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第八話
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久々のまともな食事だ。
並んだ料理を前にすると、腹が鳴った。
一口食べてしまったあとは、もう止まらない。
がっついて咳き込み、水をジャニスに差し出されるままに、流し込んでは再び喰らい、また流し込む。
その繰り返し。
そんな俺を、二人は呆れるように見ていた。
その視線には気付いていた。
だが、いまの俺には体裁を気にする余裕はない。
はじめのうちは俺が食べている横で、ジャックが質問してきた。
「どこから来た?」「どこかへ向かう途中か?」「これからどうする?」
そういったことだ。
しかし、そんなことよりメシだ。
俺はずっと飢えていたのだ、そんな質問にいちいち答えるどころではない。
さすがに声に出して黙れとは言えないが、心中では邪魔されたくない気持ちで一杯だった。
久しくまともに食べていないせいか、素材が良いのか、調理が上手いのかは分からない。
しかし、これほど美味いと感じた食事は未だない。
それにウッドの問いかけとは、答えたくても答えのない問いだった。
むしろ俺が聞きたいくらい。
俺がこれからどうするかなど、この俺自身にもわからないのだ。
ひとしきり食べ終えた俺に、途中から話しかけることを止めていたウッドが再び問うてくる。
これ以上は質問を無視するわけにもいかず、差し障りのないことだけ適当に答えた。
『ここには流れ着いただけ。しばらくこの小屋にいようと思う。許されないなら、出て行く』
だいたいそんな答えだ。
突っ込みどころのありすぎる返答ではあったが、ジャックはそれ以上追求してこなかった。
俺のひどい身なりを見れば、どこからか逃げ落ちて来た、それはすぐわかるはずだ。
身の上を詮索されるなら、適当に答えていずこかへ立ち去るしかない。
メシを食い終わりそうになった頃からそう覚悟していたが、ジャックは明らかに怪しい俺に対して、納得いくまで尋ねようとはしなかった。
逆に、俺はそれが気になった。
だが『妹を助けてもらったから大目に見る』、そういうことであろうと、無理にでも納得しておくことにした。
ジャックとジャニスの兄妹は、この山での活動を生業にしているらしい。
ジャックは木こりと狩りを。
ジャニスは兄について山に入り、山菜や果実の採取を主にしているとのことだった。
あのときは追われながら弓を振り回していたが、あまり狩りは得意ではないのかもしれない。
弓矢は護身用か、それとも獲物と間違えて撃ち込んだのか……
体型はまるで似ていない二人だが、とても仲の良い兄妹であった。
俺は後ろ暗い部分があるから、ジャックにあれこれ問われても、あまり答えを返さない。
そうなれば話がまわらず気まずい雰囲気が漂いそうなものだが、ジャニスが上手く場をつないでくれた。
そのおかげか、ジャックと俺の間に妙な緊張感や警戒感が高まるようなことはなく済んだ。
「途中まで送ろう」
二人がそろそろ村に戻ると腰を上げると、俺はそう応じた。
兄妹に飢えを満たしてもらったにもかかわらず、俺には食事の礼として差し出せるものが何一つ無い。
最低限の礼儀を果たすべく、せめて途中まで見送ることにしたのだ。
昨日ジャニスと別れたところまで山を下ると、「俺はウッドと話がある」とジャックが言い、ジャニスだけを先に村へと帰した。
昨日と同じように振り返っては手を振ってくる。
その坂の上には、昨日と違って男が二人。
ジャニスは屈託なく両手を振り、跳ねるように下っていった。
明るく軽やかなジャニス。
昨日の一件での俺への感謝として料理を振る舞い、その心はスッキリとしていることだろう。
一方で、俺の心中は正反対だった。
ジャックと二人きりになった俺は、彼の出方を予想して身を固くした。
どうやらこれからが、今日のジャックの来訪の理由、その核心となる話のはずだ。
おそらく、立ち去れと言われるだろう。
それを拒んで無理に留まれば、不要な対立を生む。
そうなれば怪しい奴だとみなされ、俺に対して役人か兵士でも向けられかねないのではないか。
