリウスの父親は誰だ?」
「待ってくださいまだ心の準備が。」
「いつ聞いたって変わらんだろう。どうなんだ?バイロイト伯爵。」
「ゲオルグ・バイロイト、私の兄です。最早アレを兄とは認めたくありませんが。」
 セシリアの心臓が嫌な音を立てて跳ねた。その先を容易に想像出来てしまい眩暈がする。

「兄が、アルキオネを手篭めにした。アルキオネはあまり身体が丈夫なほうでは無かったため、妊娠が発覚した時には堕ろすことが不可能な段階まできていた。ーーそうして生まれたのがシリウスだ。」
 まるで小説の中の様な出来事である。どこか遠い世界の話にすら思えてくる。セシリアの頭は理解が追いつかない。

「弟の婚約者との間に子供が生まれたなどと醜聞も良いところだ。その為、シリウスは使用人夫婦の養子として育てられる事になった。理由が理由だから、兄は彼に戸籍を与えることを拒んだんだ。」
 そこまで話すと、父は手で顔を覆ってしまった。あまりにも現実味の無い話を聞いて、父には嫌なことを話させてしまったなと他人事の様に考える。

「セシリアが6歳のとき、アルキオネが病で無くなった。その後にシシィが屋敷からいなくなったのは覚えているね?」
 その言葉にセシリアは頷く。
「彼女が死んだ瞬間、兄はシリウスを貧民街へと捨てた。だから、私は彼が死んだものだと思っていた。、、そうか。彼は生きていたのか。」
「シシィは本当の両親について知ってたの?」
 父は弱々しく頷いた。ーーシシィが妹のように可愛がってくれたのは、セシリアが自分の実妹であると知っていたからであろうか。

 身体の弱い人ではあったが、アルキオネはいつだってセシリアに惜しみない愛情を注いでくれたのだ。母の身に降り掛かったあんまりな出来事に、セシリアはやるせなさを感じる。

 






「先代は、なぜ奥方が無くなるまでシリウスを屋敷に?」
「彼女が頑として譲らなかったからです。この子を捨てるならばどんな手を使ってでも叔父を失脚させてやると。兄とてあまり大事にしたく無かったのだろう。」
「、、お母さんがシリウスを?」
「そうだ。ーー手放したく無かったんだろうな。」

 憎い男の子供とは言え母にとってはシシィも可愛い息子だったのだろうか。そう言えば、遠慮するシシィの手を引いて母の見舞いに行くと、それはそれは嬉しそうに微笑んで2人の頭を撫でてくれたような記憶もあった。まあ父にとってはこの上なく複雑だろうが。





「お父さんは、シシィの事をどう思ってるの?」
「、、正直複雑だよ。最も憎い男と最も愛しい女性の間に生まれた子だったから。ーーそれでも、セシリアとあの子が仲良くしている光景は微笑ましいものだった。」
「そっか、、。」
「すまなかったな。彼女が死んだ時、そちらにばかり気を割いて、シリウスのことにまで気が回らなかった。というより、あまり考えたく無かったんだ。」

 それは無理もないと思う。悪いのは全部叔父さんだ。
 それにしても、あんな状況の中でも父は母を愛して、母の気持ちを最大限尊重していたのだ。
 いつか、自分もあんな風に想うことができる様になるのだろうか。













「セシリア嬢の家も中々に過酷だな。」
「未だに色々信じられません。兄のように慕っていた相手が実際に兄だったなんて、、。」
「お前の叔父もとんだクソ野郎だな。」

 お姫様の言葉にしてはこの上なく下品だが、この際ここまで言ってくれると有り難くすら感じる。

「落ち着いたか?」
「はい、、とは言えませんが、大丈夫です。でも、これでシシィが何処の誰かはわかりましたよね?アルセーヌの間諜疑惑は晴れるんじゃないでしょうか。」
「いや、戸籍が無い理由が判明したところで、アルセーヌと内通していない理由にはならない。」
「そう、ですか、、。」

「ところで、アルキオネ・バイロイトは平民の出だと言っていたな。そちらに手掛かりになりそうな心当たりはあるか?」
「私は母から以前の話を殆ど聞いたことがないので、、。」
 お母さんの子供の頃はどんな子だったの、という幼いセシリアの問いに困ったように微笑む琥珀色の瞳を持った母の顔が脳裏によぎった。あまり昔の話はしたくなかったようにも思える。
「アルキオネの旧姓は?」
「スミス、という姓だそうです。」
「ありふれた姓だな。」
 スカーレットの言う通り、スミスという旧姓を辿ろうものならば恐ろしい程の時間と手間がかかる。

「そういえば、」
 寝台に腰掛ける母の膝の上で「絶対に秘密よ」と念を押された話があったのだ。

 セシリアが困りに困ってどうしようもなくなったら、『エスターライヒ』を頼りなさい。赤い麻糸の鞠をお兄様へ渡せば、セシリアの力になってくれるはずよ。

 でもこれは最終手段ね、と懐かし気な視線を何処か遠くへと向けていたのだ。当時のセシリアには全く意味が理解できなかったが。


 しかしながら、エスターライヒの名を聞いた皇女の顔は「マジか」とでも言いたげな表情だ。その表情にセシリアも何か途轍もない予感を感じとる。

「最悪だ。かなり面倒なことになるぞ。」
「これ以上やばい何かがあるんですか?」
「エスターライヒ、というのはレユニオンの公爵家だ。」
「、、、はい?」
 それって、かなり、というかめちゃくちゃに不味いのではないだろうか。


「でも、お母さんと公爵家の間にどんな関係が?」
「セシリア嬢はアルビオンの星座神話に聞き覚えは?」
「代表的なものなら少しだけ。」
「ミノタウロスの話は知っているか?牛頭の怪物だ。」
「名前だけは聞いたことあります。」
 セシリアはスカーレットが細かな神話まで理解していたことの方が驚きだ。神殿を躊躇なく焼き払うお姫様だ、神話だの与太話に興味があるとは思えなかった。
「赤い麻糸の鞠、というのはとある英雄がミノタウロスを倒す際に用いた用具だ。その英雄の名はテセウスという。」
「そ、そうなんですね。」
「アルキオネはテセウスをお兄様と称したことになる。」
「なぜお母さんはそんなことしたんでしょうか、、。」
「テセウス、と言うのは現エスターライヒ公爵家の当主だ。」
「、、、え?」
 俄かに信じがたい事実にセシリアは間抜け面を晒してしまう。

(お母さんのお兄様が公爵、、。ーーつまり、私の叔父様はエスターライヒ公爵ってことになるよね。)

 と言うか、これは色々と不味い。本当に不味い。叔父であるゲオルグ・バイロイトは隣国のお姫様にとんでもない仕打ちに及んだのだ。いや、それ以上に不味いのはシシィのことだ。アルセーヌの間諜疑惑のあるシシィがエスターライヒの縁者であると。
 もはや自分が隣国の公爵家と親戚だの何だのであることが発覚した事すら考えられないくらいにセシリアは焦った。

「さすがの私でも分かります、、。それって、あの、」
「ああ。国際問題待った無し、だな。」
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