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俺とあいつ

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 冷たい風が顔面に吹き付ける。走ってきたことにより肺が凍りつくように痛みを訴えだす。だが、俺は目の前から目をそらすことはしない。

「何してんだよ」

 息を整えながら、柵の外側・・・・にいる相手にそう声を掛ける。すると、その言葉を掛けられた奴がこちらを向いた。

「…別に、何も」

 短く、ただ一言。
 …んなわけねぇだろうがよ。

「…そうかい」

 だから、俺は奴の隣りに・・・立つ。
 冷たい風が、更に強く吹き付けてくる。

「おーさぶ」

 そう言いながら腕を擦る。
 薄着で来たのは失敗だったかと、今更ながらに反省する。

「…何してんだよ」

 俺が掛けた言葉が、そのまま返ってきた。

「別に何も」

 だから俺もそのまま返す。
 沈黙した2人の間を、一際強い風が吹き抜けた。


「…なぁ」

 そんな長い沈黙を破ったのは、俺の方だった。

「…俺は、お前がどう考えてるかなんて知らないし、理解出来ない。だから共感出来ないし、する資格もない」

 顔は合わせず、ただ目の前の景色を眺めながら言葉を紡ぐ。

「…そうだな」

 やっと返ってきた返事は素っ気なく、そして、少し落胆したような声色だった。

「…だがな、ただ一つだけ分かることがある」

 俺がそう言うと、奴がこちらに顔を向けたのが分かった。
 だから俺は奴と顔を合わせる。そうしねぇと、伝わんねぇ。

「俺はバカだってことだ」

 すると、訳が分からないと言いたげな表情を浮かべた。

「だからな、俺はバカだから、お前を止める方法なんて思いつかねぇ」

 顔を逸らし、柵にもたれ掛かりながら空を見上げる。

「…だが、お前を苦しめない方法なら分かる」
「…なんだよ、苦しめないって。俺の考えてることなんて理解できないだろ。俺の、気持ちなんて」
「ああそうだ。理解できない。簡単に『死ぬな』なんて言えねぇ。だから俺も一緒だ」
「……は?」

 素っ頓狂な声が聞こえ、思わずフッと笑いが零れる。

「お前俺以外友達いねぇんだからよ」
「…お前もだろうが」
「言ってくれるねぇ…まぁ、そうなんだが」

 そもそも友なんてもんは信頼出来る奴だけでいい。広すぎる、浅い関係なんて直ぐに終わっちまう。

「俺はお前と友だってこと、後悔してねぇよ」
「…だからなんだよ。友達だからってだけの情で」
「だけなんかじゃねぇ」

 少し言葉を強める。そうしないと、いつまでも否定的なことばかりが口から出てきそうだったから。

「それだけの理由なら、俺はわざわざここまで走ってこない」

 帰ろうとして校門からふと振り返り、屋上にこいつを見つけた。そこから全力で走ったもんだから、まだ心臓が痛い。
 …ったく。帰宅部の俺にこんなことさせんじゃねぇっつーの。

「…じゃあなんだよ」
「…分かんねぇ」
「……分かんねぇって」
「言ったろ?俺はバカだって」

 バカだから、上手く言葉で表すこともできない。けれどまぁ……もし俺の拙い語彙で表すのなら…

「…寂しかったから、か?」
「……ボッチめ」
「お前が居たらボッチじゃねえよ」

 俺は視線を上から戻し、また奴を見る。

「なぁ」
「………」
「テレビでも見ねぇか?」
「……なんだよ、藪から棒に」
「いや、見たいテレビあったこと思い出してな?」
「……なら帰れよ。もう、俺のことなんて」
「お前と見たいんだよ」
「………」

 俯き、どんな表情を浮かべているかは分からない。けれど、俺はそんなことお構い無しに言葉を口にする。

「将来なんて、何も分かりゃしねぇんだよ」
「……」
「今を生きることで精一杯でさ。将来自分が何をしたいか、何をしているかなんて想像できねぇ」
「……」
「将来なんて、生きてりゃ勝手に来るもんだ。それに抗う術はないし、来てしまえば変えることは難しい」
「……」
「だから俺は、今日見るテレビしか考えてない。今日明日で精一杯だ」
「……俺は、俺は…もう、今日も考えられない」
「そうか」
「…何が正解なんて、わかんない」
「うん」
「…なぁ、俺はどうしたらいい…?」
「それを、俺が言っていいのか?」

 顔を上げる。もう涙でぐしゃぐしゃな顔だ。

「言葉で言うのは簡単だ。だがそれは所詮他人の言葉。俺の言葉もそう。でも言葉には力がある。言われてしまえば、それは自分の言葉と呼べなくなるぞ。…それとも、言われないと動けないか?」

 しかし、それは命令となる。いつか必ず壊れてしまう、言葉。

「……いや、そうだな…その通りだ。俺が見つけるべき言葉、だ」
「分かったんなら行こうぜ。飛ぶのは今度にしてさ」
「…今度でいいのかよ」
「逃げ場はいるだろ? まぁ、必ずしも場所でなくともいいんだがな」

 だから気付けよ。お前の逃げ場は一つだけじゃねぇだろうがよ。

「…ありがとな」
「なんの感謝だよ。ほれ行くぞ」

 手を取り、柵を乗り越える。抵抗する様子もなかった。

「見たらお前もハマるって。『機動戦隊ギャラクシー』」
「…なんだその馬鹿みたいなやつ」
「馬鹿だからいいんだよ。いいからいくぞ、時間あるだろ?」
「……ああ」

 その直後屋上に響いた2人の笑い声は、冷たい冬の風に掻き消された。








 ……その日が最初で最後の自殺日となったのは、また先の話。
 俺とあいつだけの、秘密の話。











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