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83話

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 瑠華が猫の背を撫でながら店内を見渡して、茜の姿を探す。すると五匹ほどの猫達に群がられている姿が確認出来た。

「……大人気じゃな?」

『ん? ……あ、あの子? 声聞こえるみたいだし、猫も親しみやすいんじゃないかな』

 その言葉通り茜は言葉が分かるお陰で猫の望む場所を的確に撫でる事が出来たので、その結果猫達に懐かれていた。

「る、るー姉、その…おやつ貰っても、いい…?」

「構わんぞ」

 恐らくは猫達に催促されたのだろう。おずおずといった様子で許可を取りに来た茜に微笑みながら、瑠華が頷いて返す。
 瑠華からの許しを貰って表情を明るくした茜が、早速とばかりにスタッフに注文を告げた。

『……随分気に入ってるね?』

『妾の影響を受けてしまった子じゃからな。気にするのは当然じゃろう』 

『そういうとこ変わってないねぇ…』

 昔から瑠華は懐に入れた存在はとても気に掛けて大切にする。それは人間もそうだが、魔物なども含まれる。

は?』

『……今頃何処かをほっつき歩いておるわ。彼奴は妾の影響を特に強く受けておるからの。妾すらその存在を知覚するのは難しいのじゃよ』

『とんだバケモンじゃん』

 瑠華―――レギノルカの能力を真に理解しているからこそ、そのレギノルカでさえも知覚出来ないと聞かされて思わず口の端が引き攣る。

「るー姉その子気に入ったの?」

 茜がずっと同じ猫を撫でている瑠華を見て、そう尋ねる。猫達はひと段落ついたのか、茜からは離れていた。

「ん? ……まぁそうじゃの」

「名前が……リアちゃん?」

『……ファムテリアから取ってリアか』

『ルカ姉と一緒にしたかったんだ~』

 猫―――ファムテリアからそう言われ、瑠華は苦笑するしかない。

『妾はファムと呼んでいたが、そちらは良かったのかえ?』

『んー…悩んだけど、それはルカ姉からしか呼ばれたくないから』

 なんともいじらしい理由に、瑠華が思わず笑みを零してその頭を撫でた。

「………」

「…どうかしたか?」

 するとファムテリアの名前を呼んでからずっと黙っていた茜に気付き、小首を傾げる。

「……るー姉と、知り合いなの?」

「……何故そう思ったのじゃ?」

「なんか…良く聞こえないんだけど、でも何となく確かに親しげに話してるのが分かったから…」

 その言葉に瑠華は目を見開いた。先程までのファムテリアとの会話は、本来知識の無いものには理解出来ない以前に聞く事が出来ないものだ。故に周りを気にせず会話を重ねていたのだが……

『…この声が、聞こえているの?』

「……聞こえたか?」

「んー……“音”なのは分かるけど、言葉は分かんない」

 どうやら会話の内容を聞かれていた訳では無いと分かり、一先ず安堵する。しかしそれと同時にある懸念が浮かんだ。

「茜、少し額に触れても良いか?」

「え? 別に良いけど…」

 茜から了承を得て、瑠華が茜の額に手を伸ばす。そしてそこから魔力を流して身体を詳しく調べていく。

(……更に変化が進んでおる。これは…耳というのが厄介じゃな)

 日常生活において常に使い続けるものだからこそ、その能力の変化速度は瑠華の予想を超えていた。このまま放置すれば能力が暴走する危険性があるとして、一時的な応急処置を施しておく。

「…よし。もう良いぞ」

「ん。……あれ、なんか…」

 聞こえ方に違和感を覚えたのか、耳の調子を確かめるように頭を横に振る。それを見て、既に聴覚に異常をきたしてしまっていたのかと眉を顰める。

「最近耳や頭が痛いなどという感覚は無かったかえ?」

「え? うんと…あった、と思う。何だか音が頭に良く響くようになったというか…もしかしてるー姉が治してくれたの?」

「まぁ応急処置程度じゃ。帰ってから詳しく調べさせておくれ」

「ん、分かった。ありがと」

 嬉しげに微笑む茜に笑みを返しつつ、瑠華は内心で自責の念に駆られた。

(妾の影響力を理解していたというに、迂闊じゃった……)

 病気や怪我に関しては直ぐに気付く自信があるが、今回の場合はただ身体能力が大幅に向上しただけなので判断が遅れてしまった。
 この調子では、他の子達にも何かしらの障害が起きている可能性も否定出来なくなってしまう。

(一刻も早く調べるべきじゃな…っ)

「るー姉? どうしたの?」

「……何でもないのじゃ。気にするでない」

 突然顔を顰めた瑠華に、茜が心配そうな眼差しで顔を覗き込む。それに対して、瑠華が安心させるように表情を緩めて頭を撫でた。

『ルカ姉まさか…』

『……少しが甘くなっただけじゃ。気にするでない』

 瑠華が顔を顰めた原因に心当たりがあったファムテリアが心配そうに見上げるも、気にするなの一点張りである。多少茜よりも説明はあったが、それが全てでは無い事は明らかだった。

「そっか……ところでそろそろ一時間くらいになるけど、どうする?」

「もうそんなに時間が経っておったか…妾としては今日一日を茜に任せておるでの。好きにすると良いのじゃ」

「んー……」

 その言葉に頭を悩ませる。いざ好きにして良いと言われても、具体的に何をすべきかが分からない。

(るー姉と行きたい場所はあるけど…ポンポン行き過ぎるのも忙しなくてやだな)

 折角の瑠華と二人っきりの時間なのだ。ならゆっくりとその時間を堪能したいと茜は思う。

「…もうちょっと居ていい?」

「構わんが…また猫のオヤツでもあげるのかえ?」

「それはいいかなぁ。多分猫ちゃん達もおなかいっぱいだろうし」

 ポスンと瑠華の隣に腰を下ろしながら、そう答える。店内には瑠華達以外の客もいるのだから、そう考えるのは必然だった。

「なぁう」

「るー姉の膝上がお気に入り?」

 そう声を掛けながらファムテリアに手を伸ばし、その頭を撫でる。満更では無い様子でファムテリアはそれを受け入れていた。

『してファムはこれからどうするのじゃ?』

『ルカ姉と一緒に居たいけど…あんまり長居するのもこの世界に影響与えそうで怖いから、今日帰るつもり。でもこれからも来ていいって許可貰ってるから、次はルカ姉の家行くね!』

『一応歓迎はするがの……他の子らも近い内に来る気がするのじゃが?』

『……否定はしない』

 他の子らというのは、レギノルカと同じ母を持つ存在の事である。世界は数多あるので、当然の事ながらそれだけ多くの“管理者”が居るのだ。

『……まぁ仕事を終わらせておるのであれば、妾からは何も言わん。ただし、世界に迷惑を掛けるようならば容赦はせぬぞ?』

『わ、分かってるよ』

 ファムテリアは知っている。レギノルカは例え身内であったとしても、本当に容赦しないという事を。

(私も一回存在消されてるし……)

 圧倒的な力を受ける側の恐怖。それをレギノルカは皆にその身をもって教えていた。

ルカ姉だと完璧に存在消されそう』

『……否定はせぬ。無論そのような事にならぬよう加減はするがな』

『ほんとお願い……』

 レギノルカは極稀に、本当に極稀にうっかりをやらかす事がある。せめてそのうっかりが軽いもので済むよう、ファムテリアはただ祈るしか無かった。

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