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87話
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ホーンラビットの主な攻撃手段は突進だ。だがただの突進と侮れば、痛い目を見ることになる。
「けっこー鋭いもんね、この角…」
ドロップした角を見ながら、奏が呟く。そう、額から生えたこの角が極めて危険な凶器となるのだ。速度さえ乗れば、薄い金属板を容易く貫通する程である。
「まぁその後は身動きが取れなくなるのじゃがな」
「……ドジ?」
「それで仕留め切るつもりなのじゃろ。ホーンラビットにとっての最大の攻撃手段じゃからの」
:実際引退に追い込まれた探索者も居る。
:舐めて掛かって返り討ちってのは、結構聞くよね。
:それにホーンラビットにはもう一つ厄介な性質があってだな……
「厄介な性質……?」
その不穏な言葉に眉を顰める。これ以上情報がポンポン出てくるのは流石に信じたくない。
「それは実際に見た方が早いじゃろうな」
「へ?」
「既にその性質に巻き込まれてしまっておるでの」
ホーンラビットが持つ厄介な性質。それは所謂雑魚キャラが良く使う常套手段で――――
「―――なんか、囲まれてる?」
「先程のホーンラビットの悲鳴を聞き付けたのじゃろうな」
厄介な性質。それはつまり、“仲間を呼ぶ”である。
「さて奏。妾は凪沙の護衛に当たる。露払いは任せたぞ」
「え……」
:あwww
:まぁ予想はしてたwww
:このチャンネルの名物になりつつあるよなぁ…
いきなり全部の敵を押し付けられて暫し思考が停止するも、直ぐに意識を切り替えて刀を抜く。
今三人がいる場所は見通しの良い平原だ。多少背の高い草や低木はあれど、敵であるホーンラビットを見失う事はそう無いだろう。
「んー……五体?」
「六体じゃ。少し離れた場所で様子を伺っておるな」
奏の察知した数を瑠華が透かさず訂正する。とはいえ察知出来なかった一体は少し離れた場所で待機しており、直ぐに襲い掛かるという事は考えにくい為、そこまで警戒する必要は無かった。
「凪沙、分かるかえ?」
「……駄目。分かんない」
その離れた一体を凪沙に狙ってもらおうと思っていたが、どうやら今の凪沙では気配を感じる事は出来なかったようだ。
「ならば凪沙は基本奏の援護じゃ。出来る限り奏から離れた位置にいるホーンラビットを狙うようにの」
「ん。任せて」
まだまだ実力が伴っていない凪沙に完璧を求めるつもりは無い。誤射しないよう奏から離れた位置を狙うように指示を出したところで、奏が飛び掛って来たホーンラビットを迎え討つ。
「的がちっちゃいとやりずらいなぁ…っ!」
横薙ぎに奮った刀はひらりと躱されてしまい、身体の小さい敵という厄介さを身に染みて理解する。
だが躱した事で体勢を崩す事は出来たので、攻撃を中断させる事には成功した。
「《切り裂け》!」
そこで間髪入れず風の刃を繰り出し、体勢が未だ整わないホーンラビットを狙う。
:魔法使えるようになってる!?
:前の配信で不可視の刃っぽいのは使ってたけど…
:風属性とは羨ま。
放たれた風の刃は的確にホーンラビットを捉え、その命を刈り取った。まずは一体目。
「次っ!」
背後から駆け寄ってきたホーンラビットに刀を振るうも、タイミングがズレて角を切るだけに留まった。
「なんでぇ!?」
奏としては完璧に動けたはずだった。けれど返ってきた結果は予想に反するもので、思わず声を上げてしまう。
「奏。身体能力と思考にズレが生じておるぞ」
「ふぇ!?」
以前瑠華が使った[仮想結界]での特訓は、確かに奏の糧となっている。だがあの場はあくまで思考空間。なので鍛えられた思考と、変化していない身体能力にズレが生じてしまっていた。
「[身体強化]を少し調整してみるのが良かろう。詳しい強化度合いは自身で把握するしかないぞ」
「いきなり無茶振り!?」
実戦で調整しろというのは明らかな無茶振りである。とはいえそれは期待の裏返しでもあると考え、何とか食らいつこうと思考を回した。
(あの特訓は思考と動きが直結してたから滑らかに動いた。今は若干のラグがある…というより、呪縛が無いからズレがある?)
