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第二章 化物侍女は学園に通う
22. 化物侍女は料理をする
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寮に到着した翌日。ヨルは普段よりも早い時間に起床していた。その理由は、二人分の朝食を作る為だ。
屋敷では朝食を担当する者がいる為ヨルが用意する事は無いが、寮ではティアラの侍女はヨル一人なので、全ての世話をする必要があった。
「料理をするのは久しぶりですね」
一旦侍女服に着替えて部屋に備え付けられた簡易的なキッチンに立ち、朝食の献立を考える。キャロルによって料理については一通り仕込まれているので、作れない事は無い。だが、文字通り簡易的なキッチンなのでそう凝った物を作る事は出来なさそうだとヨルは思う。
食材の準備をしようと備え付けられた魔術保存庫と呼ばれる箱を開けば、ひんやりとした冷気がヨルの頬を撫でた。これは食材を長期的に保存する為の道具で、魔術具の一種だ。
ヨルが中を覗き込めば、幾らかの食材が目に入る。これは予め領都で購入して持ってきた物だ。その中から目当ての食材を選ぼうとして、ふとヨルの手が止まる。
「……ティアラ様、どれだけ食べられるでしょうか」
普段からあまり食事を多くは取らないヨルにとって、最適な量がいまいち把握出来ていなかった。
そこでヨルは屋敷での朝食を思い出し、凡その予測を立ててみる。
「小ぶりなサラダにパンが二個…スープ半量にオムレツ。あとスコーン…は無理ですね。買ってませんし作れません」
だが他は作れるので、それぞれに必要な食材を選び出して扉を閉める。
パンを一つ魔術トースターで焼き、鍋とフライパンを魔術コンロに掛ける。水を魔術具で出して鍋に注ぎ沸かしている間に食材を切る。
途中で焼き上がったパンを一個口にしつつ調理を進め、ティアラの起床時間までには全ての調理が終了した。
鍋とフライパンは弱火に掛けて保温したまま、何時もの用意をして部屋を出てティアラを起こしに向かう。
応接間の奥の扉を開ければ、カーテンから零れ落ちる光の筋がティアラの穏やかな寝顔を優しく照らしていた。
「ティアラ様、朝ですよ。お目覚めください」
優しく身体を揺すって声を掛ける。以前団子状態だったティアラを起こした時は乱暴に掛け布団を引っぺがしたが、幾ら寝起きが悪かろうと普段はそこまでしない。……それでも起きない時は容赦が無いが。
何度か続くヨルの声掛けに、漸くティアラの目が薄く開いた。
「もう朝…?」
「朝ですよ。本日は入学式なのですから、早く起きないと間に合わなくなりますよ」
「…あっ!」
そこでやっと自分が今何処に居るのかを思い出し、ティアラがガバっ! と勢い良く跳ね起きる。髪は見事にボサボサだ。
「寝坊!?」
「まだです」
「良かったぁ…」
心底安堵した様子で身体の力を抜き、ティアラがベッドから下りる。その後ヨルが用意した水で顔を洗って目を覚ます。その間にヨルがティアラの制服の用意を済ませ、手慣れた様子でティアラに着せていく。そして鏡台の前へティアラを座らせ、跳ねた金糸はお湯で濡らしたタオルで直し、髪をハーフアップに纏める。
「はい、出来ましたよ」
「ありがと」
「では朝食の準備をして参りますので、お席に着いてお待ちください」
「ヨルの手作り?」
「そうですが?」
ヨルからの肯定の言葉を聞き、ティアラの瞳が爛々と輝いた。その様子にヨルは疑問を抱きながらもそれを尋ねることはせず、食事の用意の為に一足先に寝室を出る。
キッチンへと戻ると直ぐにパンを焼きつつスープを装い、オムレツとパンを皿に盛り付け、最後にサラダとカトラリーをトレーに載せてティアラの待つ部屋へと向かった。
「…意外と普通だったわ」
「お気に召しませんでしたか?」
「いえいいの。ただヨルの事だから、普通とは違った物が出てくるかもって思ってただけだから」
「違った物…明日から考えてみます」
その言葉にティアラの頬が少し引き攣った。
「た、食べれる物でね?」
「? はい、勿論です」
食事なのだから食べられない物は出さないだろうとヨルは思う。
「何かお飲み物のご希望は御座いますか?」
「そうね…何時もの紅茶がいいわ」
「かしこまりました」
ティアラが食事に手を付ける傍らで、ヨルが要望通りの紅茶を用意していく。そうして手早くヨルが用意したティーカップに手を掛けて、その芳醇な香りを楽しみつつその中の紅茶を口に含むと、ティアラが頬を緩めた。
「上手くなったわね」
「恐れ多いお言葉で御座います」
キャロルに教えられた当初は紅茶の渋みしか抽出出来なかったヨルだが、何度も練習した結果今ではちゃんとした紅茶を淹れる事が出来るようになっていた。
その奮闘をティアラも知っていたので、基本的にヨルに頼むのはその練習した紅茶ばかりだった。
「ご馳走様、美味しかったわ。でもヨルは食べなくていいの?」
「私は既に食事を終えておりますので」
調理途中に食べたパン一個。それが今日のヨルの朝食だ。
