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第七十二話

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 老いてもなお鋭い眼光が光る。
 むしろ老人特有の痩せと皺によって、その瞳に譲れぬ強い意志が宿っているかのように感じられた。
「村の一員を差し出せというのか、ウッドよ! ジャニスが差し出されようとするのを、力づくで阻止したのはいったい誰であったか! ほかでもない、おまえ自身ではないか。よもや、それを忘れたとは言わせんぞ」
 ジャニスがシャーウッドの村のため、その身を犠牲として差し出そうとした。
 かつてのその事件を阻止したのは、俺。
 たしかにその通りだ。
「村のための犠牲を悪しきことだと阻んだおまえが、今またそれをしろと言うか。ほかの誰かが血迷うて言うならまだしも、そのようなこと、おまえにだけは言われたくないわ」
「しかし敵の数もわからんのだ。たとえ退けたとて、俺の過去を知る者がどれだけいるかもわからない。村が脅かされることを繰り返すのは、絶対に避けねばならない。村全体と俺個人と、そのどちらが大事かは明白であろう」
「おまえはすでに一人の村人以上の存在だ。それがなぜわからん。若者にはセスをはじめ、おまえを慕う者が多くいる。櫓も、柵も、用水も、おまえがこの村にもたらしたものではないか。
 気に入らんな、実に気に入らん。なにより気にいらんのは、おまえが我々を見下しておるところだ」
「見下す? 俺にそんな覚えは」
「おまえはすべて隠し通してきたつもりなのであろう。そもそも、それがバカにしておるというのだ。村人になど自分のことはわかるはずもないと、高を括っておったのだ。我らは王族でもなければ、高い教養も持たぬ。田舎の村人に過ぎんだろうさ。しかしだ、そんな我らでも『おまえが訳ありだ』など、簡単に想像できることよ。
 たしかにどこの誰だとハッキリしたことは知らなかった、それはその通りだ。それでも相当に身分のあったものであること、うすうす勘づいておるわ。だから今回のようなことが起きる可能性を、まったく想像しなかったわけではない。それでも、だ。『おまえがきっとどうにかする』と、おまえを信じて我らは受けいれている。
 ……ジャック、おまえはどうだ?」
「村長の言う通りだ。おまえはシャーウッド村のウッドだ。過去がどうであろうとも、今そうであることにかわりはない。おまえを差し出すと言うことは、この村ではあり得ない判断なんだよ。いったい誰がセスたちに説明する? これから先、誰が奴らの面倒を見るんだ? おまえを差し出す? 追放する? そんなことは村の今後にとって、大きな影を落とす行為でしかないぞ」
「しかし、それでは事態は収まらん」
「だから収まる方法を考えろと言っておるのだ!」
「村長、あなたは村の責任者なのだ。村全体の未来を考え、責任を負う判断をすべきだ」
「もちろんだ。だからこそ責任ある者として、ウッドを村から追い出すような判断なぞ絶対にできないと言っている」
「それでは大事な者たちが守れないと、俺は!」

 議論は平行線のまま、交わる点を見出せないでいた。
 互いに譲らず、さりとて落とし所となる別の考えを誰もが持っていないなら、話し合いの結論は得られない。
 それに気づいた俺たちは、言い争いから一転、押し黙る。
 沈黙が支配した。
 それを嫌がる者が、テーブルをコツコツと爪で叩く。
 誰かが身動ぎするたびに、椅子が軋んだ。

 そして誰もが沈黙に耐えられなくなってきた頃、とうとう村長が口を開いた。
 合意の得られない集まりの中で、唯一の合意。
「今日の話はこれまで。それでよいな?」
 互いに顔を見合わすことなく、うなずき合う。
「頭を冷やせ、ウッド。どうあっても儂の決断は変わらん。策が今は無いと言うなら、もう一度考えてみよ」
 立ち去る俺の背に、村長の譲らぬ意志を示された。



 村長の家のドアを開けると、空は赤く燃えていた。
 空だけではない。
 夕陽が差し、緑の樹々も、家々の屋根も、小道も小川も、村のすべてを真っ赤に染め上げていた。
——村を血に染めるわけにはいかない——
 ここへ来ると、過去を話すと決めた時から、覚悟は決まっているのだ。
 自分の進むべき道を村長に委ねようとしたことが、俺の間違いだった。
 自分自身の責任を負うのは、やはり自分であるべき。
 ならば俺が決断すればいいだけの話。
 単純なことだ。
 ようやくそれに思い至った。
——流れる血は、一人分でよかろう——
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