紫乃によって施されていた呪縛が今は無い。あれから本格的な戦闘をした事が無いので、恐らくはそこに原因があると奏は予想した。……が。
(だからどうするのさ……)
呪縛の効果は数値化されていた訳では無い。なのであの時これだけ阻害されていたから、今はこれくらい、みたいな目安は存在しないのだ。瑠華の言った通り、それは自分で把握するしかない。
「まず動く! それから考える! 動けば何時かは当たるもん!」
「正しく脳筋じゃの……」
:奏ちゃんはそういうとこある。
:猪突猛進というか、勢いが良いというか……
:つまり脳筋。
:知性の瑠華ちゃんと脳筋の奏ちゃん…二人の相性良過ぎでは?
「ん。当たった」
「ナイス凪沙!」
奏から離れた位置にいたホーンラビットの右目を、凪沙が放った矢が穿った。次の瞬間にはホーンラビットの姿は消えたので、倒し切れたのだと分かる。
「良い狙いじゃ」
「えへへ…」
隣りで警戒する瑠華が凪沙の頭を撫でれば、凪沙の口の端が緩んだ。
:あの…奏ちゃん戦闘中…
:あそこだけ空気違う……
:嫉妬心剥き出しにしないあたり、奏ちゃんこっち見る余裕無いな。
瑠華と凪沙が後方でイチャついているとは知らず、奏はホーンラビット相手に四苦八苦していた。そもそも初心者向けである為に今の所被弾はしていないが、奏の攻撃も有効打にはなっていない。
「速すぎる…? 行動阻害が無いから…いや、それを前提とした動きになっちゃってるのか」
思考に行動が遅れているのならば、今まで被弾していないのがおかしくなる。とすると考えられるのは、動きが鈍くなっている前提で動いてしまっているのでは無いかという事で。
([身体強化]を調整なんだよね、瑠華ちゃんが言ったのは)
ならばと[身体強化]を切って動いてみる。すると一歩手前で命中していた攻撃が、漸く相手を捉える事が出来た。
「よしっ!」
「…素の身体能力が向上しておる、か。これは妾の影響か、それとも……」
思わずといったように呟かれたその言葉は、戦闘音に掻き消された。
「けっこー鋭いもんね、この角…」
ドロップした角を見ながら、奏が呟く。そう、額から生えたこの角が極めて危険な凶器となるのだ。速度さえ乗れば、薄い金属板を容易く貫通する程である。
「まぁその後は身動きが取れなくなるのじゃがな」
「……ドジ?」
「それで仕留め切るつもりなのじゃろ。ホーンラビットにとっての最大の攻撃手段じゃからの」
:実際引退に追い込まれた探索者も居る。
:舐めて掛かって返り討ちってのは、結構聞くよね。
:それにホーンラビットにはもう一つ厄介な性質があってだな……
「厄介な性質……?」
その不穏な言葉に眉を顰める。これ以上情報がポンポン出てくるのは流石に信じたくない。
「それは実際に見た方が早いじゃろうな」
「へ?」
「既にその性質に巻き込まれてしまっておるでの」
ホーンラビットが持つ厄介な性質。それは所謂雑魚キャラが良く使う常套手段で――――
「―――なんか、囲まれてる?」
「先程のホーンラビットの悲鳴を聞き付けたのじゃろうな」
厄介な性質。それはつまり、“仲間を呼ぶ”である。
「さて奏。妾は凪沙の護衛に当たる。露払いは任せたぞ」
「え……」
:あwww
:まぁ予想はしてたwww
:このチャンネルの名物になりつつあるよなぁ…
いきなり全部の敵を押し付けられて暫し思考が停止するも、直ぐに意識を切り替えて刀を抜く。
今三人がいる場所は見通しの良い平原だ。多少背の高い草や低木はあれど、敵であるホーンラビットを見失う事はそう無いだろう。
「んー……五体?」
「六体じゃ。少し離れた場所で様子を伺っておるな」
奏の察知した数を瑠華が透かさず訂正する。とはいえ察知出来なかった一体は少し離れた場所で待機しており、直ぐに襲い掛かるという事は考えにくい為、そこまで警戒する必要は無かった。
「凪沙、分かるかえ?」
「……駄目。分かんない」
その離れた一体を凪沙に狙ってもらおうと思っていたが、どうやら今の凪沙では気配を感じる事は出来なかったようだ。
「ならば凪沙は基本奏の援護じゃ。出来る限り奏から離れた位置にいるホーンラビットを狙うようにの」
「ん。任せて」
まだまだ実力が伴っていない凪沙に完璧を求めるつもりは無い。誤射しないよう奏から離れた位置を狙うように指示を出したところで、奏が飛び掛って来たホーンラビットを迎え討つ。
「的がちっちゃいとやりずらいなぁ…っ!」
横薙ぎに奮った刀はひらりと躱されてしまい、身体の小さい敵という厄介さを身に染みて理解する。
だが躱した事で体勢を崩す事は出来たので、攻撃を中断させる事には成功した。
「《切り裂け》!」
そこで間髪入れず風の刃を繰り出し、体勢が未だ整わないホーンラビットを狙う。
:魔法使えるようになってる!?
