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24話
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雫からスポンサー契約を持ち掛けられたその日の夜。瑠華は自室で雫からスマホに送られた資料に目を通していた。
そして契約内容に不利益な点や不明瞭な点がない事を確認してから、瑠華の名でサインを書き込んだ。
「これでスポンサー契約は完了?」
「書類上は、じゃの。妾達に使って欲しいという武器は後日送られるそうじゃが…届くのは日曜日辺りになるそうじゃ」
「じゃあ土曜日はダンジョン行くのやめる?」
「そうじゃの。凪沙とプリンを作る約束をしとるし、その日はそれを作るかのう」
以前凪沙と二人っきりで出掛けた際に約束したはいいものの、中々時間が取れず放置したままであった事を思い出す。
「プリン!?」
「う、うむ…奏はプリン好きじゃったか?」
「瑠華ちゃんの作るものなら全部好き!」
「それは嬉しい言葉じゃのう」
「私も一緒に作っていい? というか【柊】の子達全員で作る?」
「確かにそれもありじゃの。じゃが…」
プリン作りはさして手間も掛からない上、危険な事は殆ど無い。ただ工程が単純故に大人数の共同作業で作るには不向きであり、どうしたものかと考える。
「ならプリン以外も作る?」
「…小さい子らならば、クッキーの型抜きが適切かの?」
「それ良い! プリン作りは火を使うから普段料理する組が担当して、それ以外の子達はクッキー作りでどうかな?」
「それでいくかの。ならば材料は―――」
奏と二人で必要な材料を紙に書き出していく。
(偶にはこういうのも悪くないのう)
菓子作りは確かに高く付くが、皆で楽しむ為ならばそんな事は些事でしか無いと瑠華は思う。
「瑠華ちゃん瑠華ちゃん」
「どうしたのじゃ?」
「――楽しみだねっ!」
「そうじゃのう」
◆ ◆ ◆
そして迎えた土曜日の昼。瑠華は真新しいエプロンに身を包んでいた。
「るーねぇ、それどう?」
「ピッタリじゃよ。有難うのう、茜」
「えへへ…」
茜が瑠華の為に作ったというエプロンは真っ黒な生地で作られており、瑠華の白とよく似合っていた。
「前のトートバッグより腕上がってない?」
瑠華が身に纏うエプロンには歪みやほつれの類が見当たらず、さらには複雑な竜の刺繍が銀糸で施されていた。以前茜が瑠華に作ったトートバッグよりも、明らかに完成度が高くなっている。
「いっぱい練習したの!」
茜は小学校で手芸クラブに所属しており、そこで週に一度地域のおば様方から手芸を学んでいたのだ。
トートバッグを作ったのは凡そ半年前である事を考えると、その成長には思わず舌を巻く。
「でもなんで竜?」
「るーねぇってキレイでカッコイイから!」
美しさと力強さ、それらを共に兼ね備えている存在。それを的確に現すことが出来るのが、茜にとって竜という存在だったのだ。
……まぁ瑠華は“竜”ではなく“龍”なのだが。
(そういえばあの子らは元気かのう…)
思いを馳せるのは、以前の世界に置いてきた竜の子達だ。
世界の管理はレギノルカ一体ではとても手が足りない。それ故にレギノルカは自身の代わりに世界中を見て回る存在を生み出した。それがかつての世界で竜と呼ばれる存在である。
生み出した竜は全部で六体。魔法の基本四属性に光と闇をそれぞれが司るように創り出された存在であり、レギノルカが後釜を任せた存在達でもある。
「……瑠華ちゃんっ」
「おっと…どうしたのじゃ?」
少し思考の海に沈んでいた瑠華に、奏が勢い良く抱き着いてきた。
「…何だか寂しそうだったから」
「寂しそう、か」
確かに自らの子とも呼べる存在と離れ離れになってしまったことに、思う所が無いと言えば嘘になる。だがレギノルカがあの世界を離れる事は、世界の創成から決まっていた事だ。故に覚悟はしていたし、竜達もそれは理解していた。
(…御せぬものよの)
レギノルカは超常の存在ではあるが、それ以前に一体の生物でもある。故に感情だって持っているし、それはレギノルカでも完璧に制御する事は難しい。
しかし……いや、だからこそ分かる事もある。
「大丈夫じゃよ。今は楽しいのじゃ」
「…そっか!」
にぱっと笑う奏に笑みを返し、前を向く。そこには“瑠華”が大好きで護りたいと願う子らが、楽しげに笑う姿があった。
(あの子らも立派に勤めを果たしておる。であれば妾も、今の仕事を全うせねばな)
そう気持ちを切り替えたところで、奏が傍らから浮遊カメラを取り出した。
「折角なら配信しよっ!」
「それもありじゃのう」
全てを覚えられる瑠華からしても、今この瞬間を何か別の形で遺したいと思えた。
瑠華からの同意を得られたことで奏が配信を開始する。それと同時に瑠華が魔力通信に干渉すれば、瑠華の視界にコメントが浮かび上がった。
:配信きちゃぁ!
