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第1章

1ー11 過去

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 まだ薄暗い森の中を進むヴェレナは、傍から見れば一筋の光に見えただろう。それだけの速さでヴェレナは森の中を進んでいたのだ。
 そこまでの速さを出せる理由。それは、ヴェレナの種族、プローナヴォルフは速さに特化しており、その最高速度は、もはや人の目に捉えられない速さを誇るからだ。

 ……その背中に平然と跨っていられるエレナも十分凄いのだが。

 というのも、エレナは魔法で空気の壁を作り出していたので、そこまでの風圧を感じていないのだ。そのため、平然としていられるといえる。しかし、もしそれが無ければ、過ぎ去る風が刃となり、エレナを襲うことになっていただろう。
 ちなみにヴェレナはかなりの速さで走っているが、ヴェレナの本気ではない。もし本気で走れば、それこそまるで嵐が過ぎ去ったような惨状が広がるだろう。

 今の速さが、森優しい速さなのだ。



 ヴェレナが走り始めてしばらく経ったちょうどその時、いきなりヴェレナの目の前に魔物が飛び出してきた。
 無論スピードにのっているヴェレナが躱せる訳もなく、そのまま魔物に突っ込んだ。

『あ、ぶつかったの』

 そのままの勢いで魔物にぶつかったヴェレナは、能天気な声を上げる。だが、ぶつかられたほうはたまったものではない。現に、ぶつかられた魔物はもうこの世にいないだろう。

 ……そう。森の魔物には優しくないのだ。

「……安全運転でね?」
『まかせてなの!』

 エレナは知っている。ヴェレナのその返事が、信用ないものだということを……

「はぁ…」

 そんなため息をつくくらいなら、最初からスピードを落とせばいいのだが…そうもいかない理由があるのだ。
 その理由とは、エレナが進む森はかなり危険な場所であり、ゆっくり進めば、いつ襲われるか分からないからだ。
 無論安全なルートもあるにはあるが、遠回りになる。休暇があと1日しかないエレナにすれば、できる限り時間は節約したいのだ。




 そして日が昇り、辺りを陽の光が照らし始める頃。目的の場所へとたどり着いた。

『着いたの!』
「うん。ありがとね」

 ヴェレナをひと撫でしつつ、エレナは地面に降り立った。
 エレナが降り立った場所。そこには木々が生えておらず、とても広い草原が広がっていた。

 エレナは迷いなくその草原を進みだした。そんなエレナの後ろをヴェレナがついて行く。

 草原を進むにつれ、段々とエレナの顔色が悪くなっていった。

「うっ!」

 それでも進んでいると、とうとうエレナは自身の頭を抱えてうずくまってしまった。

『主様!?』

 驚いた様子でヴェレナが駆け寄る。
 うずくまったエレナの頭には、男とも女ともとれない声が響いていた。

 ─タス、ケテ

 ─ケセ

 ─スベテ

 ─イヤ、ダ

 思わず胸を押さえる。ハアハアと荒い息をつき、気持ちを落ち着けようとする。それでもなお、際限なく多くの言葉が、エレナの頭へと押し寄せてきた。

「や、め…」
「主様!!」

 いつの間にか人化していたヴェレナがエレナを呼びながら抱きしめたことで、エレナはなんとか正気を取り戻した。

「……あ、れ?私…」

 思わずそう吹くエレナの額からは脂汗が滲み出ており、呼吸が更に荒くなっていた。だがヴェレナに抱きしめられたことで、少しづつ落ち着きを取り戻していった。

「落ち着いた?」
「……うん。ありがとう」

 ヴェレナに礼を言って、エレナは支えてもらいながら立ち上がった。
 そしてフラフラとした足取りで、それでもエレナは進み続けた。

「主様……」

 ヴェレナはエレナを止めたそうだったが、エレナの気持ちを優先し、黙ってついて行った。


 しばらく歩き、唐突にエレナが立ち止まる。
 エレナが立ち止まったその先には………真っ白な石が佇んでいた。

 エレナはそこに跪くと、収納から綺麗な花束を取り出して、その石に供えた。

 そして目を閉じて祈りを捧げる。

 ここは墓。誰の墓なのか、エレナは知らない……否、。しかし、エレナは毎年決まった時期にここを訪れ、祈らなければならないという気持ちに襲われるのだった。
 ──それが何を意味するのかも分からぬままに。


 エレナが祈りを捧げていると、後ろで静かに待っていたヴェレナが、いきなり警戒心をあらわにした。
 そのことに気付いたエレナは、祈りをやめ、ヴェレナへと向き直った。

「どうしたの?」
「だれかきてるの」

 エレナがヴェレナの目線の先を追いかけると、そこには確かに1人の男が立っていた。だが、エレナはその人物に見覚えがあった。

「大丈夫。知り合いだから」

 エレナがヴェレナにそう言うと、ヴェレナはやっと構えをといた。それを確認したのか、立っていた男が近づいてきた。

「お久しぶりです。"ロンベルグ"様」

 近づいてきた男に、エレナは恭しく頭を下げ、男の名を呼んだ。
 彼の名前はロンベルグ・ガルドメア。エレナが現在住んでいる国の隣国、ガルドメア王国の……国王だ。

「ああ、久しぶりじゃのう。エレナ」

 ロンベルグはそう言いながらエレナに微笑みかけた。その笑顔は、まるで孫を心配する叔父のようであった。

「今年もここへ来たのか?」
「はい。しかし、ロンベルグ様がここに来るのは珍しいですね?」
「確かにそうじゃな…お主とここで会った時以来かの」

 エレナとロンベルグが会った場所。それこそがここだった。

「もう何年になるかの?」
「そうですね…60年ほどでしょうか?」

 エレナはロンベルグに拾われたようなものだった。というのも、エレナはこの場所でただ一人佇んでいたのだ。それ以前の記憶はない。ただ、自分がエレナという名前と覚えているだけだった。故にエレナはその日を自身の誕生日としている。
 ……つまり最低でもエレナは60歳以上だということである。

「もうそんなに経つか。早いものよのぉ。……そしてわしの国を去って5年か」

 そう。エレナが賢者になった国こそ、ガルドメア王国だったのだ。

「…その節はご迷惑を」
「良いのじゃ。わしもお主には苦労をかけたからのう。貴族どもを抑えることが出来なかったのはわしのほうなのじゃ。謝るのはこちらのほうじゃ」
「…ありがとうございます。しかし、ここに来たのはそんな話をするためではないのでしょう?」

 エレナがそう問いかけると、ロンベルグはふぉっふぉっと笑い、懐から一通の手紙を取り出した。
 エレナはそれを受け取ると、差出人を見て……ため息をついた。

「返してきてくれません?」
「それはむりじゃの。とにかくみてみぃ」

 そう言われて、渋々といった様子でエレナは手紙を開いた。












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