彼女と彼の、微妙な関係?

千里志朗

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23.電車の中で(2)

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 ※(沙理砂視点)


 電車内に他の人がいるのは分かっていた。

 でも私は、見たくない物にわざわざ視線を合わせたりしないので、こんな見た目派手でいかにもチャラさの権化です、みたいな軽い男性が近くにいる事に気付いていなかった。

 染めたか脱色したのか、茶色に金髪も混ざった様な頭髪、耳だけでなく、口の端や鼻にまでつけられたピアスの数々。アロハシャツ、では流石にないみたいだけど、やたら派手な柄もののシャツに、何か材質のよく解らない布で作られたズボンも不規則な模様で赤や青で染められている。

 他に、流行りなのか、薄い色のサングラスをかけ、手や首に色々と用途不明なアクセサリーがつけられている。

 こういう人を、まさに“チャラ男”って言うのだろう。多分20代前半の大学生?余り頭が良さそうには見えないし、この沿線に大学があっただろうか?県の中心部や、逆側の沿線にはあった気がする。

(大学生でないなら、浪人の予備校生かも……)

 とか、第一印象で酷い事を思ってしまう。

(あ、でも浪人生がこんなチャラチャラした恰好はしないかな……)

「ねぇねぇ、彼女ぉ。気分悪いならさぁ、次の駅で降りて休憩した方がいいんじゃな~い?なんなら、お兄さん、お泊りでも何でも、喜んでつき合っちゃうよ~」

 ニタニタ下品に笑い、自分の欲望、下心をまるで隠そうともしない無神経さ、厚顔無恥、面の皮のぶ厚さにはある意味、感心してしまう。

 それに応じる気は、私には微塵もないけれど、直球ストレートな押しの強い誘い方は凄く手慣れていて、こんなにチャラくても、その押しに負けてナンパに応じる娘(こ)が何人かいたらしい事が伺える。

「……心配ご無用です。大事な先輩に、下らないナンパをしないで下さい」

 全君が何だか機嫌悪そうな低い声で、私の心の声を代弁してくれる。

 凄くありがたい。こういうナンパやスカウトは、大抵誌愛や瀬里亜達といる時によくあって、誌愛がいつもきっちりキッパリ容赦なく断ってくれる。

 それでも懲りないしつこい輩(やから)は、いつのまにかやって来る、白鳳院家のボディガードや宇迦野(うかの)家の影の使用人軍団の、それぞれ黒服さん達が来て、何処か私達はあずかり知らぬ場所に連れていかれてしまう。その後どうなるのかは勿論知らない。

 でも今日は彼女達と一緒ではないし、名家の二人がいないのだ。黒服さん達が来る事はないだろう。私は今、全君だけが頼りだった。

「あ~ん?俺は、そっちの可愛い子ちゃんに話してるんだよ。弟くんには大人の恋愛なんて分からねぇだろうから、すっこんでろよ!」

 チャラい男は、意外に乱暴なのか声を荒げて全君に凄んでいる。背が私と同じ位でいかにも年下の彼を、“弟”と決めつけ、自分のナンパから意識的に排除するつもりみたい。

 そして、全君を無視して私の方に右手を伸ばして来る。

 何をしたいのかは分からないけど、その手に触れられるだけで不快なのは簡単に予想出来た。

(ゲッ!?嫌っっ!)

 私は心の中で普通の女子高生がしないような、はしたない悲鳴をあげ、頭を抱える。

 でも、その腕が私に届く事はなかった。何故なら全君がその腕を、自分の左手でしっかりと捕まえてそれ以上私に近づくのを阻(はば)んでくれたからだ。

「あ~~?なにしてくれちゃってるの、このちっさなクソ坊主(ガキ)はぁ?!」

 男は顔を怒りで赤らめ、その捕まれた腕を振り払おうと最初は軽く、次第に必死にもがいているみたいだけど、一回り以上大きく、体格もそれなりな成人男子なのに、押しても引いても腕をまるで動かせないでいる。