:こんにちわー。今日は何するの?
「今日は【柊】の皆でお菓子作りするよっ!」
:ホームビデオかな?
:ほのぼのは大好物。
:それな。癒されるわぁ…。
:何作るの?
「えっとね、小学生の子達はクッキーで、火が使える私達はプリンを作るよ」
:プリン!
:マグカップと電子レンジでも作れるからいいよね。
:絶対巨大クッキー作る子居そうwww
「それもまぁ醍醐味…醍醐味かな?」
実の所お菓子作りなどした事がないので適当である。
「瑠華ちゃん主導ね」
「任せよ。と言ってもそう難しいものでも無いがの」
:温度とかに気を付けるくらいかな?
:あと分量。お菓子作りは分量が命。
:感でやったら悲惨な事になるのよね…
:経験者ニキ居て草。
「意外と作った事ある人居るんだね?」
:それな。
:このチャンネルの男女比とかも関係してそう。
「男女比…ちょっと待ってね」
奏がスマホをスイスイと操作して、自身のチャンネルの管理画面を開く。
「えっと…あ、意外。半々になってる」
:バランスいいな。
:結構珍しいよね。
「そうなの?」
:人口比的に男が多いからね。必然的に男が多くなる。
:特に女性配信者の場合は男が多くなる。
:世の真理過ぎて笑う。
「えっと…つまり、私達の配信は幅広い人に楽しんでもらえてるって認識でいいかな?」
:合ってる。
:奏ちゃんと瑠華ちゃんのイチャイチャ見るの楽しいです!
:それな。
「い、いちゃいちゃなんて…えへ…」
:あwww
:これは自覚有りかwww
:純粋無知なのは瑠華ちゃんの方だったか…。
そして契約内容に不利益な点や不明瞭な点がない事を確認してから、瑠華の名でサインを書き込んだ。
「これでスポンサー契約は完了?」
「書類上は、じゃの。妾達に使って欲しいという武器は後日送られるそうじゃが…届くのは日曜日辺りになるそうじゃ」
「じゃあ土曜日はダンジョン行くのやめる?」
「そうじゃの。凪沙とプリンを作る約束をしとるし、その日はそれを作るかのう」
以前凪沙と二人っきりで出掛けた際に約束したはいいものの、中々時間が取れず放置したままであった事を思い出す。
「プリン!?」
「う、うむ…奏はプリン好きじゃったか?」
「瑠華ちゃんの作るものなら全部好き!」
「それは嬉しい言葉じゃのう」
「私も一緒に作っていい? というか【柊】の子達全員で作る?」
「確かにそれもありじゃの。じゃが…」
プリン作りはさして手間も掛からない上、危険な事は殆ど無い。ただ工程が単純故に大人数の共同作業で作るには不向きであり、どうしたものかと考える。
「ならプリン以外も作る?」
「…小さい子らならば、クッキーの型抜きが適切かの?」
「それ良い! プリン作りは火を使うから普段料理する組が担当して、それ以外の子達はクッキー作りでどうかな?」
「それでいくかの。ならば材料は―――」
奏と二人で必要な材料を紙に書き出していく。
(偶にはこういうのも悪くないのう)
菓子作りは確かに高く付くが、皆で楽しむ為ならばそんな事は些事でしか無いと瑠華は思う。
「瑠華ちゃん瑠華ちゃん」
「どうしたのじゃ?」
「――楽しみだねっ!」
「そうじゃのう」
◆ ◆ ◆
そして迎えた土曜日の昼。瑠華は真新しいエプロンに身を包んでいた。
「るーねぇ、それどう?」
「ピッタリじゃよ。有難うのう、茜」
「えへへ…」
茜が瑠華の為に作ったというエプロンは真っ黒な生地で作られており、瑠華の白とよく似合っていた。
「前のトートバッグより腕上がってない?」
瑠華が身に纏うエプロンには歪みやほつれの類が見当たらず、さらには複雑な竜の刺繍が銀糸で施されていた。以前茜が瑠華に作ったトートバッグよりも、明らかに完成度が高くなっている。
「いっぱい練習したの!」
茜は小学校で手芸クラブに所属しており、そこで週に一度地域のおば様方から手芸を学んでいたのだ。
