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第三章 化物侍女は化物に出会う

74. 令嬢は失望される

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 謎の少女に手を引かれ、ティアラが隔離治療室の中へと足を踏み入れる。薄暗い明かりはあれど、そこに人の気配は無い事に少し疑問を覚える。
 これだけ大規模に破壊されているのに、それにしては騒ぎが無さ過ぎるのだ。

 ただそんな疑問を持とうにも、的確に答えてくれる人物はこの場には居ない。一抹の不安を抱えながらも、少女に手を引かれるまま歩みを進める。

 少女が足を止めたのは、それから暫くしてからだった。目の前には、外れかかった扉が鎮座している。

「えい」
「えぇ……っ!?」

 そんな扉を容赦無く蹴破るその姿に、ティアラは呆れを隠しきれなかった。しかし────その先に居た人物を見れば、そんな呆れは吹き飛んでしまった。

「ヨ、ル…」

 部屋の真ん中に置かれた無機質なベットに横たわる、人の姿。少女がここまで連れて来た理由は分からないが、言動からして目の前の人は恐らくヨルで間違い無い、だ。

 いつ間にか手は解かれ、ティアラは覚束無い足取りでヨルへと近付く。

「ヨル、なの、よね…?」

 長かった黒髪は熱で縮れ、身体の半分は火傷によってボロボロ。残っていたはずの右手は潰れ、殆ど人としての形を成していない。
 生きているのが、不思議なくらいの重症だった。

「そ、んな…」

 ティアラの視界が滲む。例え命が助かったとしても、この状態では元の姿に戻る事はほぼ不可能だろう。
 予想していなかったと言えば、嘘になる。だが、それでもヨルの事だから何食わぬ顔で戻って来てくれると信じていた。…いや、信じたかった。

「嫌…嫌よ…」

 受け入れられない。受け入れたくない。けれど現実はどうしようも無く残酷だった。
 ティアラの視界がぐらつき、ベットの傍らにへたり込む。
 彼女は、ただこれを見せたくて自分をここまで連れて来たのだろうか。無知である事の重罪を、思い知らせる為に。



「……許可して」

 部屋に入ってから何も喋らなかった彼女が口を開いたのは、ティアラの嗚咽が小さくなった時だった。

「許可……?」
「許可して。はやく」

 彼女はそれだけを求める。許可してと言われても、一体何を許可すれば良いのかがティアラには分からない。そもそも、彼女に対して許可する権限を自分が持っているとは思えなかった。

「許可、したら…ヨルを、どうするの…?」
「ヨル……?」

 彼女がその名前に首を傾げる。そこで、ヨルという名前は本来の名前では無かった事をティアラは思い出した。

「えっと…貴方のお姉ちゃんを、どうするの?」
す」
「え…」

 端的に告げられたその言葉に、ティアラは希望を見出す。

「治せる、の?」
「時間掛る。だからはやく許可して」

 ヨルの身体を治療する為の許可を彼女は求めていたという事が分かり、やっと何故自分なのかを納得出来た。

「許可します。ヨルを治して」
「ん」

 成功する保証も、その言葉の信憑性も不確かだ。けれど、今のヨルを戸惑いなくなおすと言ったその様子は、今のティアラにとって信頼感を与えるに十分なものだった。

 治療の邪魔にならないよう近付いてきた彼女に場所を譲り、一体どの様な事をするのかと見詰めていると────


「───へっ!?」

 ティアラが素っ頓狂な声を上げる。その視線の先には、意識を失ったヨルに接吻する彼女の姿が。
 気を動転させるも、これが必要な工程だとすれば邪魔をする訳にはいかない。
 何故だか胸の奥が締め付けられる感覚を覚えながら、声が出ないよう口に手を当てて待ち続ける。


「───ぷはっ」

 暫く経ち、やっと息継ぎをするかのように彼女がヨルから口を離す。

「お、終わったの?」
「? まだ何もしてないよ?」
「…え?」
「え?」

 何を馬鹿なことをと言いたげな表情を浮かべる彼女に、その表情をしたいのはこちらの方だとティアラは思う。

(あー…うん。これはヨルの妹だわ)

 その能天気な様は酷くヨルと重なった。

「じゃあ今のは…」
「したかっただけ」
「………」

 ティアラは、考える事を止めた。

 ティアラへと顔を向けていた彼女が再度ヨルへと向き直ると、今度は口に自らの腕を近付ける。そして次の瞬間には────肉を引き千切る音が響いた。

「ぇ……」

 悲鳴をあげる事も無くいきなり自傷を始めた彼女に、最早ティアラは言葉が出なかった。

 彼女がボタボタと血が滴る傷口を、その血を飲ませるかの様にヨルの口元へと近付ける。すると意識が無い筈のヨルから喉を鳴らす音が聞こえた。

「っ!?」

 更に腕を近付けると、ヨルの八重歯が彼女の腕へと噛み付く。それはまるで、喉の渇きを必死で癒すかのようで。

(こんなの、しらない)

 ティアラが口元を手で押さえる。知っている筈のヨルが、目の前の人物と同一だと思えない。
 知りたくない。見たくない。思わずそこから目を逸らしてしまう。だから────

「───がっかり」

 ティアラの耳にその言葉は冷たく、けれど確かに響いた。

「ぇ…?」
「そんな人間、お姉ちゃんのマスターなんて認めない」

 思わず視線を上げれば、こちらへと刃の様な鋭く冷たい眼差しを向ける彼女の姿が。

 例えヨルと血の繋がった家族が認めなかったとしても、それには何の強制力も無い。それは分かっている。だがティアラは、心臓にナイフを突き立てられたかの様に感じた。

 彼女はそれ以上何も言わず、クルリと顔をヨルへと戻してしまう。それは自分への興味を完全に失ったという事だと、ティアラは痛い程理解した。

 足を踏ん張る。もう、目を逸らしはしないと固く両手を握り締める。それが“責任”という事だと、ティアラは思い知った。

「…私は、“責任”を果たします。必ず」

 返答は無い。期待などしていなかった。そんな資格、一度目を逸らしてしまった自分には無いから。


───────────────

52.

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