キャロルからは三食きっちり食べるように言われているヨルだが、その“量”までは指定されていないので、基本的に必要最低限しか食べない。だが、それをヨルが口にする事は無い。態々報告する必要も無いのだから。
屋敷では朝食を担当する者がいる為ヨルが用意する事は無いが、寮ではティアラの侍女はヨル一人なので、全ての世話をする必要があった。
「料理をするのは久しぶりですね」
一旦侍女服に着替えて部屋に備え付けられた簡易的なキッチンに立ち、朝食の献立を考える。キャロルによって料理については一通り仕込まれているので、作れない事は無い。だが、文字通り簡易的なキッチンなのでそう凝った物を作る事は出来なさそうだとヨルは思う。
食材の準備をしようと備え付けられた魔術保存庫と呼ばれる箱を開けば、ひんやりとした冷気がヨルの頬を撫でた。これは食材を長期的に保存する為の道具で、魔術具の一種だ。
ヨルが中を覗き込めば、幾らかの食材が目に入る。これは予め領都で購入して持ってきた物だ。その中から目当ての食材を選ぼうとして、ふとヨルの手が止まる。
「……ティアラ様、どれだけ食べられるでしょうか」
普段からあまり食事を多くは取らないヨルにとって、最適な量がいまいち把握出来ていなかった。
そこでヨルは屋敷での朝食を思い出し、凡その予測を立ててみる。
「小ぶりなサラダにパンが二個…スープ半量にオムレツ。あとスコーン…は無理ですね。買ってませんし作れません」
だが他は作れるので、それぞれに必要な食材を選び出して扉を閉める。
パンを一つ魔術トースターで焼き、鍋とフライパンを魔術コンロに掛ける。水を魔術具で出して鍋に注ぎ沸かしている間に食材を切る。
途中で焼き上がったパンを一個口にしつつ調理を進め、ティアラの起床時間までには全ての調理が終了した。
鍋とフライパンは弱火に掛けて保温したまま、何時もの用意をして部屋を出てティアラを起こしに向かう。
応接間の奥の扉を開ければ、カーテンから零れ落ちる光の筋がティアラの穏やかな寝顔を優しく照らしていた。
「ティアラ様、朝ですよ。お目覚めください」
優しく身体を揺すって声を掛ける。以前団子状態だったティアラを起こした時は乱暴に掛け布団を引っぺがしたが、幾ら寝起きが悪かろうと普段はそこまでしない。……それでも起きない時は容赦が無いが。
何度か続くヨルの声掛けに、漸くティアラの目が薄く開いた。
「もう朝…?」
「朝ですよ。本日は入学式なのですから、早く起きないと間に合わなくなりますよ」
「…あっ!」
そこでやっと自分が今何処に居るのかを思い出し、ティアラがガバっ! と勢い良く跳ね起きる。髪は見事にボサボサだ。
「寝坊!?」
「まだです」
「良かったぁ…」
心底安堵した様子で身体の力を抜き、ティアラがベッドから下りる。その後ヨルが用意した水で顔を洗って目を覚ます。その間にヨルがティアラの制服の用意を済ませ、手慣れた様子でティアラに着せていく。そして鏡台の前へティアラを座らせ、跳ねた金糸はお湯で濡らしたタオルで直し、髪をハーフアップに纏める。
「はい、出来ましたよ」
「ありがと」
「では朝食の準備をして参りますので、お席に着いてお待ちください」
「ヨルの手作り?」
「そうですが?」
ヨルからの肯定の言葉を聞き、ティアラの瞳が爛々と輝いた。その様子にヨルは疑問を抱きながらもそれを尋ねることはせず、食事の用意の為に一足先に寝室を出る。
キッチンへと戻ると直ぐにパンを焼きつつスープを装い、オムレツとパンを皿に盛り付け、最後にサラダとカトラリーをトレーに載せてティアラの待つ部屋へと向かった。
「…意外と普通だったわ」
「お気に召しませんでしたか?」
「いえいいの。ただヨルの事だから、普通とは違った物が出てくるかもって思ってただけだから」
「違った物…明日から考えてみます」
その言葉にティアラの頬が少し引き攣った。
「た、食べれる物でね?」
「? はい、勿論です」
食事なのだから食べられない物は出さないだろうとヨルは思う。
「何かお飲み物のご希望は御座いますか?」
「そうね…何時もの紅茶がいいわ」
「かしこまりました」
ティアラが食事に手を付ける傍らで、ヨルが要望通りの紅茶を用意していく。そうして手早くヨルが用意したティーカップに手を掛けて、その芳醇な香りを楽しみつつその中の紅茶を口に含むと、ティアラが頬を緩めた。
「上手くなったわね」
「恐れ多いお言葉で御座います」
キャロルに教えられた当初は紅茶の渋みしか抽出出来なかったヨルだが、何度も練習した結果今ではちゃんとした紅茶を淹れる事が出来るようになっていた。
その奮闘をティアラも知っていたので、基本的にヨルに頼むのはその練習した紅茶ばかりだった。
「ご馳走様、美味しかったわ。でもヨルは食べなくていいの?」
「私は既に食事を終えておりますので」
調理途中に食べたパン一個。それが今日のヨルの朝食だ。
キャロルからは三食きっちり食べるように言われているヨルだが、その“量”までは指定されていないので、基本的に必要最低限しか食べない。だが、それをヨルが口にする事は無い。態々報告する必要も無いのだから。
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