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72話

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 朝食を食べ終え荷物を配送する手配とチェックアウトを無事済ませた後は、いよいよ水族館へと向かう。
 瑠華達が宿泊していた【白亜の庵】から出ているバスで三十分ほどの距離にあるそれは、昨日の遊園地と同じく多くの人で賑わっていた。

「チケット私が買ってくるね!」

「そうか? では頼むのぅ」

 珍しく奏が率先してそう言い出したので、瑠華が財布を手渡して任せる事にした。因みに瑠華が使っている財布は、昔誕生日プレゼントとして奏が贈ったものである。

「これまだ使ってたんだ…」

「ずっと使い続けておるが、気付いておらんかったのか?」

「うん…あんまりじっくり見た事無いし」

「そうか。まぁ奏から貰った大切な物じゃからの。丁寧に扱っておるよ」

 その当時は全財産を叩いて買った、今では安物と呼べるそれを今まで大切に使い続けてくれていたという事を知り、奏が思わず頬を緩ませる。

 預かった財布片手に奏が団体受付に向かい、無事チケットを入手して戻って来た。

「買ってきたよ!」

「領収書も貰って来たかの?」

「うん!」

 奏の自信満々な返答を聞きつつも、心配だったので一応確認しておく。そしてちゃんと言葉通り領収書は貰っており、記載されている値段に齟齬は無い事が分かった。
 信用されていない事に頬を膨らませながらも、購入してきたチケットを皆に配る。代表者一名が纏めて受付のゲートにて渡すのが手っ取り早くはあるが、折角の機会なのでやりたいだろうという気配りである。

 順番にゲートを無事潜り、周りの迷惑にならない場所に集まって予定を立てる。

「一先ず巨大水槽かな?」

「名物だそうじゃから、それで良いじゃろう。そこから順路通り進むとして…」

「イルカとシャチのショーは見たいよね」

 瑠華達が訪れた水族館には一定時間おきにイルカとシャチによるショーが行われており、その人気ぶりから席取りはかなり大変だという話だ。

「三十分前からなら座れるらしいけど…」

 ただでさえ大人数なので、纏まった席を取るのは困難だろう。しかしだからといってショーが始まるまでは何も無い場所に座り続けるというのも、小学生の子たちには酷な話だ。

「まぁ実際時間になった時に、どれだけ混んでおるのか確認すれば良かろう」

「それもそっか。じゃあ行こっ!」

「皆大声を出したり、水槽を叩かぬようにの。分かったかえ?」

 瑠華からの忠告に皆頷いて元気な返事をする。おそらく数人は思わずそういう事をしてしまう可能性もあるにはあるが、その時はその時である。

 奏が瑠華の手を取り、それに対抗するようにもう一方の手を凪沙が握って館内へと進む。その間逸れぬように周りの子達に気を配るのを忘れない。

「おぉ~…」

「これはまた素晴らしいものじゃの」

 看板というのもあって、目的の巨大水槽には直ぐに辿り着いた。高さ十メートルを優に超えるその圧巻の大きさとその先に見える光景に、奏は勿論、瑠華でさえも感動を顕にする。
 巨大水槽には数多くの種類の魚達が優雅に泳ぎ、その中には瑠華にも見覚えのある姿がチラホラと。

(魔物…モンスターを展示しているというのは本当であったか)

 大きさは泳ぐ鮫とほぼ同じだが、その強さは一般的な動物である鮫等とは比べ物にならない。
 ……そしてモンスターだと言うことは。

『ッ!?』

「……まぁ、そうなるじゃろうな」

 ソレが瑠華を視界に捉えた瞬間、分かりやすく硬直する。それを見て、本能自体は生きているのだなと的外れな事を思う。

「瑠華ちゃん? どうしたの?」

「ん…いや、気にするでない」

 瑠華を見た瞬間どのモンスターも動きを硬直させて沈んでいくので、少し周りが騒がしくなってきた。変に目立つのも瑠華の本望ではないので、しっしと手で払う動作を見せてモンスター達に意思表示をしておく。すると漸くノロノロとモンスターが動きを再開して、瑠華から離れて行った。

「……瑠華ちゃん」

「…何も言うでない。妾も少し想定外じゃ」

 ある程度の反応は予想していたが、どのモンスターもここまで過剰に反応するとは思っていなかった。

(じゃが魔力の流れは確認出来た。どうやら全て契約済みのモンスターらしいのぅ)

 であれば来る前に危惧していた事も、さして気にする必要は無いだろう。契約主からの命令に逆らう事は、基本有り得ないのだから。……おそらく瑠華から命令されればその限りでは無くなるだろうが。

「さて、そろそろ次に行くかの」

「そだね。みんな~、次行くよ~」

 人がいる為に大声では無いものの、そこそこ聞こえる声で呼び掛けた。そうして集まった人数を数え、全員集合した事を確認してから設定されている順路通りに進んでいく。

「海月だー」

「こうして見ると中々綺麗なものじゃの」

 小さめの水槽を泳いでいた海月に奏と瑠華が近付く。フワフワと泳ぐというより浮いている様子はとても和む光景だが、その触手には強力な毒がある事を忘れてはならない。綺麗な花には毒があるのだ。

「瑠華ちゃんなら毒効かなそう」

「海月程度ならば効かんぞ。…あぁそういえば昔は珍味とされて食べられていたという河豚の肝も食べたが、さして問題無かったのぅ」

「……それ大丈夫なやつ?」

「妾が捕ってきたものじゃからバレんじゃろ」

「何してるの瑠華ちゃん……」

 奏からしても瑠華は不思議な存在だが、流石に魚等を自分の手で捕った事があるとは知らなかった。

「皆で釣りするのも良いかもしれんのぅ」

「あー…釣り出来るキャンプ場とかあるよね。ホテルとか泊まるより安いだろうし、探してみる?」

「有りじゃな。まぁ流石に連続しては疲れてしまうじゃろうから、行くならば夏休みの終わり際になるじゃろうな」

「ん。釣れるとこがいい」

「釣れるかどうかはやってみんと分からんからのぅ……」

 事は出来るだろうが、それでは楽しくないだろう。
 兎も角話を聞いていた他の子達も乗り気な様子だったので、帰ったら詳しく調べてみようと瑠華は思う。
 ……おおよそそれが水族館で話すべき内容ではない事には、最後まで気が付かなかった。


 ――――――――――――――――――――――――


 河豚は潜って手掴み。



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