 その時になってやっと、自分を掴んでいるのがただの背の低い学生ではない事に気付いたみたいだ。

「……電車内でナンパとか、こちらにも周りにも超迷惑だって言ってるんだよ、低脳。

 怪我をしない内に、『失せろ!』」

 最後の言葉が、お腹の底から出た様なドスの効いた声で、低く長く妙に響いたけれど、電車内だからと気を遣った全君の配慮からか、声量的には小声で周囲のほんの数人にしか聞き取れなかったんじゃないかと思う。

 その声に当てられたかの様に、男の顔色がみるみる悪くなり、多分私よりも顔色が悪い、土気色みたいになって、その胸を全君がポンと軽く押して腕を放すと、力が抜けたのかヘナヘナとその場に尻餅をついた。

 男の全君を見る表情は、紛れもなくひどい“恐怖”に塗り固められ、歯をガチガチと鳴らし、目の端には涙すら浮かんでいた。

「……す、すっみま、せん、わわ悪かった、です!す、すぐいなく、な、なるから許してくれ!」

 歯の根が合わないながらも男はそれだけを何とか言って急いで立ち上がり、電車内の移動とは思えないような速足、もうほとんど走って近くの隣りの車両に繋がるドアに飛びつくと、何度か開けるのを失敗しつつも最後にはようやく開けて、どうにか隣り車両へと逃げ込んで行った。多分、もうすぐ着く次の駅で確実に降りると思われた。

 私は、かなりしつこそうな“男性”に、ナンパなんて、街を歩くときの一番嫌な面倒事が起きてしまった、と憂鬱(ゆううつ)になっていたので、余りにもアッサリと男がいなくなった経緯を、目の前でちゃんと見ていたのにも関わらず信じられなくて、しばらくポカンと口を開け、唖然としてしまった。

「……サリサ先輩?一応、なるべく穏便に追っ払ったつもりですが、何か気に触りましたか?」

 私の方に振り向いた全君はまるで普通で、今何か起こった事なんてないかの様に自然に笑顔を向けてくれる。

「え、っと。……今、何かしたの?あのチャラ男、かなりしつこそうだったのに、随分アッサリと諦めた、っていうか、何か怖い物でも見たみたいに逃げてったけれど……」

「あー、はい。こう言う事もあるだろうって、シア先輩から聞いていましたので、軽く“殺気”を当てて脅かしたんです」

 全君はニコニコと、何でもない事みたいにとんでもない事を軽く言う。

「さ、“殺気”て、殺意?あの人の事、殺そうと思ったの?」

「いえ、流石にそこまでは。本気の“殺気”ですが、単なる威嚇ですよ。拳法漫画とかによくありませんか?アレです。

 でも、力づくで先輩をさらおうと向かって来たら、半殺しくらいにはしますが」

 まるで迷いも躊躇もなく、キッパリはっきりと全君は危ない事を宣言した。

「そ、そうなんだ。“殺気”なんて飛ばせるものなのね。

 ……でも、部活の事もあるし、暴力は駄目よ……」

「はい!なるべく使わない様にします!」

 何故か元気よく、『なるべく』なんて但し書きがついているけれど、それはつまり、最終的に私の安全は絶対必ず守ってくれる、と言ってくれているのだろう。

 だから、今私が言うのは、全君を制止したり注意する前に、言うべきだった言葉を呟いた。

「……あのその……。あ、ありがとうね!助けてくれて……」

 私がなんとかぎこちなくお礼を言うと、全君は満面の笑顔を浮かべる。

「はい!先輩達がいない時は、俺が身辺警護しますから、安心して登下校して下さい!」

 健気に真摯にそんな事を言ってくれる全君。微笑ましい。

 私は、凄く有難い、嬉しい、と勿論感謝しているのだが、まだ先程のよく分からない黒いモヤモヤが胸の内にあって、私を戸惑わせるのだった。

(なんだろう?これは……)

