上 下
61 / 82
第三章 化物侍女は化物に出会う

59. 化物侍女は遭遇する

しおりを挟む
 一先ず[特異体]は発見した場合速やかな討伐、若しくは冒険者ギルドに報告しなければならないという義務がある為、討伐証明としてヨルがアーヴァンクの尻尾を切り取る。

「そこが証明部位なの?」
「アーヴァンクは基本そうですね。珍味でもあるそうですよ」

 アーヴァンクは平べったい尻尾を一本持つ魔物で、殆ど脂肪で構成されているものの寒い地域では良く食べられている。だが癖があり好みが分かれる味だそうだ。

「ティアラ。食べてみたいとか思ってない?」
「…ちょっとだけ。ヨル、駄目?」
「通常のアーヴァンクであれば問題ありませんが…私は調理法を知らないので難しいですね」

 魔物の素材は食用になる物も多いが、物によっては特殊な処理をしなければ食べられない物も存在する。アーヴァンクの尻尾がそれに含まれているかは知らないが、もし含まれていた場合食した際に人体に悪影響を及ぼす可能性が考えられるので、ヨルとしては食べさせるつもりは無かった。

 討伐証明部位として尻尾を切り取り麻の袋に入れつつ、アーヴァンクの前脚も切り取っておく。これはアーヴァンクが魔法を前脚から放っていた所を目撃したからだ。
 ヨルの能力を使えば全身を持ち帰る事も可能だが、今回は万が一に備えて様々な準備をしている為は無かった。

「では先へ進みましょうか」
「ええ」

 ヨルの先導で進む事暫く。魔物との戦闘はなく次の階段へと辿り着いた。
 道中魔物と一切出会わなかった事を疑問に思ったフェリシアが、その事をヨルに尋ねてみる。

「それは恐らく先程の[特異体]の影響でしょう」
「襲ったって事?」
「その可能性もありますが、一番の理由は逃げたからでしょう。上、若しくは下にこの階層のアーヴァンクが逃げた事で、数が少なくなっているものかと」

 誰しもが進んで負け戦などしたくないものだ。相手が執拗に襲い来るのでは無いのならば、逃げた方が良い。
 だがそこで何かに気付いたティアラが顔色を青くする。

「…ねぇそれってつまり」
「下の階層は多くのアーヴァンクに遭遇する可能性がありますね」

 逃げたアーヴァンクがそのまま姿を消す筈が無い。ならば当然次の階層では数多くの敵が待ち受けている可能性がある。

「まぁ上の階層ではそこまでの数が居ませんでしたし、もしかしたら冒険者方が間引きして下さっているかもしれませんね」


 ◆ ◆ ◆


 階段を降りた所にはアーヴァンクは見当たらず、ティアラはヨルの言葉が合っているのではないかと思った。
 ────だがその先の小部屋を覗いた瞬間、それは間違いであったと思い知らされた。

「…ねぇヨル」
「居ますね、すっごく」

 元々音を把握していたヨルからすればさして驚きは無いが、ティアラ達からすれば正に絶句。それ程の光景が眼前には広がっていた。

「ざっと十五体程度でしょうか…」

 小部屋に群れるアーヴァンクの図。ここまで集まっていては音による正確な数の把握は難しい。
 不幸中の幸いであったのは、それらがお互いに縄張り争いに明け暮れこちらを認識していないということだろうか。
 とはいえ流石に手を出せば此方の存在に気付かれるし、最悪の場合全員の敵意が此方に向く可能性がある為迂闊に動けないでいた。
 どうしたものかとティアラが腕を組めば、恐る恐るといった様子でフェリシアが手を上げて意見を発した。

「…あの…私ちょっとやってみてもいいですか」
「フェリシアが?」
「はい。光属性の魔術には、精神を落ち着かせて眠気を誘うものがあります。それを使わせてください」

 治癒系統としての魔術の中にあるもので、主に痛みから暴れる患者を落ち着かせる為に使うものだ。
 掛かり具合は術者の腕と興奮状態の強弱によって左右されるが、案外そこまで困難な魔術では無い。

「前に出る必要はある?」
「そこまで近付く必要は無いのですが…でも出来る限り近い方が、確実だとは思います」
「ヨル」
「この身に代えましてもお護りいたします」

 主の名には全力を持って応えねばならない。それ故の宣誓であったが、ティアラはヨルに対して何も心配などしていなかった。そうでなければ、その言葉を素直に受け取る事などしない。

 ティアラが道を譲り、ヨルに守られる形でフェリシアが前に出る。と言っても小部屋までは入らず、あくまで手前で止まった。

「ふぅー…」

 呼吸を整え、精神を集中する。気配の消し方は未だ良く分からないが、出来る限り埋没させる意識を持って、近付きながら魔力を練り上げていく。

「……《天使の調ベエルレスト》」

 祝詞が紡がれ、魔力が魔術という形を成して辺りを満たす。暖かな陽の光を思わせる柔らかな魔力は心身に染み渡り、やがてそれは安らかな眠りへと誘う。
 興奮し鳴き声を荒らげるアーヴァンク達の様子が、あからさまに落ち着いた状態へと変化し始める。このままいけば全てが眠りに就く────だがそれでも数体は興奮状態が強く、掛かりが薄かった。
 さらに不運な事に、掛かりが薄かったアーヴァンクの注目がフェリシアへと向いてしまう。

「っ!?」

 剥き出しの敵意を間近で受け、フェリシアが思わず息を飲んで後退る。

「キィィィ!!」

 一体が完全に魔術の影響を外れて怒声を上げ、フェリシアへと襲い掛かる。だがその爪が届く前に、ヨルが身体を間に滑り込ませた。しかしここで血を流した場合、匂いを嗅ぎ付けたアーヴァンクが意識を取り戻してしまう可能性があった。故にヨルはナイフは勿論、銃も使う事が出来ない。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...