上 下
32 / 82
第二章 化物侍女は学園に通う

31. 化物侍女は見守る

しおりを挟む
 学園の訓練場は室内型の広場の様なもので、学園の丁度中央部に位置している。これは様々な行事に使われる事を考慮して設計された為だ。
 更に訓練場の名に恥じぬ設備も備えており、その中でも訓練場全体を覆う防護結界を展開する魔術具は、皇城の防衛設備に匹敵する程の強度を誇る。

「だから、ここで幾ら魔術を使おうが訓練場が壊れる可能性が無いのよ」
「成程…」

 ティアラの言葉にフェリシアが頷く。フェリシアの適性は支援が主な光属性なのであまり恩恵は感じにくいが、ティアラのように火属性の適性を持つ者にとっては有難い設備だ。

「じゃあ今日の実践内容を説明する、よく聞けよ。あれが見えるか?」

 ロイが指し示した先にあったのは、地面に刺さる棒のような物。これは訓練柱といって、受けた魔術を魔力に変換し地面に受け流す魔術具だ。その訓練柱は、現在ティアラ達から距離にして三十メートルは離れている。

「この前よりも遠くに訓練柱を設置した。使う魔術属性は自由。各々アレに先ずは命中させる事を考えろ。威力は二の次でいい」

 魔術は当然の事ながら行使者から離れる程制御が難しくなる。実戦で魔術を扱う場合は五十メートルを超える場所からの援護を要求される事もある為、どれだけ遠くに、そして正確に魔術を飛ばせるかは魔術師にとって最も重要視される能力だ。

「フェリシアはどうする?」

 ティアラが気遣うようにフェリシアへと目線を投げ掛ける。遠距離“攻撃”を行う事が難しい光属性は、この授業には不向きだ。その為前回の授業ではフェリシアは見学していた事をティアラは思い出していた。

「今回は私もやります。《回復ヒール》を飛ばす練習になりますから」
「あぁ、そういえばそんな魔術もあったわね」

 《回復ヒール》は光属性の初歩的な魔術で、その効果は特定の対象者一人の傷を癒すというもの。発動すれば光の球が出現し、それを癒したい対象者に当てる事で魔術の効果が発動する。なので攻撃手段では無いものの、出来る限り遠くまで飛ばす能力が要求される魔術だ。
 ただこの魔術を扱える者は少なく、光属性の適性を持つティアラでも扱った事が無い為に今の今まで忘れていた。

「じゃあ私から。《火球》!」

 ティアラの掛け声で目の前に顔ほどの《火球》が生み出され、次の瞬間には勢い良く訓練柱に向けて飛び出した。
 途中まで迷いなく真っ直ぐ突き進んでいた《火球》だったが、残り五メートルといったところで空気に溶けるようにして消えてしまった。

「やっぱり難しいわね…」

 幼少期から魔術を訓練していたティアラであっても、遠距離魔術は未だ制御し切れない物だ。届かない事は無いが、成功率は数発に一発といった確率でしかない。

「さぁ次はフェリシアの番よ」
「は、はい!」

 フェリシアが緊張した面持ちでティアラと場所を変わる。その様子にティアラが肩を叩いて力を抜くよう促した。

「何事も最初から上手くいく事は無いわ。失敗しても誰も責めないから、気負わず落ち着いてやりなさい」
「はい…ありがとうございます」

 ふぅー…っと息を吐いてフェリシアが訓練柱を見据える。そして掌を突き出し、魔力を集めて魔術式を頭に描く。《回復ヒール》の魔術式の要素は《火球》などと大差は無い。唯一異なるのは、【威力】の要素が【復元】に置き換わる事だ。
 《回復ヒール》は傷を癒す魔術だが、それは身体を“戻す”事だと言い換える事が出来る。故に込められる要素は【復元】になるのだ。

 フェリシアの掌に魔力が集まり、淡い翠の光を放つ球が出現する。魔術の発動は成功だ。しかしその光は不安定に揺れ、今にも消えそうな印象をティアラに与えた。
 そして案の定、フェリシアの《回復ヒール》の球は数メートル進んだところで光を失ってしまった。その様子にフェリシアが「あぁ…」と落胆した声を零す。

「落ち込まなくていいわよ、フェリシア」
「ティアラ様…全然出来ませんでした…」
「私も最初はそんなものだったから気にしなくていいし、それにフェリシアの筋自体はいいわ。でも魔力の維持に問題があるわね。ちょっと触れてもいいかしら?」
「え、あはい」

 フェリシアの背後からティアラが手を重ね合わせ、もう一度掌を訓練柱に向けさせる。

「この状態で、もう一度」
「は、はい!」

 ビクビクとしながらフェリシアが魔力を集めて《回復ヒール》を発動させる。その間ティアラは目を閉じてフェリシアの流れる魔力に集中していた。

「――――止めて」
「はい!?」

 ティアラの制止にフェリシアが慌てて魔力を切断して魔術を消し去る。

「うん。やっぱり魔力の流れが良くないわね」
「そう、なんですか?」
「ええ。フェリシアは多分、今まで大きな魔術を使った事が無いのではないかしら?」
「そうですね…この学園に入るまで、殆ど使う事は無かったと思います」

 光属性は周りに師事できる存在が極めて少ない為、使おうにも使い方が良く分からないと言う者が多かった。フェリシアもその内の一人で、《回復ヒール》に至っては今日初めて使った魔術だった。

「ならそれが理由ね。魔力は扱おうと思って直ぐに自在に動かせるようになる訳じゃ無いの。準備運動のようなものが必要なのよ」
「準備運動、ですか?」
「ええ。手を出して?」

 フェリシアとティアラが向かい合わせになり、両手を重ねる。そしてティアラが繋がった手から魔力をフェリシアの方へと流し始めた。

「わっ」
「今流れているのが分かる?」
「はい…温かいです」
「これをね…」

 ティアラが魔力を操作して、フェリシアの中をスルスルと通り抜けていく。

「きゃっ!?」
「あ…ごめんなさい。驚かせたかしら」
「い、いえ、大丈夫です」
「そう? じゃあ話を続けるわね。この感覚を覚えられた?」
「魔力が動く…いえ、通る感覚…ですか?」
「そう。魔力はこんな風に身体を巡っているの。でもフェリシアの場合はあまり自分の魔力が巡っていないわ。それは魔力が身体に馴染んでいないという事と同義なの」
「巡っていない…馴染ませる必要があるのですね」
「ええ。先ずは身体の中で魔力を巡らせる事を練習するのがいいわね。そうすれば魔力の制御も上がって、魔術がより扱い易くなるわ」
「成程…ありがとうございます。頑張ってやってみます」

 そう言ってフェリシアが自然な笑みを浮かべ、それにティアラも同じく花のような笑みを返した。
 ……そして、その様子をヨルは遠くからただじっと見詰めていた。若干その瞳が一瞬優しげに弧を描いたように見えたのは、気の所為だろうか。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...