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第7章

思わぬ再会

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 サーニャが魔法を使う事を止め、回避に集中しつつ魔力を集め始める。先程まで扱っていた風魔法とは異なる魔力。しかし、明らかにその動きはぎこちなく、歪だ。

 ─────怖い。

 サーニャの内から恐怖が湧き出る。脳裏に焼き付いた光景が、もう一度起こり得るかもしれない。

 ──自らの制御を外れ、容赦なく襲った、目に焼き付いたその光景が。耳にこびり付く、怨嗟の声が。



 “森人の護り”

 本来であれば“祝福”であったはずのそれは、その瞬間からサーニャにとってのろいとなった。
 自らの理性よりも、感情に強く影響を受けてしまうその魔法は、使いたくない、使ってはいけないものだと自ら封じてしまった。使う、覚悟が無かった。
 ……今日、この時までは。

「大丈夫です、今の、わたしなら」

 声に出し、それに恐怖を乗せて逃がす。
 サーニャの零れ出た魔力に当てられ、呼応するように蠢いた。
 森の異変に気付いたのか、ウサギの攻撃が激しくなる。まるで、危機の元凶たるサーニャを必死に止めようとするように。
 集中を増したサーニャは、次第にその攻撃に対処し切れなくなっていく。

「ッ!?」

 突然、サーニャの膝がガクンと崩れた。もう、サーニャの身体は自覚無しに限界をとうに超えていた。
 身動きが取れなくなったサーニャの眼前に、凶悪な弾丸が迫り、サーニャは思わず目を閉じた。



「……あれ?」

 しかし、何時まで待てど予想していた筈の衝撃が来ない。そのことを不思議に思い瞳を開けば───

 キィィィ!

 甲高い金切り声を上げながら暴れる、絡め取られたウサギの姿が、そこにあった。さらにサーニャの周りにはまるで繭のように木の枝が包み込んでおり、それが壁となって弾丸を防いでいた。

 その光景にサーニャが目を大きく開き、唇を噛む。、自身の意志を伴わぬまま勝手に魔法が動いてしまった、と。

 自然を意のままに操る事ができる、魔法。一般的に扱われる草魔法よりも遥かに強いこの力は、サーニャの感情で勝手に動いてしまう。

「でも、いつまでも、怖がる訳にはいかないんです…!」

 今度こそ、自分の意思で魔法を使う。自らを包み込んでいた繭が解け、スルスルと地面へと戻る。しかし、ウサギを捕まえていた蔦だけはそのままだ。

「これ…」

 サーニャが戻れと命令したのは、あくまで動いてしまったものだけ。それで尚戻っていないということは……紛れもなくサーニャが自らの意思で魔法を行使したということの証左だった。

 少しの達成感からの高揚感に包まれつつも、突如強烈な頭痛がサーニャを襲う。

「うぅ…代償、ですね…」

 未だ範囲すら制御できない魔法を無理やり行使した事による反動。というよりも、無駄に範囲が広くなったことによる魔力不足だ。ギリギリと強く頭が締め付けられる様な痛みが、サーニャを襲う。
 それでも、と歯を食いしばる。ここで意識を手放せば、全てが無駄になる。
 懐に震える手を伸ばし、持ち手をがしりと掴む。

 魔法ではなく、自らの手で。それが覚悟を決める事だと。

「ふぅぅっ…」

 苦しげに息を吐き出し、重い足を動かす。ウサギは敵意に満ちた瞳をサーニャへと向け続けるが、動く様子は無い。

 振り下ろした腕にザクリと妙に軽い感触を覚えつつ、深く、深くその手のナイフを首に刺し込む。じわりと滲む鮮血が、地面を紅く染めた。

「終わった…」

 ナイフを首に刺したまま、手を離す。今抜いてしまうと返り血をもろに浴びてしまうからだ。
 すとんと地面にへたり込めば、サーニャの耳に音が戻った。風に揺れ、葉が擦れるその音は、今となっては心地よいものに感じられた。吹き抜ける風が火照った頬を撫で、サーニャが目を細める。

 死体は今の所必要ではなく、解体するだけの知識も持ち合わせていない為、地面から伸びた蔦にそのまま引きずり込んでもらう。その様子に思わずサーニャの口の端が引き攣っていた。

「…ま、まぁ良いでしょう」

 パチンと手を合わせ、目線を地面から空へと向ける。すると既に空は赤みを帯びており、内心ぎょっとした。本人は気付かなかったが、思いの外長時間の戦闘に及んでいた。

「どうしましょうか」

 サーニャが悩ましげに口元に手を当て、思案する。野営の用意はある。けれども、そう安心出来る場所でも無い。結界には自信があれど、寝ている間の制御が完璧かと問われれば曖昧である。

(そもそもマリーナ様が規格外なだけで、普通は寝ている間も結界の維持なんて出来ませんよね?)

 つくづく自らの主は規格外だと再認識し、一人頷く。

 段々と日が暮れてきた事で、森の音が一段と騒がしくなる。そんな音の中で一つ、サーニャの気を引くものがあった。

「誰か、いる?」

 カサカサと葉が擦れる音に混じる、落ち葉を踏みしめる音。耳を澄ませば、それは明らかに二足歩行をする生き物の音だ。
 若干の警戒感を滲ませつつ、サーニャが音の鳴るほうへ目線を向ける。

 暫くして、その音の主が姿を現した。背丈は高く、長い燃えるような赤髪を持つその姿は人間の男の様だ。サーニャを見るそのの瞳は驚愕に彩られ、動きがピタリと止まる。
 その男の姿を見て、サーニャもまたその身を固まらせた。


「────お父、さん?」



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