トートバッグを作ったのは凡そ半年前である事を考えると、その成長には思わず舌を巻く。
「でもなんで竜?」
「るーねぇってキレイでカッコイイから!」
美しさと力強さ、それらを共に兼ね備えている存在。それを的確に現すことが出来るのが、茜にとって竜という存在だったのだ。
……まぁ瑠華は“竜”ではなく“龍”なのだが。
(そういえばあの子らは元気かのう…)
思いを馳せるのは、以前の世界に置いてきた竜の子達だ。
世界の管理はレギノルカ一体ではとても手が足りない。それ故にレギノルカは自身の代わりに世界中を見て回る存在を生み出した。それがかつての世界で竜と呼ばれる存在である。
生み出した竜は全部で六体。魔法の基本四属性に光と闇をそれぞれが司るように創り出された存在であり、レギノルカが後釜を任せた存在達でもある。
「……瑠華ちゃんっ」
「おっと…どうしたのじゃ?」
少し思考の海に沈んでいた瑠華に、奏が勢い良く抱き着いてきた。
「…何だか寂しそうだったから」
「寂しそう、か」
確かに自らの子とも呼べる存在と離れ離れになってしまったことに、思う所が無いと言えば嘘になる。だがレギノルカがあの世界を離れる事は、世界の創成から決まっていた事だ。故に覚悟はしていたし、竜達もそれは理解していた。
(…御せぬものよの)
レギノルカは超常の存在ではあるが、それ以前に一体の生物でもある。故に感情だって持っているし、それはレギノルカでも完璧に制御する事は難しい。
しかし……いや、だからこそ分かる事もある。
「大丈夫じゃよ。今は楽しいのじゃ」
「…そっか!」
にぱっと笑う奏に笑みを返し、前を向く。そこには“瑠華”が大好きで護りたいと願う子らが、楽しげに笑う姿があった。
(あの子らも立派に勤めを果たしておる。であれば妾も、今の仕事を全うせねばな)
そう気持ちを切り替えたところで、奏が傍らから浮遊カメラを取り出した。
「折角なら配信しよっ!」
「それもありじゃのう」
全てを覚えられる瑠華からしても、今この瞬間を何か別の形で遺したいと思えた。
瑠華からの同意を得られたことで奏が配信を開始する。それと同時に瑠華が魔力通信に干渉すれば、瑠華の視界にコメントが浮かび上がった。
:配信きちゃぁ!
:こんにちわー。今日は何するの?
「今日は【柊】の皆でお菓子作りするよっ!」
:ホームビデオかな?
:ほのぼのは大好物。
:それな。癒されるわぁ…。
:何作るの?
「えっとね、小学生の子達はクッキーで、火が使える私達はプリンを作るよ」
:プリン!
:マグカップと電子レンジでも作れるからいいよね。
:絶対巨大クッキー作る子居そうwww
「それもまぁ醍醐味…醍醐味かな?」
実の所お菓子作りなどした事がないので適当である。
「瑠華ちゃん主導ね」
「任せよ。と言ってもそう難しいものでも無いがの」
:温度とかに気を付けるくらいかな?
:あと分量。お菓子作りは分量が命。
:感でやったら悲惨な事になるのよね…
:経験者ニキ居て草。
「意外と作った事ある人居るんだね?」
:それな。
:このチャンネルの男女比とかも関係してそう。
「男女比…ちょっと待ってね」
奏がスマホをスイスイと操作して、自身のチャンネルの管理画面を開く。
「えっと…あ、意外。半々になってる」
:バランスいいな。
:結構珍しいよね。
「そうなの?」
:人口比的に男が多いからね。必然的に男が多くなる。
:特に女性配信者の場合は男が多くなる。
:世の真理過ぎて笑う。
「えっと…つまり、私達の配信は幅広い人に楽しんでもらえてるって認識でいいかな?」
:合ってる。
:奏ちゃんと瑠華ちゃんのイチャイチャ見るの楽しいです!
:それな。
「い、いちゃいちゃなんて…えへ…」
:あwww
:これは自覚有りかwww
:純粋無知なのは瑠華ちゃんの方だったか…。
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