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第二十話
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「あなた私のこと嫌いなんでしょ、最初っから。ええそうよ、私はあなたを利用して助かったわ。あなたを利用しなきゃ、とっくにあの熊の餌だったでしょうよ。でもお互い様ね、あんただって、私と兄さんがいなければ飢え死にしていたはずでしょ。嫌いなら消えてよ! 消えて!」
強く引き寄せた。
それでもジャニスは俺の腕から逃げようと暴れる。
叩き、悶え、腕に噛み付いてきさえした。
それでも俺は離さなかった。
「離してよ」
「嫌いなら、どうでもいいなら、とっくに抱いてる。どうでもいいなら、迷うことなんかない。いいか、聞けよ。俺が今、一番嫌なことは、消えることだ。ジャニスが、いなくなることだ」
ジャニスが消えないように、逃げないように、抱きしめる。
ジャニスが何か言おうとするたび、何度も唇を吸った。
否定的なことなど、キスで塞いで何も言わせない。
やがてジャニスは大人しくなった。
かわらず激しい雨。
白く煙る森の中、離れないよう、俺たちはひとつになった。
その場に服を脱ぎ捨て、すべてを晒す。
そして、激しい雨はすべてを隠す。
世界には二人だけだ。
どんなに叫ぼうと、声を上げようと、それを聞く者はいない。
それを覗く者もいない。
ジャックも、村人も、追手も、誰もいない。
何もかもが二人だけで、二人以外、世界には何も存在しなかった。
その晩は小屋に戻り、抱き合って過ごした。
ジャニスを村へは送らなかった。
俺たちは濡れた身体を互いの温度であたため合い、多くを語らない。
ただ、気持ちが通じているならそれでいい。
どちらに住むかなど、あとでどうにかすればいい。
いまはこうして二人きりで……、そう思えた。
翌朝、俺はいつもは夕方にしていたように、村の近くまで送った。
別れ際、「しばらく会えないかもしれない」そうジャニスは口にした。
「怒っているのか? 俺が村に行かないから」
「バカね。そんなわけないでしょ。村は村で、いろいろあるの。あなたの言うように、外から男を連れてきたら色々ありそうだもの。言われてみれば、たしかにそうよね。準備も必要だって、あたしにもわかったわ」
ジャニスが『会えない』などと言ったせいか、離れがたく思えた。
村へと歩き出してはそれを追い、抱き合う。
ふたたび離れては、ジャニスが今度は戻って来て口づける。
そんなことを長い時間をかけ、何度も繰り返してから、ようやく二人は離れた。
『しばらくは』
そう言われていたから、『そういうこともあるだろう』と、何日か会えないことは理解していた。
ここ数日、本当に小屋へ来ていない。
ジャニスも、ジャックも、二人ともだ。
——抱いたことがバレて、叱られたのか?——
いや、もし怒り狂って𠮟るくらいなら、ジャックが自分からやって来るはずだろう。
それに、初めて会ったとき……
『欲情しなかったのか』と、おかしなことを言い放ってきたくらいの男だ。
いまさらそんなことで、どうこうと細かいことを言い出すとも思えない。
ましてやジャニスと俺とで、気持ちを通じてのこと……
気にしなくてもそのうち来るだろうと思ってはいたが、あれから四日、本当に来ない。
もしかすると、俺なしで狩りに出ているかもしれない、その可能性を考え、森をあちこち回ってみた。
だが、罠を確認したり回収した様子もないし、新たに仕掛けた様子もない。
いったいどうしたのだろうか?
二人の兄妹だけでなく、ほかの村人が森に来ている様子さえもないようだった。
最近ではジャックとジャニスが来るのが当たり前の俺の暮らしだ。
そろそろ不足して困るものもではじめた。
繕うための糸がなくなった。
塩のストックも尽きた。
何よりジャニスに触れたかった。
一度触れたものに、手が届かないのはひどくもどかしい。
本当なら、何度も何度も抱いて離したくないのだから……
強く引き寄せた。
それでもジャニスは俺の腕から逃げようと暴れる。
叩き、悶え、腕に噛み付いてきさえした。
それでも俺は離さなかった。
「離してよ」
「嫌いなら、どうでもいいなら、とっくに抱いてる。どうでもいいなら、迷うことなんかない。いいか、聞けよ。俺が今、一番嫌なことは、消えることだ。ジャニスが、いなくなることだ」
ジャニスが消えないように、逃げないように、抱きしめる。
ジャニスが何か言おうとするたび、何度も唇を吸った。
否定的なことなど、キスで塞いで何も言わせない。
やがてジャニスは大人しくなった。
かわらず激しい雨。
白く煙る森の中、離れないよう、俺たちはひとつになった。
その場に服を脱ぎ捨て、すべてを晒す。
そして、激しい雨はすべてを隠す。
世界には二人だけだ。
どんなに叫ぼうと、声を上げようと、それを聞く者はいない。
それを覗く者もいない。
ジャックも、村人も、追手も、誰もいない。
何もかもが二人だけで、二人以外、世界には何も存在しなかった。
その晩は小屋に戻り、抱き合って過ごした。
ジャニスを村へは送らなかった。
俺たちは濡れた身体を互いの温度であたため合い、多くを語らない。
ただ、気持ちが通じているならそれでいい。
どちらに住むかなど、あとでどうにかすればいい。
いまはこうして二人きりで……、そう思えた。
翌朝、俺はいつもは夕方にしていたように、村の近くまで送った。
別れ際、「しばらく会えないかもしれない」そうジャニスは口にした。
「怒っているのか? 俺が村に行かないから」
「バカね。そんなわけないでしょ。村は村で、いろいろあるの。あなたの言うように、外から男を連れてきたら色々ありそうだもの。言われてみれば、たしかにそうよね。準備も必要だって、あたしにもわかったわ」
ジャニスが『会えない』などと言ったせいか、離れがたく思えた。
村へと歩き出してはそれを追い、抱き合う。
ふたたび離れては、ジャニスが今度は戻って来て口づける。
そんなことを長い時間をかけ、何度も繰り返してから、ようやく二人は離れた。
『しばらくは』
そう言われていたから、『そういうこともあるだろう』と、何日か会えないことは理解していた。
ここ数日、本当に小屋へ来ていない。
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——抱いたことがバレて、叱られたのか?——
いや、もし怒り狂って𠮟るくらいなら、ジャックが自分からやって来るはずだろう。
それに、初めて会ったとき……
『欲情しなかったのか』と、おかしなことを言い放ってきたくらいの男だ。
いまさらそんなことで、どうこうと細かいことを言い出すとも思えない。
ましてやジャニスと俺とで、気持ちを通じてのこと……
気にしなくてもそのうち来るだろうと思ってはいたが、あれから四日、本当に来ない。
もしかすると、俺なしで狩りに出ているかもしれない、その可能性を考え、森をあちこち回ってみた。
だが、罠を確認したり回収した様子もないし、新たに仕掛けた様子もない。
いったいどうしたのだろうか?
二人の兄妹だけでなく、ほかの村人が森に来ている様子さえもないようだった。
最近ではジャックとジャニスが来るのが当たり前の俺の暮らしだ。
そろそろ不足して困るものもではじめた。
繕うための糸がなくなった。
塩のストックも尽きた。
何よりジャニスに触れたかった。
一度触れたものに、手が届かないのはひどくもどかしい。
本当なら、何度も何度も抱いて離したくないのだから……
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