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第二章 化物侍女は学園に通う

37. 化物侍女は冒険者になる

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 学園の門番に木札を見せて帰る時間の目安を伝え無事に外に出たティアラ達の目に飛び込んできたのは、数多くの人が行き交う賑やかな喧騒に包まれた光景だった。

「皇都に来たのは久しぶりだけれど、この賑やかな雰囲気は変わらないわね」

 ティアラにとっては久しぶりだが、ヨルにとっては初めての光景だ。ついつい目があちらこちらに向いてしまう。

「ヨルは初めてだったわね。冒険者ギルドの場所は分かっているの?」
「一応地図は把握しておりますが…」

 学園には当然の事ながら皇都の詳しい地図もあったので、ヨルはその全てを暗記している。だが平面の地図だけでは実際の様子は理解出来ない。特に入り組んだ構造をしている皇都ならば尚更だ。故にヨルにしては珍しく弱気な印象をティアラは感じた。

「ふふん。ここは私の出番ね!」

 自慢げに胸を張り、ティアラが言い放つ。何度か皇都に足を運んだ事があるティアラは、冒険者ギルドの場所をある程度把握していた。
 普段ヨルに頼りっぱなしのティアラとしては、今回は数少ないヨルを見返すチャンスだった。
 ずんずんと自信に溢れる様子で歩を進めるティアラの後ろをヨルが大人しくついて行く。…例えそれが間違った道と気付いていても。


「……ヨル。ここ何処か分かる?」

 案の定路地に入って道に迷ったティアラが、若干の涙目で後ろのヨルを振り返る。ここまでの道のりは全て憶えてはいるが、何処かまでは分からずヨルが首を横に振ると、ティアラの顔が絶望に染まった。

「…やはり最初の間違った段階で指摘しておくべきでしたか」
「分かっていたのなら言ってよ!」
「ティアラ様の御気分を損ねるかと思いまして」

 もし指摘していたのなら、確実にティアラの機嫌が斜めになっていただろうとヨルは確信していた。
 このままでは依頼を受ける時間が無くなると思ったヨルは、不意に空を見上げる。

「? 何か上にあるの?」

 それを見てティアラもまた上を見上げるが、そこに何かを見つける事は出来なかった。
 ヨルの方はどうかとティアラがヨルに目線を戻せば、ヨルの手にはいつの間にか一枚の紙が握られていた。

「それは?」
「道順ですね。ここからは私がご案内致します」

 それだけを言って、ヨルがティアラへと背を向ける。説明不足も甚だしいその言葉にティアラは「ちょっと待って!?」とヨルの肩を掴んだ。

「どうかしましたか?」
「どうかしましたかじゃないのよ! それ何!?」

 ビシッとティアラがヨルの手にする紙を指差した。それで漸く合点がいったのか、ヨルがティアラにその紙を差し出した。

「現在地とそこから冒険者ギルドに向かう為の道筋が記された紙です」
「…そうじゃないのよ。その紙は何処から出てきたの?」
「貰いました」
「誰から?」
「……さぁ?」

 呑気に首を傾げるヨルに、ティアラが頭が痛そうに額を押さえた。その様子にヨルが更に疑問符を浮かべつつも、「早くしなければ時間が無いですよ?」と告れば、額を押さえたままだったティアラが再起動する。

「…もうヨルに関しては気にしたら負けね。分かったわ、行きましょう」

 ヨルに関しては思考放棄が楽であると、今更ながら思い出したティアラであった。

 ヨルの案内で無事冒険者ギルドに辿り着いたティアラは、ここまでの道のりで疲労を感じていたが、本来の目的を果たす為に気を持ち直した。
 冒険者ギルドの扉をヨルが開けば、街より騒がしい喧騒が二人を出迎えた。
 ギルド内にいた数人の冒険者が入ってきたティアラ達に目線を向けたが、直ぐに興味を失ったかのように目線を戻した。

「まずは登録が必要だから…あっちね」

 ヨルの手を引き、ティアラが受付窓口と書かれたカウンターへと進む。するとそれに気付いたカウンターの女性がにこやかな笑みを浮かべて二人を出迎えた。

「ようこそ冒険者ギルドへ。ご登録ですか?」
「はい」

 見るからに貴族であるティアラが丁寧な言葉遣いをした事が意外だったのか、受付嬢の目が微かに開いた。

「お二人ですね。ではこの登録用紙に必要事項を記入してください」

 受付嬢から手渡された紙をティアラが眺める。書く内容は名前と役職だけと極めて少なく、二人は直ぐに書き終えた。

「はい。確認しますね…ヨルさんが斥候。ティアラさんが魔術師。お間違いないでしょうか?」
「「はい」」
「ではギルドカードを発行してまいりますので少々お待ちください。出来上がりましたらお呼び致します」
「分かりました」

 受付嬢が紙を片手に奥へと消えると、暇になったティアラがキョロキョロとギルド内を見渡した。そして目に付いたのは、壁に掲げられたボード。そこには何枚かの紙が貼り付けられていた。
 興味をそそられたティアラがボードへと足を向けると、周りの冒険者を人知れず警戒しながらヨルが付き添う。

「これは…依頼書かしら」

 ボールに貼られた紙には様々な依頼内容が記載されており、その中にはティアラの求める討伐依頼もあった。それにティアラが目を輝かせるが、その依頼書の上の方に書かれた“ブロンズランク”という文字に首を傾げる。
 もっと詳しく見ようとしたところで受付嬢の呼ぶ声が聞こえ、仕方無くティアラは受付窓口へと戻った。

「ヨルさんとティアラさん。これがギルドカードになります」

 そう言ってティアラに手渡されたのは掌に収まる程の一枚の鉄板で、そこには紙に書いた名前と役職が刻まれていた。

「最初ですので、ランクはアイアンから始まります」
「ランク? アイアン?」
「はい。冒険者にはランクと呼ばれる階級が存在していまして、下から順にアイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールド、ブラックとなっています。依頼をこなして実力が認められれば上のランクへと上がる事が出来ます」
「上がると何かあるんですか?」
「ランクが上がれば受けられる依頼の幅が広がります。例えば魔物などの討伐依頼はブロンズから、護衛依頼はシルバーから受注可能になります」

 目的の魔物討伐依頼を受けるにはランクを上げなければならないという事実を知り、ティアラの気分が落ち込む。

「ブロンズからアイアンに上がるには、依頼達成数が三十以上、達成率が九割以上である必要があります」
「…近道とかって」
「無いですね」

 無慈悲な答えにガックリとティアラが肩を落とした。だがその説明に理不尽さは感じていない。
 冒険者は何でも屋。依頼があれば何でも受けるが、そもそも依頼が無ければ立ち行かない職業において、最も重要なのは信頼だ。それを得る為には、少なからず時間を要する。ランクアップに達成率が関わっているのもそれが理由なのだろうとティアラは思う。

「ブロンズランクでしたら薬草採取や街の清掃が主な依頼になりますね。依頼はあちらのボードに貼られていますので、受けたい依頼がございましたら剥がしてこの窓口までお持ちくだい。ボードの下にある常設依頼は現物を窓口まで持って来て頂ければそれで達成となります。その他質問はございますか?」
「んー…いいえ。ありがとうございます」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 気落ちはしたが冒険者にはなれたのだからと思い直し、まずはコツコツと始めていこうとボードに向かった。


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