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第一章 化物侍女は仕事をする
6. 侍女長は語る
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「困難とは、どういうことだい?」
ロイが穏やかな顔で、しかしキャロルの言葉を信じられないように目を開いて聞き返す。
「旦那様に頼まれました通り試験問題を受けさせたのですが、私がヨルには文字の読み書きしか教えていなかった為、名前以外書くことが出来ませんでした」
「名前以外白紙なのかい?」
「それはまぁ、なんとも…でも、ヨルちゃんは頭が悪い訳では無いでしょう?」
「物覚えは良い方だと思います。ですが、ほぼゼロの状態から旦那様の御希望の学力まで上げられるかは、私にも分かりかねます」
白紙の回答用紙を手渡してそう言い切り、深々と頭を下げた。全ての責任は、彼女を引き取った時から自分が背負うと決めている。
「そう頭を下げる必要は無い。咎めるつもりもない。しかし、そうなると他の術を考えなくてはならないね」
「そうねぇ。私としては業務は抜きにしてもヨルちゃんにも通って欲しかったのだけれど…キャルもそう思わない?」
「それは……」
キャロルは言葉に詰まる。確かにそうあれればどれ程良いか、考えなかった訳では無い。しかし、彼女はそう“あれない”存在だ。
誰もが次の言葉を失い、沈黙が部屋を支配し始めた、その時。
「──お話は伺いましたわっ!」
突然バンッ! と勢いよく扉が開かれ、声の主が姿を現した。
「ティアラ!? 何時からそこに…」
「最初から居ましたわ。お父様、私に任せてくださいませんか」
凛とした声を発し、力強い眼差しでロイを見つめるその姿に、メアリーは目を丸くした。
「ティアラ。任せるとはどういうことかしら?」
「その言葉通りの意味ですわ、お母様。結局はヨルが勉強を出来るようになれば宜しいのでしょう?」
「それはそうですが…」
「ティアラ。ヨルに強要はしてはいけないよ」
自分の娘の我儘に無理やり付き合わせる訳にはいかないと、ロイが窘めるようにティアラを見る。
「強要など致しませんわ。ただ、“一緒に”勉強をしたいだけですの」
ティアラとて、無理やりヨルに勉強をさせるつもりは毛頭なかった。専属侍女として働くヨルは自らに付き添う。ならば、その時間の間だけでも一緒に勉強すればいいのではないか、とそう考えたのだ。
「私、一人だけで勉強するのは正直もう疲れましたの。ですから、ヨルと一緒に勉強をさせて欲しいのです」
見え透いた建前ではあるが、一概に悪い提案とも言えなかった。業務外ではなく業務内であれば、あくまで“仕事として”ティアラに付き添う過程で“結果として”勉強することになるならば、彼女の負担にはなりにくいのでは無いか、と。
「……どう思う、キャル」
「お嬢様の御負担を鑑みると、正直賛同しずらいです」
にべもなく断りを入れるが、ティアラは納得しない。
「負担なんて思わないわ。私もう試験範囲は網羅してるもの。あくまで復習の過程で、“ついでに”ヨルと勉強することになるだけよ」
意志を曲げるつもりは無いとキャロルを強く見る。今まで何度か娘の我儘を見てきたロイからしても、ここまで執拗に迫る娘を見るのは初めての事だった。
「…そこまで言うなら、覚悟はあるんだね?」
ヨルにかまけて自身の学力が落ちては元も子もない。自身の学力を維持しつつ、それが難しくなろうともヨルを途中で見捨てない覚悟はあるか。
「勿論です」
「……はぁ。そういう所はメアリーに似たね」
一度こうすると決めれば、諦める事は決して無い。そんなメアリーに惚れた自分だからこそ、その煌びやかに輝く、自信に溢れた瞳に弱い自覚があった。
この場の最高権力者が承諾する意を見せたことで、議論は終焉を迎える。
「お嬢様、無礼を承知で申し上げます」
もう用は済んだからとばかりに部屋を後にしようとするティアラに、キャロルが口を開いた。
「何かしら」
「ヨルに、“しろ”とは言わないでください」
「……命令するな、ということ?」
「はい」
真剣な表情を浮かべてそう告げる。命令される事が当然の立場の人間が、その様な要望を目上の人間にすることはまずない。場合によっては、反抗の意思ありとみなされて処罰を受けても文句は言えない発言だ。しかし、キャロルにとってそれは自らの首より遥かに重要な事だった。
「何を言い出すのかと思えば…」
はぁ、と呆れた顔をするティアラに、キャロルは予想していた反応と異なるそれに思わずキョトンとした表情を浮かべた。
「心配せずともヨルに無理やり命令なんてしないわ。それに元々、この提案自体ヨルが私にしてきたものなのよ?」
「…ヨルが、ですか…? 自分から…?」
ええそうよ、と迷いなく告げるティアラが嘘をついているとは到底思えない。しかし、キャロルはヨルが“自ら”望んだ事が信じられなかった。
「あの子自身も、一つも解けなかったことに少なからず思うところがあったのでしょうね。ちょっと落ち込んでたわ」
「ヨルちゃんが落ち込んでたの!?」
今度はメアリーが驚愕の声を上げた。それどころか、ティアラに詰め寄ってヨルのその当時の様子を詳しく聞こうとする。普段感情を顕にする事が無いヨルの落ち込んだ姿など、メアリーにとって貴重以外の何物でもないのだ。
