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65話

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 次の日の朝。瑠華達は【柊】を出て駅へと向かっていた。ただ瑠華だけで引率するには少々人数が多いので、前日に決めた班ごとにリーダーを割り当て、それぞれ引率してもらう形を取っている。

「楽しみだね瑠華ちゃん」

「そうじゃのぅ」

 実際のところ、奏や瑠華も遊園地に行くのは初めての経験である。瑠華は【柊】の管理があるし、奏は瑠華無しで行く気が無かったのだから当然なのだが。

 ワクワクした気持ちを胸に秘めつつ、駅で切符を購入し電車に乗車。ここから凡そ一時間の旅路だ。

「面白い乗り物ですね」

「紫乃にとってはどれも面白く写るのであろうな」

「否定出来ませんねぇ」

 その言葉に紫乃がクスリと笑う。

「ねぇねぇ紫乃ちゃん」

「はい? 何でしょうか」

「ちょっと気になったんだけど、一番驚いた事って何なの?」

「一番驚いた事、ですか…」

 紫乃が思わずチラリと瑠華に眼差しを向ける。それを辿って奏も瑠華を見るが、何に驚いたのか分からず首を傾げるしかなかった。

「…やはり電化製品でしょうか」

「あー…成程」

 示された物に酷く納得したと言わんばかりに、奏が訳知り顔で頷く。
 紫乃にとって魔力を利用せず動く電化製品は未知の物体であり、瑠華によって【柊】を案内された時には随分と驚きを顕にしていた。

「であれば遊園地のアトラクションも驚く物じゃろうな」

「あれも電気で動く乗り物だもんね。まぁ私だって動画で見たくらいで、実物は見た事無いんだけど」

「そうなのですか? もしや瑠華様も同じですか?」

「うむ、妾も実際に見た事は無いぞ」

「瑠華ちゃん普段から仕事いっぱいだもんね。今日は瑠華ちゃんにとって休暇に近いものになるのかな?」

「全く仕事が無い訳では無いがの」

【柊】の子達の引率は瑠華の大事な仕事だ。万が一の為に木札を渡しているが、それは気を配らなくていい理由にはならないのである。

 ◆ ◆ ◆

 電車に揺られる事一時間と少し。途中で乗り換えを挟んだ際に数名行方不明になりながらも、無事予定していた時間に目的地へと到着する事が出来た。

「ほれ。チケットを配るから並ぶのじゃ」

「はーい」

 元々団体で申し込みを行っていたので、チケットの購入は比較的簡単に済んだ。各々無くさぬよう厳命し、キラキラとした笑顔を浮かべて入っていく子達を見守る。

「元気だねぇ」

「…奏。妾と共に居ては班を分けた意味がないじゃろう」

「だってぇ…」

「茜。奏を頼むぞ」

「分かった! ほらかーねぇ行くよっ!」

 ズルズルと茜に引き摺られる形で遊園地のゲートをくぐった奏に瑠華が苦笑を零した。

「では妾達も行くかの」

「はい」

「楽しみ」

 普段はあまり感情が分かりにくい凪沙が、見るからに上機嫌な様子でゲートへ向かう。アトラクションに乗る事は楽しみではあるが、やはり一番は瑠華と共に回れるという事が嬉しかった。

 ゲートを抜けると、夏休みという事もあり多くの人で賑わっていた。その光景を見て班を少人数にしたのは正解だったなと安堵する。

「基本は凪沙の意見を尊重するが良いか?」

「勿論それで構いません。私は何があるのかも、何をする物なのかも分かりませんので……」

「瑠華お姉ちゃん行きたい所ないの?」

「無いのぅ。凪沙に任せるのじゃ」

「ん……じゃあアレ」

 少し思案した様子を見せた後、凪沙が指差した先にあったのはコーヒーカップだった。

「紫乃お姉ちゃんも居るから、軽いのがいいかなって」

「……まぁ確かに軽くはあるがのぅ」

 だが目の前で凄い速さで回転しているカップを見れば、その言葉の真偽は怪しいものになった。

「紫乃、良いか?」

「? はい、構いませんよ」

 心配そうに尋ねる瑠華に紫乃が首を傾げた。どうやら爆転しているコーヒーカップには気付いていなかったようだ。
 紫乃のその様子に悪い笑みを浮かべた凪沙には気付かないフリをして、コーヒーカップの列に並ぶ。元々回転が早いアトラクションである為、順番はすぐに回ってきた。

「これはどういうアトラクションなのですか?」

「これは真ん中のハンドルでカップを回転させるっていうアトラクションなの。紫乃お姉ちゃんやってみる?」

「で、では…」

「思いっきり回してね」

 何ともいい笑顔でそう言う凪沙に、瑠華が呆れ顔を浮かべた。
 そして音楽と共にカップが動き出し―――――




「――――おぇぇ……」

 見事に酔った。……凪沙が。

「これは中々楽しいものですね!」

 対して紫乃は何とも無かったかのように平然とした様子で、嬉々とした眼差しをコーヒーカップに注いでいた。

(……予想通りの結果じゃな)

 凪沙の自業自得ではあるものの、流石に辛そうにベンチに座っているのを放置する程瑠華も鬼では無い。

「ほれ凪沙」

「んぇ…?」

 瑠華が隣りに座ってポンポンと太腿を叩く。気持ち悪さで頭が回らなかった為に何を示しているのか理解出来なかった凪沙だったが、瑠華に頭を引き寄せられた事で漸くその意図に気付いた。

「んっ…」

 柔らかな感触と優しく頭を撫でる手の体温で、凪沙の顔色が少しずつ回復していく。

「紫乃、すまんが何か飲み物を買って来てくれるかの?」

「かしこまりました」

 紫乃が離れ、瑠華が一つ息を吐く。

「凪沙の自業自得じゃぞ、全く…」

「……だってあんな回すなんて思わなかったんだもん」

 具体的にはカメラで撮ったら止まっている様に見えるくらい回っていた。流石に凪沙もそれは予想外である。
 ぷくぅ…っと凪沙が不満げに頬を膨らませるのを見て、瑠華がクスクスと笑った。

「暫くは休むべきじゃな。それまでは妾の手慰みに付き合って貰おうかの」

「……ん」

 瑠華が優しく頭を撫でると、凪沙が大人しく目を閉じて口の端を緩ませた。




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