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悪党どもと役人と
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ほどなくして、馬車はふたたび動き出した。
「俺の仲間はよぉ、坊主みたいな小賢しい奴とは違う。こいつらみたいな馬鹿はいいぜ。愛すべき馬鹿だな。頭が悪いからよ、結果が予想できない、やってみるしかねえんだ。できれば成功。できなきゃ失敗。単純よ。びびって逃げ出すなんてことはねぇ。とりあえずこっちから動いて、前には進むんだ。坊主と違ってな」
話に出された弟分は、意味がわかっているのか、いないのか……、あいまいな笑いを浮かべていた。
「……おっと、すまん、すまん。それでも坊主はあの世行きの処刑場に招待されてたんだったな。自分で選ばなくても、どっかの誰かのおかげさまで進めるんだっけか? 死後の世界にな」
「なぁ」と弟分に同意を求めると、兄弟ふたりでゲラゲラと笑い合った。
僕は何も言い返せず、ただ下を向くしかなかった。
けれど、それもわずかの間だけ。
馬車の揺れは激しく、うつむく頭は下からの突き上げで強引に上を向かされる。
静かに落ち込むことは許されず、そのせいかまた腹が立ってきた。
「なんにしろだ。王だろうと、役人だろうと、傭兵だろうと……、飯屋でも、宿屋でも、教祖様でも……、はたまた俺のような悪党だろうとも、だ。
どの世界でも有名になるには、半端やってんじゃダメよ。坊主がさっき俺に聞いたな。なんでこんなときに笑えるかってな。これがその答えよ。
仲間が生きようが死のうが、自分の運命がどうであろうとも、だ。俺様は自分のやりたいことをやってやる。それを貫き通す。それが俺たちなのよ。
だってよぉ、誰かのせいにして小さくなって床を穴があくほどジッと見て、それでなにが起きるってんだ? そんなんで贅沢ができんのか? いい女が抱けるのか? 仲間が集まんのか?
そんなこたぁ無いぜ、絶対だ」
暗がりの独房での日々が思い出される。
そこに自由はなく、選べる未来もない。
牢屋番をそそのかすという賭けも、いまにして思えば、宰相の汚れた掌の上に過ぎなかったのだろう。
だからこそ、いまここへと、どうにもならずに追い込まれている。
「そんなことならよ、人の不幸をえぐってでも、俺は俺の求めるもんを追いかけたいのさ。俺がおまえの親父の罪を探ろうとすんのも、どうしようもない俺様の欲望のためよ。人間同士が対立するってのはさ、金になる。戦争にギャンブル、権利や縄張り争い……、意地やプライドが絡めば絡むほど、額もでかくなるもんよ。
だからな、処刑前のこんなときでも、だ。カネのにおいを嗅ぎ分けて夢見るぐらいのイカレた頭じゃなきゃ、裏の世界では突き抜けられないもんよ」
「……人殺しの言葉なんてッ、僕にはなんひとつ響きませんよ」
——見透かされている——
捨てゼリフとは裏腹な胸中だ。とても視線を合わせていられなかった。
処刑場への道を進むこんなときでさえ、ここから逃げ出し、どうやって金もうけをするかを思案し、自分の欲を満たすことを渇望しているのだ。
それを悪びれることなんて、欠片もない。
突き抜けた悪党に反省が無いのは当然としても、わずかな後悔さえ感じとれない。
その姿勢は悪人からすれば、『悪人の鏡』のような存在なのだろうか。
世界に名をとどろかせた、と自分で語るのも説得力のある話だ。
処刑されるにふさわしいと、思わずおかしな感心をしてしまう。
——クソッ! なんでこんな悪人に説教されなけりゃならないんだ!——
いちいちもっともらしい言葉の数々。
それが人間的にまったく尊敬できないはずの、悪人の口から出てくる。
そしてそれに、僕の心が揺さぶられている。
だから、腹立ちまぎれに無理なことを言い放ってしまう。
「じゃあここで、僕があなたの侮辱にぶち切れて…… あなたに殴りかかったとしたら、僕も稼げますかね? 人間同士の対立でしょ」
もちろん縛られているから殴れはしない。体当たりが関の山だ。
そんなのはわかっている。
「……可能性はあるな」
どうせ一蹴されるくだらない妄言のはずだった。
しかし、意外にもボスは真面目に答えを返してきた。
「この場で、おまえと俺のケンカがはじまるんだろ? そうすりゃ役人は放っとけないよな。こっちにスッ飛んで来る。あとはそこから兵士を巻き込んで暴れてもいい。俺様が逃げようとしているとかなんとか、自分が有利になるように話を作っても、いけるかもしれねえな。ここで稼ぐってのは、まず逃げることを目指すのが一番だ。死んだら稼ぎもクソもねぇ。どうにか縄を切り、兵士の武器や身につけているもの、さらに馬を奪えないかを考えて動く。ついでに間抜けな長官や副官をさらって身代金を、ってのもアリだな」
