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第三十三話
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シャーウッドの村では、向き合って打ち合う練習相手は存在しない。
俺はジャックの手を借り、山から硬い木を選んで切り出し、曳いてきた。
庭の一角に、枝葉を切り落とした丸太杭を数本打ち込み、立てた。
余った木をナイフで削り、練習用の木剣も自作した。
ほかにも薪をロープで縛り、それを木に吊り下げる。
安全のために立ち入りを防ぐ柵も結った。
これで簡単な訓練場の完成だ。
こうして自宅の敷地に、訓練場ができあがった。
俺が自宅で鍛錬をはじめると、それが珍しいのだろう、見にくる少年や青年がいた。
最初は遠巻きに見ているだけ。
だがそのうち、「教えてくれ」「やらせてくれ」と、声がかかるようになっていた。
『教えることも訓練だ』
昔、剣の師がそう言っていたことを思い出す。
教えるためには、自分のやっていること、できていることを、うまく整理して自分の中につかんでいる必要がある。
自分自身の動作やその理由を突き詰めること。
それは己の剣技を見つめ直すことに通じる。
誰かに教え、やらせることとは、自分に見えないはずの自分自身を、その誰かに再現してもらうことだ。
すると自分の気づかなかった悪いクセや、無駄な動きに気付くことへとつながっていく。
そういう話だった。
たしかに教えるメリットはある。
だが俺は、彼らの『やりたい』に取り合わなかった。
俺が言うことは、いつもひとつだけだった。
「やるべきことをやれ。耕す畑があるなら、それを耕すことが一番尊い」
何度かそう言ってやると、すぐに誰も来なくなった。
誰も説教されたいわけではない。
これでいい。
このほうが集中できる。
それに、なにより彼らはシャーウッドの村人なのだ。
剣を覚え、鍛え、自分の腕一本を頼りにして、どこかで雇われることを目指す。
そういう自覚があるなら、まだいい。
俺の様子を見て騒ぐだけなら、ただの物珍しさで、遊びの延長。
余所者がやってきて、変わったことをはじめた、それだけのことに過ぎない。
この村で剣技を覚えても、やがては畑を耕すことになるのだ。
親の仕事を継ぐことになる。
ならば、余計なことをする必要はない。
それよりも親の手伝いひとつでもして早くに仕事を覚え、家の暮らしを楽にしてやる。
そのほうが何倍も役に立つことだと、俺は思う。
ある日、護衛の役目を終えて家に戻ると、ジャニス以外の声がした。
ジャックではない。
かわいらしい女の子の声。
「帰ったよ」そう声をかけると、「お邪魔してます!」と元気な声がかえってきた。
「この子はアリーよ、村に大きなナラの木があるでしょ。そこの近くの娘さん」
「どんぐりが落ちるあれか?」
「そうです。今日はジャニス姉さんに、縫い物を教わりにきたんです。うちの親、教えるのが全然ダメで」
俺はジャックの手を借り、山から硬い木を選んで切り出し、曳いてきた。
庭の一角に、枝葉を切り落とした丸太杭を数本打ち込み、立てた。
余った木をナイフで削り、練習用の木剣も自作した。
ほかにも薪をロープで縛り、それを木に吊り下げる。
安全のために立ち入りを防ぐ柵も結った。
これで簡単な訓練場の完成だ。
こうして自宅の敷地に、訓練場ができあがった。
俺が自宅で鍛錬をはじめると、それが珍しいのだろう、見にくる少年や青年がいた。
最初は遠巻きに見ているだけ。
だがそのうち、「教えてくれ」「やらせてくれ」と、声がかかるようになっていた。
『教えることも訓練だ』
昔、剣の師がそう言っていたことを思い出す。
教えるためには、自分のやっていること、できていることを、うまく整理して自分の中につかんでいる必要がある。
自分自身の動作やその理由を突き詰めること。
それは己の剣技を見つめ直すことに通じる。
誰かに教え、やらせることとは、自分に見えないはずの自分自身を、その誰かに再現してもらうことだ。
すると自分の気づかなかった悪いクセや、無駄な動きに気付くことへとつながっていく。
そういう話だった。
たしかに教えるメリットはある。
だが俺は、彼らの『やりたい』に取り合わなかった。
俺が言うことは、いつもひとつだけだった。
「やるべきことをやれ。耕す畑があるなら、それを耕すことが一番尊い」
何度かそう言ってやると、すぐに誰も来なくなった。
誰も説教されたいわけではない。
これでいい。
このほうが集中できる。
それに、なにより彼らはシャーウッドの村人なのだ。
剣を覚え、鍛え、自分の腕一本を頼りにして、どこかで雇われることを目指す。
そういう自覚があるなら、まだいい。
俺の様子を見て騒ぐだけなら、ただの物珍しさで、遊びの延長。
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「そうです。今日はジャニス姉さんに、縫い物を教わりにきたんです。うちの親、教えるのが全然ダメで」
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