:前の配信で不可視の刃っぽいのは使ってたけど…
:風属性とは羨ま。
放たれた風の刃は的確にホーンラビットを捉え、その命を刈り取った。まずは一体目。
「次っ!」
背後から駆け寄ってきたホーンラビットに刀を振るうも、タイミングがズレて角を切るだけに留まった。
「なんでぇ!?」
奏としては完璧に動けたはずだった。けれど返ってきた結果は予想に反するもので、思わず声を上げてしまう。
「奏。身体能力と思考にズレが生じておるぞ」
「ふぇ!?」
以前瑠華が使った[仮想結界]での特訓は、確かに奏の糧となっている。だがあの場はあくまで思考空間。なので鍛えられた思考と、変化していない身体能力にズレが生じてしまっていた。
「[身体強化]を少し調整してみるのが良かろう。詳しい強化度合いは自身で把握するしかないぞ」
「いきなり無茶振り!?」
実戦で調整しろというのは明らかな無茶振りである。とはいえそれは期待の裏返しでもあると考え、何とか食らいつこうと思考を回した。
(あの特訓は思考と動きが直結してたから滑らかに動いた。今は若干のラグがある…というより、呪縛が無いからズレがある?)
紫乃によって施されていた呪縛が今は無い。あれから本格的な戦闘をした事が無いので、恐らくはそこに原因があると奏は予想した。……が。
(だからどうするのさ……)
呪縛の効果は数値化されていた訳では無い。なのであの時これだけ阻害されていたから、今はこれくらい、みたいな目安は存在しないのだ。瑠華の言った通り、それは自分で把握するしかない。
「まず動く! それから考える! 動けば何時かは当たるもん!」
「正しく脳筋じゃの……」
:奏ちゃんはそういうとこある。
:猪突猛進というか、勢いが良いというか……
:つまり脳筋。
:知性の瑠華ちゃんと脳筋の奏ちゃん…二人の相性良過ぎでは?
「ん。当たった」
「ナイス凪沙!」
奏から離れた位置にいたホーンラビットの右目を、凪沙が放った矢が穿った。次の瞬間にはホーンラビットの姿は消えたので、倒し切れたのだと分かる。
「良い狙いじゃ」
「えへへ…」
隣りで警戒する瑠華が凪沙の頭を撫でれば、凪沙の口の端が緩んだ。
:あの…奏ちゃん戦闘中…
:あそこだけ空気違う……
:嫉妬心剥き出しにしないあたり、奏ちゃんこっち見る余裕無いな。
瑠華と凪沙が後方でイチャついているとは知らず、奏はホーンラビット相手に四苦八苦していた。そもそも初心者向けである為に今の所被弾はしていないが、奏の攻撃も有効打にはなっていない。
「速すぎる…? 行動阻害が無いから…いや、それを前提とした動きになっちゃってるのか」
思考に行動が遅れているのならば、今まで被弾していないのがおかしくなる。とすると考えられるのは、動きが鈍くなっている前提で動いてしまっているのでは無いかという事で。
([身体強化]を調整なんだよね、瑠華ちゃんが言ったのは)
ならばと[身体強化]を切って動いてみる。すると一歩手前で命中していた攻撃が、漸く相手を捉える事が出来た。
「よしっ!」
「…素の身体能力が向上しておる、か。これは妾の影響か、それとも……」
思わずといったように呟かれたその言葉は、戦闘音に掻き消された。
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