上 下
33 / 90

第三十三話

しおりを挟む
 シャーウッドの村では、向き合って打ち合う練習相手は存在しない。
 俺はジャックの手を借り、山から硬い木を選んで切り出し、曳いてきた。
 庭の一角に、枝葉を切り落とした丸太杭を数本打ち込み、立てた。
 余った木をナイフで削り、練習用の木剣も自作した。
 ほかにも薪をロープで縛り、それを木に吊り下げる。
 安全のために立ち入りを防ぐ柵も結った。
 これで簡単な訓練場の完成だ。
 こうして自宅の敷地に、訓練場ができあがった。
 俺が自宅で鍛錬をはじめると、それが珍しいのだろう、見にくる少年や青年がいた。
 最初は遠巻きに見ているだけ。
 だがそのうち、「教えてくれ」「やらせてくれ」と、声がかかるようになっていた。
『教えることも訓練だ』
 昔、剣の師がそう言っていたことを思い出す。
 教えるためには、自分のやっていること、できていることを、うまく整理して自分の中につかんでいる必要がある。
 自分自身の動作やその理由を突き詰めること。
 それは己の剣技を見つめ直すことに通じる。
 誰かに教え、やらせることとは、自分に見えないはずの自分自身を、その誰かに再現してもらうことだ。
 すると自分の気づかなかった悪いクセや、無駄な動きに気付くことへとつながっていく。
 そういう話だった。

 たしかに教えるメリットはある。

 だが俺は、彼らの『やりたい』に取り合わなかった。
 俺が言うことは、いつもひとつだけだった。
「やるべきことをやれ。耕す畑があるなら、それを耕すことが一番尊い」
 何度かそう言ってやると、すぐに誰も来なくなった。
 誰も説教されたいわけではない。
 これでいい。
 このほうが集中できる。
 それに、なにより彼らはシャーウッドの村人なのだ。
 剣を覚え、鍛え、自分の腕一本を頼りにして、どこかで雇われることを目指す。
 そういう自覚があるなら、まだいい。
 俺の様子を見て騒ぐだけなら、ただの物珍しさで、遊びの延長。
 余所者がやってきて、変わったことをはじめた、それだけのことに過ぎない。
 この村で剣技を覚えても、やがては畑を耕すことになるのだ。
 親の仕事を継ぐことになる。
 ならば、余計なことをする必要はない。
 それよりも親の手伝いひとつでもして早くに仕事を覚え、家の暮らしを楽にしてやる。
 そのほうが何倍も役に立つことだと、俺は思う。



 ある日、護衛の役目を終えて家に戻ると、ジャニス以外の声がした。
 ジャックではない。
 かわいらしい女の子の声。
「帰ったよ」そう声をかけると、「お邪魔してます!」と元気な声がかえってきた。
「この子はアリーよ、村に大きなナラの木があるでしょ。そこの近くの娘さん」
「どんぐりが落ちるあれか?」
「そうです。今日はジャニス姉さんに、縫い物を教わりにきたんです。うちの親、教えるのが全然ダメで」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

召喚された聖女? いえ、商人です

kieiku
ファンタジー
ご依頼は魔物の回収……転送費用がかさみますので、買取でなく引取となりますがよろしいですか? あとお時間かかりますので、そのぶんの出張費もいただくことになります。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

いや、あんたらアホでしょ

青太郎
恋愛
約束は3年。 3年経ったら離縁する手筈だったのに… 彼らはそれを忘れてしまったのだろうか。 全7話程の短編です。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

処理中です...