19 / 47
悪党どもと役人と
6
しおりを挟む
「おまえが、か? ハハッ、無理だムリ。その気もないのに、やめとけ。いくら考えたって本当に動き出す度胸がなきゃ、どこにも行けやしねえよ」
「僕だって! 本気ですよ!」
「……人をバカにするのもたいがいにしろッ。
いいか、目だ。目を見りゃわかる。
おまえの俺を見る目は、『やってやる!』ってギラギラした目じゃねぇ。ただの言葉遊びだ」
「……」
「図星で何も言えねえかい、坊主。
いくら考えたってよ、最後は実行する度胸よ。やるしかねえ。あとは踏み出してから、そっからアドリブで上手くやるのよ。最高の計画ってのはさ、あくまでも空想で妄想よ。誰にだってな、想像だけなら最高のもんが完璧にできんだよ。
でもな、現実ってのは、空想とは違うもんになる。絶対だ。それが証拠に間違いの無い王はいねぇし、春にタネをまいたって全部が芽を出してたわわに実る、なんてこともあり得ねぇ。完璧な逃走計画を立てたって、そうはならねぇから逃げられずに死ぬ奴も出るんだぜ」
「兄貴ッ」
「ん? ものの例えよ、落ち着けや」
「そこそこに考えて、やってみて、やりながらまた考えて、上手くやる。それしかないのさ。それを坊主に、見せてやりてえもんだぜ」
ボスはすこし笑った。
その目はたしかに、やり遂げてきた者の自信というか、強い意志を感じさせるものだった。
たとえそれが、カネや欲に染まった黒いモノであろうとも……
僕はといえば、何も答えられない。
ぜんぜん心の持ち方が違うのだ。
この男は僕と違う。
この期に及んでさえ、追い込まれたという悲壮感がない。
なんの世界でも、突き抜ければボスのように、堂々とした態度になれるものなのだろうか。
目の前の男は、僕が真似したくない世界とはいえ、みずから語る通りに突き抜けて生きてきた。
あの狂ったような宰相も、たしかに突き抜けてはいるのだろう。
不快で認めたくないことではあるが……
——しかし待てよ…… なにかおかしいくないか? 悔しいが、それほどの奴だとすれば……——
人間として、彼は見下げた悪党だ。
憎っくきオーギュスト・ド・フェランとおなじ。
けど、その世界で突き抜けてはいる。
認めたくはないという、ボスに対しての自分の気持ち。
それをいったん置いて、この男を傑物だと認めてみたら、どうなる?
僕の中に浮かんだ疑問……
それに答えが出ることはなかった。
なぜなら馬車が停車したから。
今度はトラブルのためではなく、目的地に着いたのだ。
だがこの馬車の目的地とは、刑場ではない。
あくまでも、長官の言う『素晴らしい旅行』のための、スタート地点でしかなかった。
馬車の後部の幌が引き開けられる。
ゴォォォと耳に飛び込んでくる轟音。
外には圧巻の景色があった。
白く煙る世界。
飛沫が舞い、あたりはうっすらと霧がかかったよう。
崖上から水が放物線を描き、長い落下を経て下へと吸い込まれていく。
水は落ちるに従ってまとまりを失い、風に揺れる白いスカートの裾のように広がる。
流れ落ちて再び合わさって、そこからまた新たな川が始まっていた。
初めて見るその景色に、僕は息を飲んだ。
——ここに、落とされるのか……——
「どうだ、素晴らしい景色だろう。これより先は自分の足で歩いてもらう。これから自分が流される激流をながめつつ、裁きの滝を前に己の罪を振り返るのだ。一歩ずつ確実に、処刑台へと登って行く。これが貴様らの人生で、最後かつ、最高の旅となるぞ」
にやにやと嬉しそうにちょび髭の長官は告げた。
すべての罪人が馬車から降ろされると、これまでは馬上にいた長官や副官たちも馬を降りた。
ここから先の道は、徒歩でなければ登れない悪路らしい。
足元は湿気のせいか、ぬかるんでいた。
ふたたび僕の腰縄をあの女性兵士、ディアドラが引きにきた。
「神の祝福を」と軽く頭を下げて挨拶する。
僕は、「チッ!」と思わず小さく舌打ちをし、目をそらした。
——祝福があるなら、こんなところにいるものかよ!——
さっきのかみ合わないやり取りを思い出したのだ。
——ん、あれは……——
ディアドラの胸元中央。
控え目な谷間に、ひとつのメダルがあった。
そこに刻まれているものはこのグラディール王国の印ではなく、部隊の所属を表すものでもない。
刻まれた三本の波線が表すものは、長い髪が風になびくさまであるとか、女性の身体のラインを表しているとか、山や平原に川といった大地の起伏を表すとか、諸説あったと記憶している。
そのメダルは、地母神マーティナを信仰する者であるという証だった。
ふと気になって周りを見渡してみると、罪人に付く兵たちは腰に剣を帯び、周囲を固めて守る兵たちは槍を地面に突き立てている。
ではディアドラはどうかと視線を彼女へ戻せば、兵士にもかかわらず剣も槍も持っていない。
そのかわりにメイスを背にかけていた。
「神官兵……」
「僕だって! 本気ですよ!」