「……じゃあ、やりますか? 僕と猿芝居を」
「俺の仲間はよぉ、坊主みたいな小賢しい奴とは違う。こいつらみたいな馬鹿はいいぜ。愛すべき馬鹿だな。頭が悪いからよ、結果が予想できない、やってみるしかねえんだ。できれば成功。できなきゃ失敗。単純よ。びびって逃げ出すなんてことはねぇ。とりあえずこっちから動いて、前には進むんだ。坊主と違ってな」
話に出された弟分は、意味がわかっているのか、いないのか……、あいまいな笑いを浮かべていた。
「……おっと、すまん、すまん。それでも坊主はあの世行きの処刑場に招待されてたんだったな。自分で選ばなくても、どっかの誰かのおかげさまで進めるんだっけか? 死後の世界にな」
「なぁ」と弟分に同意を求めると、兄弟ふたりでゲラゲラと笑い合った。
僕は何も言い返せず、ただ下を向くしかなかった。
けれど、それもわずかの間だけ。
馬車の揺れは激しく、うつむく頭は下からの突き上げで強引に上を向かされる。
静かに落ち込むことは許されず、そのせいかまた腹が立ってきた。
「なんにしろだ。王だろうと、役人だろうと、傭兵だろうと……、飯屋でも、宿屋でも、教祖様でも……、はたまた俺のような悪党だろうとも、だ。
どの世界でも有名になるには、半端やってんじゃダメよ。坊主がさっき俺に聞いたな。なんでこんなときに笑えるかってな。これがその答えよ。
仲間が生きようが死のうが、自分の運命がどうであろうとも、だ。俺様は自分のやりたいことをやってやる。それを貫き通す。それが俺たちなのよ。
だってよぉ、誰かのせいにして小さくなって床を穴があくほどジッと見て、それでなにが起きるってんだ? そんなんで贅沢ができんのか? いい女が抱けるのか? 仲間が集まんのか?
そんなこたぁ無いぜ、絶対だ」
暗がりの独房での日々が思い出される。
そこに自由はなく、選べる未来もない。
牢屋番をそそのかすという賭けも、いまにして思えば、宰相の汚れた掌の上に過ぎなかったのだろう。
だからこそ、いまここへと、どうにもならずに追い込まれている。
「そんなことならよ、人の不幸をえぐってでも、俺は俺の求めるもんを追いかけたいのさ。俺がおまえの親父の罪を探ろうとすんのも、どうしようもない俺様の欲望のためよ。人間同士が対立するってのはさ、金になる。戦争にギャンブル、権利や縄張り争い……、意地やプライドが絡めば絡むほど、額もでかくなるもんよ。
だからな、処刑前のこんなときでも、だ。カネのにおいを嗅ぎ分けて夢見るぐらいのイカレた頭じゃなきゃ、裏の世界では突き抜けられないもんよ」
「……人殺しの言葉なんてッ、僕にはなんひとつ響きませんよ」
——見透かされている——
捨てゼリフとは裏腹な胸中だ。とても視線を合わせていられなかった。
処刑場への道を進むこんなときでさえ、ここから逃げ出し、どうやって金もうけをするかを思案し、自分の欲を満たすことを渇望しているのだ。
それを悪びれることなんて、欠片もない。
突き抜けた悪党に反省が無いのは当然としても、わずかな後悔さえ感じとれない。
その姿勢は悪人からすれば、『悪人の鏡』のような存在なのだろうか。
世界に名をとどろかせた、と自分で語るのも説得力のある話だ。
処刑されるにふさわしいと、思わずおかしな感心をしてしまう。
——クソッ! なんでこんな悪人に説教されなけりゃならないんだ!——
いちいちもっともらしい言葉の数々。
それが人間的にまったく尊敬できないはずの、悪人の口から出てくる。
そしてそれに、僕の心が揺さぶられている。
だから、腹立ちまぎれに無理なことを言い放ってしまう。
「じゃあここで、僕があなたの侮辱にぶち切れて…… あなたに殴りかかったとしたら、僕も稼げますかね? 人間同士の対立でしょ」
もちろん縛られているから殴れはしない。体当たりが関の山だ。
そんなのはわかっている。
「……可能性はあるな」
どうせ一蹴されるくだらない妄言のはずだった。
しかし、意外にもボスは真面目に答えを返してきた。
「この場で、おまえと俺のケンカがはじまるんだろ? そうすりゃ役人は放っとけないよな。こっちにスッ飛んで来る。あとはそこから兵士を巻き込んで暴れてもいい。俺様が逃げようとしているとかなんとか、自分が有利になるように話を作っても、いけるかもしれねえな。ここで稼ぐってのは、まず逃げることを目指すのが一番だ。死んだら稼ぎもクソもねぇ。どうにか縄を切り、兵士の武器や身につけているもの、さらに馬を奪えないかを考えて動く。ついでに間抜けな長官や副官をさらって身代金を、ってのもアリだな」
「……じゃあ、やりますか? 僕と猿芝居を」
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