 余り深く考えると、先程の様に気分が悪くなる予感がしたので、今日は取り合えず考えない事にした。

 今日はまだ、全君を私の母と引き合わせるという、頭の痛い大仕事が待ち受けている。

 出不精で交友関係の広がりが同性にすらまったくない私が、下級生の男の子をいきなり何の予告も前触れもなく家に連れて行くのだ。母の驚く顔、そして喜ぶ顔が今からリアルに想像できてしまい、私はこの上なく憂鬱(ゆううつ)だ……。

 母は当然、携帯電話を所持しているのだけれど、細々とした事が嫌いで機械類の操作が苦手、結構大雑把な性格の母は、メールやライン等をまったく使わず使用法を覚えようともせずに、完全に電話のみの機能だけを使っている。

 なので、メール等で知らせる事も出来ず、ダンス教室で仕事中の母に電話をかけるのも躊躇(ためら)われた。とんでもない迷惑な奇声を上げそうな気がしたし、知ったら知ったで喜び勇んで特大のホ-ルケーキとかでも買って来て、超大袈裟な歓迎をしそうな予感がして、どうにも電話をする気にはなれなかったのだ。

 もうぶっつけ本番で、ともかく簡単な紹介だけしようと覚悟を決めたのだ。

(なんだか色々と疲れる。微妙よねぇ……)


 ※(全視点)


 沙理砂先輩は、凄い綺麗で可愛く美しく、とにかく愛らしい。

 アクアショップに連れて行ったのは、どうやら成功だったみたいだ。この店を見つけてからは、沙理砂先輩と一緒に行けたらなぁ、と単なる夢想でしかない望みを抱いていたけれど、まさかこんなに早く叶うとは……。

 目を輝かせて店内を、楽しそうに歩く先輩と、色々と二人で見て回った。

 暗い照明の店内で、水槽の明かりに照らされた沙理砂先輩の神秘的な美貌が笑顔で輝くのを、僕はなるべく気付かれない様に横目でそっと観察していた。(魚、あんまり見てない)

 こんなに明るくはしゃいでいる先輩を見るのは初めてかもしれない。

 なるべく顔が赤くならない様に、話す言葉がどもったりしない様に細心の注意を払ったつもりだ。沙理砂先輩は、自分の綺麗さに、妙に無自覚、無頓着な感じがする。

 それと、今日の先輩は何だか子供っぽく、とても無邪気な様子を見せていた。

(お持ち帰りしたい……)

 いや、持ち帰って何か不道徳な事がしたい、とかじゃなく、ただ楽しそうな先輩をいつまでも独占して見ていたくて、とか、そんな阿保な事を考えてしまうのだ。

 アクアショップ巡りは比較的に至極順調だったと思われた。

 だから、最後に休憩として飲み物を飲んで、自販機に囲まれたフードコーナーで一休みしていた時に、先輩から、『つり合い』云々、との話がいきなり出た時には、完全に不意をつかれ、やっぱり友達関係からでさえ駄目なのか、と思いっきり動揺して絶望してしまった。

 でも実際の話は、変な誤解や思い込みで彩られた虚飾の人物像、なんてカッコつけても仕方がない。つまり先輩は、自分にはやたらと低い過小評価をしていて、そして逆に僕には、“あの”ファンクラブのせいか、かなり妙な過大評価をしてくれていた。

 どうせコート内を可愛い小動物が動き回ってる、ぐらいにしか思われていないだろうに……。

(過去に、クラスの女性や、通りすがりのお姉さん方等から、わあ、可愛い!だの、すっごく小さい!だのと言われ落ち込んだトラウマが、僕には無数にある。どうも女の子は、男子が、小さい、だの可愛い、だの言われて喜ぶ訳もないのに誉め言葉だと思っているフシがある。)

 しかし、僕とつり合わない、とか人から言われる日が来るなんて、想像だにしなかった。人生は波乱万丈な出来事に満ちている……。

 先輩の思い込みを修正しつつ、僕の余り良くない隠したい過去の事も少し教えた。高校に入ってからは、せっかく優等生を演じていたのだけれど、過剰に無意味に持ち上げられても困るしかないので、先輩の僕に対する過大評価も下方修正を。

