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第六十二話

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 俺は隠れてばかりいた。
 村の囲いや物見の櫓も、本当は俺が隠れる続けるためのものだったのではないか。
 村のためにと言いつつ、その実は自分のため。
 そんな気さえしてきてしまう。
 どうにも空気が重い。
 なにか明るい話題はないかと探し、フィルに尋ねてみた。
「フィルよ、おまえは誰か、ほかの者に会ったか? ブルーノやマックスたちがどうなったか、知っているか?」
 しかし、俺の望んだ答えは聞けなかった。
 他の者たちには、誰ひとりとして会っていないと言う。
 それからフィルが戦場で俺を見失った後、どうしたかが簡単に語られた。
 傭兵や護衛の仕事でつなぎ、金が貯まると別の街や村へ。
 旅する中で、それらしい噂を頼りに探してみたが誰にも会えない。
 ようやく会えたのが、俺だということだった。
 フィルは街を巡り、村を訪れ、俺をずっと探していたという。
 いまやかつての面影もなくなった、この俺を……
 彼の数年にわたる苦難、その忠心に報いるような何かは、俺にはもうなかった。
 かけてやれる、ねぎらいの言葉。
 授けてやれる、名誉。
 どちらも地位があってこそ。
 忠臣に褒美を与えようにも、金も、勲章飾りも、一村人に過ぎないウッドである俺の手にはない。
 乾ききったボロ雑巾をキツく絞ったとて、一滴の雫も落ちはしない。
 ボロ布が破れて裂ける様を見せつけてやっても、互いに惨めになるだけだろう。
——せっかく探し出した俺が、これではな——
 フィルの期待に応えられるものを、俺は持たないのだ。
 彼の失望とは、いかほどのものだろうか。
 もはやフィルにとって、俺の部下であるということは呪いでしかなかろう。
 この男は今も、現在進行形で、俺の部下でいるつもりなのだ。
 ならば、俺にできることはこれしかない。
 唯一の、報い。
——せめて今、俺から自由にしてやろう——
 フィルほどの腕を持つ者ならば、必ずどこかで雇ってもらえるはずだ。
 俺がフィルたちを連れ、このモンテルレイの国に攻め入ったのはもう昔のこと。
 あれから長い年月が過ぎている。
 彼が望むなら、俺を裏切って切り捨てたグランリオに戻ることさえ不可能ではないはずだ。
 名を変える必要はあるかもしれないが……

 俺は立ち上がると、天を指差し、「光あれ」と唱える。
 次に胸の前で手のひらを下にして、三度上下させ「母なる大地と海に感謝を」と続けた。
 俺の仕草を見たフィルは驚き、椅子を倒しながら俺の前へと進んで膝を突き、こうべを垂れた。
 この男がいまだ俺の部下でいるつもりならば、言葉だけではダメだろう。
 大袈裟なことではあるが、きちんとした儀式の形にしてやる必要がある。
 細々とした装いや道具など、正式にこだわれば足りないものばかりだ。
 だが、形を整えてやれば事足りる。
「我が忠実なる臣、フィリップよ。長い間、苦労をかけた。誰もが見習うべき手本となる忠誠心、見事である。よってここに、褒美をとらせる」
「ハッ! 恐れながらオーウェン殿下に申し上げます。見に余る光栄であります。光栄ではありますが、今の時点で褒美を受けるなど、なんとも恐れ多いことにございます。まだまだ我らには再起のためにやらねばならぬこと多く、そのためには——」
 フィルは流れるように言葉を続ける。
 これまで秘め続けていたのだろう想いを、俺へと熱く語り始めた。
 が、それを見下ろしている俺の耳には一切響いてこない。
 すべてが虚しい空言に聞こえた。
 俺はなおも続くフィルの想いを訴える言葉に割って入る。
「——俺のせいで多くの者が死んだ。ここまで生き残ったおまえまで、俺のせいで死なせるなどあってはならぬこと。いまここでおまえに命じよう。フィルよ、今をもって主従を解消する。俺の前から去るがよい。これが俺からおまえに与えられる精一杯の褒美になる。いまここに、我から自由を与えようぞ」
「……いま……なんと?」
 己の耳を疑って俺に問いなおす、頭を下げたままの男。
 とまどい問い直すことそれ自体が、『聞こえていた』と言う事実を証明していた。
「……俺に二度言わせるのか? 褒美を聞き返すなど、前代未聞の無礼であろう」
 話はもうこれまでと、俺はさっきまで座っていた椅子を音を立てて乱暴に引き寄せる。
 フィルに背を向けるように椅子を置き、身体を投げ出すようにどっかと腰を下ろした。
 ふと、飲めぬ酒が飲みたくなった。
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