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第三十一章 サバト -淫魔の夜ー

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 ただし、ヒルダを倒せるかもしれない唯一の方法は、ルール破りの超反則技。下手をしたら異世界自体を否定し自分自身の首を絞めることになりかねない、究極の禁止カードだ。
 さらにそのカードを切るということは、異世界転移前にセリカと交わした約束をも反故にすることにもなる。
 果たしてセリカに断りなく、そんなことをしてしまっていいものだろうか――? 
 と、この期に及んで一瞬考え込んでしまう。

 だが、そんなこといちいち気にする必要も義理もないと、僕はすぐに思い直した。
 なぜなら、最初に嘘をついたのはセリカの方なのだから。
 転移直前のあの時、彼女はこう言った。
 目的地異世界アリスティアは、現実世界とはまったく別の次元に存在する、ファンタジーRPGのようなパラレルワールドだと。
 確かに、この世界のうわべだけ見て、すべてを素直に受け入れていれば、一切疑問なんて抱かなかったかもしれない。
 しかし転移してさまざまな人と出会い、また数々のイベントを経験するうち、僕は気が付いてしまった。

 セリカの虚言――
 すなわち、この異世界は実存するパラレルワールドなんかじゃなくて、おそらく清家セリカという一人の女子高生によって生み出された空想の産物だということを。
 それこそがこの世界の真の姿に他ならないということを。
 僕も他のみんなも、彼女の作り上げた箱庭の舞台で踊らされているに過ぎないのだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 確信はある――とはいえ確証があるわけではなかった。
 ならば、セリカに直接問いただせばいい。
 彼女は、僕が無事にリナを連れて帰って来られたら、すべての疑問に答えてくれると言ったのだから。 
 セリカがなぜ、そしてどうやってこんな異世界を創造したのか――?
 僕なんかをどうしてそこへ送り込んだのか――?
 真実を確かめるために、今はどんな手段を使ってもヒルダを倒すのだ。

 そう決意した途端、すべての迷いがふっきれた。
 僕は再び眠ってしまったエルスペスを背に負い、ヒルダとの最終決戦に挑むため、森の奥へ走り始めた。
 やがて木々の密度が薄くなってくる。
 空が開け、闇夜に紫色をした巨大な満月が頭上に浮かんでいるのが見えた。
 辺りは狂気ルナティックな紫の月光に満ち、以前かいだことのある甘く妖しい香り――現実世界、保健室の中に漂っていたのと同じにおいが漂い始めていた。
 どうやらヒルダが待ち構えているのは森の奥ではなく、その向こう側らしい。

 灰色の森が途切れ、木も草もない平地に出たのは、それからまもなくのことだった。
 ついに、ヒルダが待ち構える目的の地についたようだ。
 しかし――

「なんだ、これ……」

 下手な小細工はしない、一気呵成に攻めてヒルダの先手を取ってやろう!
 そう決めていたのに、突如現れた異様な光景に目を奪われ、僕の足は自然と止まってしまった。

 ヒルダが待ち構える決戦の舞台は、ちょうど古代の闘技場の遺跡のような巨大なスリ鉢状の円形広場。
 そして異様な光景、というのはそこに集まった大勢の――おそらく千名に近い不気味な観客たちの姿のことだ。
 いったいどこから来たのだろうか、彼らはほぼ全員得体の知れない悪魔や動物をかたどったマスクを被り、黒い服やローブを着て、パッと見ても顔も性別もわからない。

 広場には怪しい音楽が流れ淫靡な空気に満ち、みんな熱に浮かされたように、手には酒や肉を持ち、歌い、抱き合い、衣装を脱ぎすて、すでにそれ以上の行為に及んでいる連中すらいた。
 まるでそれは、酒池肉林の世界。悪魔の儀式か宴会場――
 伝説の魔女の集会、サバトが今まさに始まろうとしているのだ。
 
「ヒルダ……!!」

 その主催者であるヒルダは、広場の中央に、観客たちに囲まれて立っていた。
 胸が大きくはだけた漆黒のレースのドレスをまとったヒルダは、遠目でもわかるような、呪術的な宝石やゴールドのアクセサリーをこれでもかと身に付けており、相変わらず下品でエロい。
 そんなヒルダを見ても今さら、と何も感じだったが、その横に置かれたクイーンサイズのベッドに寝ているリナを見つけた瞬間、僕の胸はぎゅっと締め付けられた。

 リナはヒルダとまったく対照的な、輝くような純白のレースのドレスを着させられているが、生地は薄くスケスケに透けており、ほとんど裸と変わりない状態だ。
 好きな人が無理にそういう姿は、できれば見たくなかった。
 が、しかし、リナの髪の色が金色ブロンドのままだということは一応確認できた。
 つまりまだ魔法の薬の効果は続いていて、ヒルダにリナの正体はいまだバレていないのだろう。

「よく来たなユウトよ! 待ちわびたぞ!」

 ヒルダは余裕のある口ぶりで、不敵に笑って叫んだ。
 案の定すべては彼女が計算ずくでしたこと。
 僕は自ら進んで、ヒルダの仕掛けた罠に飛び込んだというわけだ。
 しかし、それはこちらも想定済み。
 あの禁断の秘技を使えば、すべてをひっくり返せる可能性はまだ残されている。 
 そう思うと、まだ心に余裕があった。
 ところが――次の瞬間、完全に想定外のことが起った。

「やれ!」

 ヒルダが叫んだ直後。
 首筋にゾクリ冷たい感触があった。
 そしてそれが鋭利な刃物であることは、すぐに理解できた。
  
 まさか――!

 と、思ったがもう後の祭り。
 僕の首に長いナイフを突きつけたのは、誰であろう、背中にしょった幼女、エルスペスだったのだ。
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