「……人をバカにするのもたいがいにしろッ。
いいか、目だ。目を見りゃわかる。
おまえの俺を見る目は、『やってやる!』ってギラギラした目じゃねぇ。ただの言葉遊びだ」
「……」
「図星で何も言えねえかい、坊主。
いくら考えたってよ、最後は実行する度胸よ。やるしかねえ。あとは踏み出してから、そっからアドリブで上手くやるのよ。最高の計画ってのはさ、あくまでも空想で妄想よ。誰にだってな、想像だけなら最高のもんが完璧にできんだよ。
でもな、現実ってのは、空想とは違うもんになる。絶対だ。それが証拠に間違いの無い王はいねぇし、春にタネをまいたって全部が芽を出してたわわに実る、なんてこともあり得ねぇ。完璧な逃走計画を立てたって、そうはならねぇから逃げられずに死ぬ奴も出るんだぜ」
「兄貴ッ」
「ん? ものの例えよ、落ち着けや」
「そこそこに考えて、やってみて、やりながらまた考えて、上手くやる。それしかないのさ。それを坊主に、見せてやりてえもんだぜ」
ボスはすこし笑った。
その目はたしかに、やり遂げてきた者の自信というか、強い意志を感じさせるものだった。
たとえそれが、カネや欲に染まった黒いモノであろうとも……
僕はといえば、何も答えられない。
ぜんぜん心の持ち方が違うのだ。
この男は僕と違う。
この期に及んでさえ、追い込まれたという悲壮感がない。
なんの世界でも、突き抜ければボスのように、堂々とした態度になれるものなのだろうか。
目の前の男は、僕が真似したくない世界とはいえ、みずから語る通りに突き抜けて生きてきた。
あの狂ったような宰相も、たしかに突き抜けてはいるのだろう。
不快で認めたくないことではあるが……
——しかし待てよ…… なにかおかしいくないか? 悔しいが、それほどの奴だとすれば……——
人間として、彼は見下げた悪党だ。
憎っくきオーギュスト・ド・フェランとおなじ。
けど、その世界で突き抜けてはいる。
認めたくはないという、ボスに対しての自分の気持ち。
それをいったん置いて、この男を傑物だと認めてみたら、どうなる?
僕の中に浮かんだ疑問……
それに答えが出ることはなかった。
なぜなら馬車が停車したから。
今度はトラブルのためではなく、目的地に着いたのだ。
だがこの馬車の目的地とは、刑場ではない。
あくまでも、長官の言う『素晴らしい旅行』のための、スタート地点でしかなかった。
馬車の後部の幌が引き開けられる。
ゴォォォと耳に飛び込んでくる轟音。
外には圧巻の景色があった。
白く煙る世界。
飛沫が舞い、あたりはうっすらと霧がかかったよう。
崖上から水が放物線を描き、長い落下を経て下へと吸い込まれていく。
水は落ちるに従ってまとまりを失い、風に揺れる白いスカートの裾のように広がる。
流れ落ちて再び合わさって、そこからまた新たな川が始まっていた。
初めて見るその景色に、僕は息を飲んだ。
——ここに、落とされるのか……——
「どうだ、素晴らしい景色だろう。これより先は自分の足で歩いてもらう。これから自分が流される激流をながめつつ、裁きの滝を前に己の罪を振り返るのだ。一歩ずつ確実に、処刑台へと登って行く。これが貴様らの人生で、最後かつ、最高の旅となるぞ」
にやにやと嬉しそうにちょび髭の長官は告げた。
すべての罪人が馬車から降ろされると、これまでは馬上にいた長官や副官たちも馬を降りた。
ここから先の道は、徒歩でなければ登れない悪路らしい。
足元は湿気のせいか、ぬかるんでいた。
ふたたび僕の腰縄をあの女性兵士、ディアドラが引きにきた。
「神の祝福を」と軽く頭を下げて挨拶する。
僕は、「チッ!」と思わず小さく舌打ちをし、目をそらした。
——祝福があるなら、こんなところにいるものかよ!——
さっきのかみ合わないやり取りを思い出したのだ。
——ん、あれは……——
ディアドラの胸元中央。
控え目な谷間に、ひとつのメダルがあった。
そこに刻まれているものはこのグラディール王国の印ではなく、部隊の所属を表すものでもない。
刻まれた三本の波線が表すものは、長い髪が風になびくさまであるとか、女性の身体のラインを表しているとか、山や平原に川といった大地の起伏を表すとか、諸説あったと記憶している。
そのメダルは、地母神マーティナを信仰する者であるという証だった。
ふと気になって周りを見渡してみると、罪人に付く兵たちは腰に剣を帯び、周囲を固めて守る兵たちは槍を地面に突き立てている。
ではディアドラはどうかと視線を彼女へ戻せば、兵士にもかかわらず剣も槍も持っていない。
そのかわりにメイスを背にかけていた。
「神官兵……」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ズボラ通販生活
ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる