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第7章

荒療治

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 サーニャさんがレジーナさんと鍛錬を始めて早数日。最初の頃と比べると見違えるように魔力を水のように柔らかに、自由に流すことができるようになっていた。

「マリーナ様から頂いたこれ、凄すぎます!! これのおかげで…」

「いえいえ。その道具のおかげではなく、サーニャさん自身の努力の成果ですよ」

 嬉しそうに花のような笑みを浮かべ、右の手首に通されたブレスレットを誇らしげに掲げながら駆け寄ってくるサーニャさんに、本心からそう告げる。道具はあくまで補助でしかないのだから。
 サーニャさん用に注文していた魔力制御用の魔道具は、少し調整もあって予定より長引いてしまったけれど、その結果わたしの要望通り…いや、それ以上に仕上がっていた。
 手首でキラリと光を反射して眩く輝く黄金色のブレスレットは、よく見ればきめ細かい模様が刻まれている。それら全てがサーニャさんの魔力制御を補助し、更には増幅する効果も持ち合わせていた。そして、暴走などの万が一に備えて安全装置まで付いている。まさに至れり尽くせりだ。

 でも、とサーニャさんが眉を下げていると、微笑みを浮かべながらレジーナさんが近付いてきた。

「マリーナ様のおっしゃる通り、道具だけでなくサーニャさんの努力のおかげですよ。元より筋はとても良かったですからね」

 その言葉と様子から、この数日でレジーナさんもだいぶわたしに対しても慣れてくれたように感じる。地味に嬉しい。

「あ、ありがとう、ございます…」

 2人からの嘘偽りない賛辞を真正面から受け、サーニャさんの顔が朱に染まる。そして恥ずかしそうに両手で顔を覆ってしまった。
 筋が良かったとしても、補助する道具があったとしても、たった数日でトラウマだった魔法を不自由なく制御できるようになってしまったのだから、サーニャさんの努力は十分賞賛に値する。
 少しして朱が引くと、まだ恥ずかしげな笑みを浮かべながら両手をグッと胸の前で握りしめた。

「これでやっとマリーナ様のお隣に立てます!」

「別に隣りに立つからといって戦う必要はないのですよ?」

「マリーナ様のお仕事のお手伝いをさせて頂きたいのです!! ……もう、足手まといにはなりたくないのです」

 サーニャさんの笑顔に影が差すのを見て、思わず口の中で言葉が音になる前に消える。
 わたしの脳裏に浮かんだのは、レジーナさんを助けた時の事…いや、他にも思い当たる節がいくつかぎる。
 わたしにとって旅の同行者であるサーニャさんは、わたしが護るべき存在だと認識している。しかし、サーニャさん本人はそれをずっと気に病んでいたのだろう。

「…では、冒険者登録でもしますか? 確か、まだでしたよね」

 その言葉を受け、サーニャさんがいつの間にか俯いていた顔をハッと上げる。

「実戦をしてみるという意味でも、登録しておいて損は無いと思います。レジーナさんもそう思いますよね?」

「そうですね。今のサーニャさんならば十分に冒険者としても活動していく事が出来るかと思います。何よりマリーナ様が御一緒ならば危険な事にはならないかと」

 二人だけで話を進めていると、オロオロとサーニャさんが戸惑いを露わにする。

「不安ですか?」

「あっ…はい…すいません、隣りに立つとか言っておきながら、いざ前にするとこんな弱気で…」

「別に気にしてませんよ。すぐにしろという訳ではありませんし、わたしにとってサーニャさん1人を護ることくらい造作もないですから、無理に戦う必要もないですし」

 わたしからすればそこまで深く考えないで良いと伝える為の言葉だったのだけれど、ただでさえ暗い顔をしていたサーニャさんがさらにズーンと沈んでしまった。
「そうですよね…わたし程度が努力しても意味なんて…」と小さく呟くのが聞こえ、サーニャさんの周りにジメッとした空気が渦巻くのを感じた。

「えと、サーニャさんの力が不相応だと言いたいのではなくてですね、そのっ…」

 言葉が、喉元まで出かかり、詰まる。今の深く沈んでしまったサーニャさんに、わたしが何を言ったところでおそらく意味が無いと頭が告げる。
 ──わたしの、言葉なら。

「何を今更そんな事を言っているんですか」

 凛とした声が、静かに、けれども強くハッキリと響く。サーニャさんがハッと顔を上げ、目を見開く。

「サーニャさんが強くなりたいと願った理由はなんですか。マリーナ様に勝つためですか? 悦に浸るためですか? 違うでしょう」

 グサグサとレジーナさんの強い言葉がサーニャさんに容赦なく刺さる。
 レジーナさん、目の端が吊り上がりだいぶお怒りのご様子。

「そのくだらない卑屈な自分をどうにかしたいと、そう思ったのでしょう? それなのに本人が変わろうと強く思わないのなら、いくら努力しようが、強くなろうが無意味です」

 若干サーニャさんの瞳に薄い膜が張る。このままだと本当に泣きそうだと思い、流石に助け舟を出す。

「…では、模擬戦でもしますか? わたしと」

 え? と二人の声が重なり、こぼれ落ちそうなほど目が開く。
 結局のところ、サーニャさんは自分の実力がどれ程のものなのか実感できていないから、自信に繋がっていない。なら、やってみれば1番手っ取り早いよねと思ったのだ。

「…マリーナ様。自分が言うのも何ですが、流石に無理があるかと」

「別に本気でやろうなどとは思ってないですよ?」
  
「それが問題なのですよ。自信をつけるというのならば、勝利が最も効率的です。ですが八百長では意味がありません」

 確かにレジーナさんの言うことも一理あると頷く。

「いっその事サーニャさん1人で魔物のいる森にでも放り込めば手っ取り早いかと」

 容赦ないその意見を聞き、顔が思わず強ばる。ふとサーニャさんへ視線を向ければ、流石にレジーナさんのその意見は予想外だったのか青白い顔をしていた。
 ……まぁ、でも。

「……ありかなぁ」

 わたしが思わずそう呟けば「マリーナ様ッ!?」と青を通り越して最早白になった顔でわたしに抱き着いてくる。

「じょ、冗談ですよね? ね!?」

 その言葉には答えずにニッコリと微笑めば、勢いよくわたしから離れようとしたのでがっちりと両手で抱き留める。当然サーニャさんの力では振りほどくことは出来ない。

「マリーナ様!?」

「大丈夫です、為せば成りますよ。…多分」

「多分って!?」というサーニャさんの嘆きはその姿とともに虚空へと消え去った。
 わたしもちゃんと離れて見守るし、向こうにはもいるから、命の危険はない筈だ。
 まぁそもそもサーニャさんとは盟約があるので、サーニャさんが傷を負うことは万が一にも無いのだけれど。

「さて。ではわたしも行ってきますね」

 そう言ってレジーナさんに目線を向ければ、流石に実行するとは思わなかったのか口の端が引き攣ったまま固まった姿が目に入る。その様子に若干の苦笑いを浮かべつつ別れを告げ、わたしもその場を後にした。





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