その様子を見て、思わず口の端が引き攣ったのはティアラだけではなかった。
ロイが穏やかな顔で、しかしキャロルの言葉を信じられないように目を開いて聞き返す。
「旦那様に頼まれました通り試験問題を受けさせたのですが、私がヨルには文字の読み書きしか教えていなかった為、名前以外書くことが出来ませんでした」
「名前以外白紙なのかい?」
「それはまぁ、なんとも…でも、ヨルちゃんは頭が悪い訳では無いでしょう?」
「物覚えは良い方だと思います。ですが、ほぼゼロの状態から旦那様の御希望の学力まで上げられるかは、私にも分かりかねます」
白紙の回答用紙を手渡してそう言い切り、深々と頭を下げた。全ての責任は、彼女を引き取った時から自分が背負うと決めている。
「そう頭を下げる必要は無い。咎めるつもりもない。しかし、そうなると他の術を考えなくてはならないね」
「そうねぇ。私としては業務は抜きにしてもヨルちゃんにも通って欲しかったのだけれど…キャルもそう思わない?」
「それは……」
キャロルは言葉に詰まる。確かにそうあれればどれ程良いか、考えなかった訳では無い。しかし、彼女はそう“あれない”存在だ。
誰もが次の言葉を失い、沈黙が部屋を支配し始めた、その時。
「──お話は伺いましたわっ!」
突然バンッ! と勢いよく扉が開かれ、声の主が姿を現した。
「ティアラ!? 何時からそこに…」
「最初から居ましたわ。お父様、私に任せてくださいませんか」
凛とした声を発し、力強い眼差しでロイを見つめるその姿に、メアリーは目を丸くした。
「ティアラ。任せるとはどういうことかしら?」
「その言葉通りの意味ですわ、お母様。結局はヨルが勉強を出来るようになれば宜しいのでしょう?」
「それはそうですが…」
「ティアラ。ヨルに強要はしてはいけないよ」
自分の娘の我儘に無理やり付き合わせる訳にはいかないと、ロイが窘めるようにティアラを見る。
「強要など致しませんわ。ただ、“一緒に”勉強をしたいだけですの」
ティアラとて、無理やりヨルに勉強をさせるつもりは毛頭なかった。専属侍女として働くヨルは自らに付き添う。ならば、その時間の間だけでも一緒に勉強すればいいのではないか、とそう考えたのだ。
「私、一人だけで勉強するのは正直もう疲れましたの。ですから、ヨルと一緒に勉強をさせて欲しいのです」
見え透いた建前ではあるが、一概に悪い提案とも言えなかった。業務外ではなく業務内であれば、あくまで“仕事として”ティアラに付き添う過程で“結果として”勉強することになるならば、彼女の負担にはなりにくいのでは無いか、と。
「……どう思う、キャル」
「お嬢様の御負担を鑑みると、正直賛同しずらいです」
にべもなく断りを入れるが、ティアラは納得しない。
「負担なんて思わないわ。私もう試験範囲は網羅してるもの。あくまで復習の過程で、“ついでに”ヨルと勉強することになるだけよ」
意志を曲げるつもりは無いとキャロルを強く見る。今まで何度か娘の我儘を見てきたロイからしても、ここまで執拗に迫る娘を見るのは初めての事だった。
「…そこまで言うなら、覚悟はあるんだね?」
ヨルにかまけて自身の学力が落ちては元も子もない。自身の学力を維持しつつ、それが難しくなろうともヨルを途中で見捨てない覚悟はあるか。
「勿論です」
「……はぁ。そういう所はメアリーに似たね」
一度こうすると決めれば、諦める事は決して無い。そんなメアリーに惚れた自分だからこそ、その煌びやかに輝く、自信に溢れた瞳に弱い自覚があった。
この場の最高権力者が承諾する意を見せたことで、議論は終焉を迎える。
「お嬢様、無礼を承知で申し上げます」
もう用は済んだからとばかりに部屋を後にしようとするティアラに、キャロルが口を開いた。
「何かしら」
「ヨルに、“しろ”とは言わないでください」
「……命令するな、ということ?」
「はい」
真剣な表情を浮かべてそう告げる。命令される事が当然の立場の人間が、その様な要望を目上の人間にすることはまずない。場合によっては、反抗の意思ありとみなされて処罰を受けても文句は言えない発言だ。しかし、キャロルにとってそれは自らの首より遥かに重要な事だった。
「何を言い出すのかと思えば…」
はぁ、と呆れた顔をするティアラに、キャロルは予想していた反応と異なるそれに思わずキョトンとした表情を浮かべた。
「心配せずともヨルに無理やり命令なんてしないわ。それに元々、この提案自体ヨルが私にしてきたものなのよ?」
「…ヨルが、ですか…? 自分から…?」
ええそうよ、と迷いなく告げるティアラが嘘をついているとは到底思えない。しかし、キャロルはヨルが“自ら”望んだ事が信じられなかった。
「あの子自身も、一つも解けなかったことに少なからず思うところがあったのでしょうね。ちょっと落ち込んでたわ」
「ヨルちゃんが落ち込んでたの!?」
今度はメアリーが驚愕の声を上げた。それどころか、ティアラに詰め寄ってヨルのその当時の様子を詳しく聞こうとする。普段感情を顕にする事が無いヨルの落ち込んだ姿など、メアリーにとって貴重以外の何物でもないのだ。
その様子を見て、思わず口の端が引き攣ったのはティアラだけではなかった。
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