 それからは電車で、予定通りに先輩の家のある駅に向かう。

 先程の“つり合い”話とかで、先輩は心なしか落ち込んでいる風だったので、僕は元気を出して欲しくて、小学生の時の水の生き物での失敗談を語った(正確には僕が失敗した訳ではない)。

 アクアショップからの流れで、その時の楽しさを思いだして継続して欲しかったからだ。

 この他愛もない目論み自体は成功したようだったけれど、何故か途中で先輩が顔色を悪くして、体調に問題が?と心配していると、近くにいた、電車に乗り込んだ時からやたらチラチラと沙理砂先輩を盗み見していた、派手な見た目の男が声をかけて来た。

 沙理砂先輩に目をつけるとは、その審美眼は確かなものかもしれないけれど、真面目な話、こんな所で女子高生をナンパとか、軽蔑にしか値しないクズチャラ男だ。

 今までの小デートがそれなりに順調だった分、怒りも八つ当たり気味に燃え上がった。

 それに、これから沙理砂先輩の母親と面会するという、超重要な一大イベントが待ち構えているというのに、ケチをつけられた感もあって、余計にムカつく。

 何か手酷く痛い目に合わせたかったが、まだ部活の事があり、暴力事件はご法度だ。

(スポーツ選手って、実はいろいろと面倒くさいなぁ……)

 イライラとストレスが半端なく溜まっていたので、先輩に伸ばした汚らわしい手も、握り潰したかったけれど、流石にそれはせずに止め、思いっきり“殺気”をブチ当てた。

 至近距離だし、思っていた以上にうまく伝わった様だ。師匠に習って練習しておいて良かった。本来は、威嚇や攪乱などに使えるが、武道をしていない一般人には充分な脅しになる。
 
 三下にはとっとと退場をお願いし、さあこれからが本番、今日一番大事かもしれない“母親面会”だ!

 何かお土産でも買った方がいいだろうか?余りにもそつがなさ過ぎると可愛くない、生意気だと思われてしまうかもしれない。とにかく、沙理砂先輩に聞いてからの方がいいだろう。

(サリサ先輩のお母さん、か。会うのが楽しみ……)

 電車が、そろそろ目的の駅に着こうとしている。








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【キャラ紹介】

女主人公:黒河 沙理砂

自称ごく普通の女子高生。母親がスペイン出身のゴージャス美人で、その血を継いで容姿は黒髪美人だが、性格は平凡な父親似。過去のトラウマから男性全般が苦手。


男主人公:神無月 全

高校一年生だが、背の高くない沙理砂よりも低く、小さい印象がある。

バスケ部所属。その小ささに似合わぬ活躍から、三年女子を中心としたファンクラブがある。本人は迷惑にしか思っていない。

物語冒頭で沙理砂に告白している。


白鳳院 誌愛

沙理砂の幼馴染で一番の親友。北欧出身の(実は)貴族の母を持つ。白鳳院家も日本で有数の名家でお金持ち。使用人やメイド等が当り前にいる。

本人は輝く様な銀髪で、容姿も美人。普段おっとりぽよぽよ天然不思議系美少女だが、実はキャラを演じているらしい。

心に傷を持つ沙理砂を大事にしていて過保護状態。

沙理砂に相応しい相手か、全を厳しく審査している。


宇迦野 瀬里亜

全のバスケ部先輩、風早ラルクの恋人。

可愛く愛くるしく小動物チック。

こちらでも、家の都合で別の全寮制お嬢様学園に進学した為、出番はかなりないと思われ。いとあわれなり。名前を日本名にするのに少し変更。
デート回入れました。


滝沢 龍

誌愛の恋人。母はモンゴル。
長身、体格もいい。ゴリラ・ダンク。
爽やか好青年、じゃない、まだ少年か。


風早ラルク(ランドルフォ)

瀬里亜の恋人。ラルクは愛称で、ランドルフォが本名。
3ポイントシューター。狙い撃つぜ!

母はイタリア系。ラテンの血が騒ぐ?




苗字を、向こうのキャラの特性に合わせて考えたので、余り普通な苗字が少ないかもです。

後書きキャラ表は、某氏の作品に影響を受けて(^ー^)ノ
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