満たされた腹と引き換えに、どうやら別の場所を探すしかないのだろう。
並んだ料理を前にすると、腹が鳴った。
一口食べてしまったあとは、もう止まらない。
がっついて咳き込み、水をジャニスに差し出されるままに、流し込んでは再び喰らい、また流し込む。
その繰り返し。
そんな俺を、二人は呆れるように見ていた。
その視線には気付いていた。
だが、いまの俺には体裁を気にする余裕はない。
はじめのうちは俺が食べている横で、ジャックが質問してきた。
「どこから来た?」「どこかへ向かう途中か?」「これからどうする?」
そういったことだ。
しかし、そんなことよりメシだ。
俺はずっと飢えていたのだ、そんな質問にいちいち答えるどころではない。
さすがに声に出して黙れとは言えないが、心中では邪魔されたくない気持ちで一杯だった。
久しくまともに食べていないせいか、素材が良いのか、調理が上手いのかは分からない。
しかし、これほど美味いと感じた食事は未だない。
それにウッドの問いかけとは、答えたくても答えのない問いだった。
むしろ俺が聞きたいくらい。
俺がこれからどうするかなど、この俺自身にもわからないのだ。
ひとしきり食べ終えた俺に、途中から話しかけることを止めていたウッドが再び問うてくる。
これ以上は質問を無視するわけにもいかず、差し障りのないことだけ適当に答えた。
『ここには流れ着いただけ。しばらくこの小屋にいようと思う。許されないなら、出て行く』
だいたいそんな答えだ。
突っ込みどころのありすぎる返答ではあったが、ジャックはそれ以上追求してこなかった。
俺のひどい身なりを見れば、どこからか逃げ落ちて来た、それはすぐわかるはずだ。
身の上を詮索されるなら、適当に答えていずこかへ立ち去るしかない。
メシを食い終わりそうになった頃からそう覚悟していたが、ジャックは明らかに怪しい俺に対して、納得いくまで尋ねようとはしなかった。
逆に、俺はそれが気になった。
だが『妹を助けてもらったから大目に見る』、そういうことであろうと、無理にでも納得しておくことにした。
ジャックとジャニスの兄妹は、この山での活動を生業にしているらしい。
ジャックは木こりと狩りを。
ジャニスは兄について山に入り、山菜や果実の採取を主にしているとのことだった。
あのときは追われながら弓を振り回していたが、あまり狩りは得意ではないのかもしれない。
弓矢は護身用か、それとも獲物と間違えて撃ち込んだのか……
体型はまるで似ていない二人だが、とても仲の良い兄妹であった。
俺は後ろ暗い部分があるから、ジャックにあれこれ問われても、あまり答えを返さない。
そうなれば話がまわらず気まずい雰囲気が漂いそうなものだが、ジャニスが上手く場をつないでくれた。
そのおかげか、ジャックと俺の間に妙な緊張感や警戒感が高まるようなことはなく済んだ。
「途中まで送ろう」
二人がそろそろ村に戻ると腰を上げると、俺はそう応じた。
兄妹に飢えを満たしてもらったにもかかわらず、俺には食事の礼として差し出せるものが何一つ無い。
最低限の礼儀を果たすべく、せめて途中まで見送ることにしたのだ。
昨日ジャニスと別れたところまで山を下ると、「俺はウッドと話がある」とジャックが言い、ジャニスだけを先に村へと帰した。
昨日と同じように振り返っては手を振ってくる。
その坂の上には、昨日と違って男が二人。
ジャニスは屈託なく両手を振り、跳ねるように下っていった。
明るく軽やかなジャニス。
昨日の一件での俺への感謝として料理を振る舞い、その心はスッキリとしていることだろう。
一方で、俺の心中は正反対だった。
ジャックと二人きりになった俺は、彼の出方を予想して身を固くした。
どうやらこれからが、今日のジャックの来訪の理由、その核心となる話のはずだ。
おそらく、立ち去れと言われるだろう。
それを拒んで無理に留まれば、不要な対立を生む。
そうなれば怪しい奴だとみなされ、俺に対して役人か兵士でも向けられかねないのではないか。
満たされた腹と引き換えに、どうやら別の場所を探すしかないのだろう。
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