429 / 503
第二十六章 デュロワの包囲戦
(26)
しおりを挟む
それは誰にも止めることのできない、ほんの一瞬の出来事だった。
セフィーゼの左足を奪った『エアブレード』の風の刃は、血の飛沫をまき散らしながら地面にぶつかり、そこに五十センチほどの窪みをつくってようやく消滅した。
直後、セフィーゼはぐらりと体の均衡を崩し、その場に仰向けの状態で倒れた。
僕とクロードが駆け付けた時には後の祭り。
足からの大量の出血により貧血状態になったのか、セフィーゼはみるみる顔面を蒼白にし、意識は薄らぎ、名前を呼びかけてもほとんど反応はなかった。
元々華奢でかわいらしいルックスのセフィーゼだけに、その血まみれになって横たわる姿は、余計に悲惨で哀れに見えた。
「これは――しくじりましたね」
と、クロードが“しまった”という表情を浮かべる。
「本来ヒトは無意識下に自己保存本能をというものを備えていて、いかなる時でもこのような自傷行為はまずしないはずなのですが――」
「まずしないはず、か――」
後からやってきたアリスがセフィーゼの顔を覗き込み、冷たい口調で言った。
「しかし今回はその例外だったわけだ。つまりこの結界の内で起きたことは、セフィーゼにとってとてつもないダメージだったのだな」
「ええ、それはアリス様の仰せのとおりです」
が、クロードは大して悪びれることなく答えた。
「自分の存在を自分で否定するくらいつらいことは、おそらくこの世にはないですからね」
「クロード、ずいぶん冷静な物言いだな。だが、お前はこの落とし前をいったいどうやってつけるつもりなのだ? よいか? 私が望んだのはセフィーゼを元気で美しいままに生け捕りにすることだ。たとえ命が助かったとしても、この様子ではまったく褒められないぞ」
「その点、ご期待に添えず申し訳ございません」
頭を下げるクロードに対し、アリスが眉をひそめて言った。
「一罰百戒。先ほど申した通り、戦いがすべて終わった時にセフィーゼは法によって裁かれ必ず処断せねばならない。――とはいえこのような状態のセフィーゼに対し死刑を執行するわけにはいかぬだろう」
「はい、確かに。もしそのようなことを断行なされれば、見せしめになるどころかかえってこの少女は人々の同情を買い一族を守った悲劇の主人公、逆にアリス様が悪逆非道の王女として謗りを受けることになりかねません」
「まったく……。クロード、そこまで分かっているのなら何か案を出せ」
「アリス様、ご心労には及びません。お聞きではありませんか? 私がレーモン公爵をお救いした『リペア』という魔法のことを」
「ああ、マティアスから話は聞いた。レーモンを救ってくれたことに関してはお前に感謝している。しかし考えてみれば、セフィーゼも自ら放った魔法でレーモンと同じような傷を負って倒れるとは、何とも皮肉だな」
「ええ、ですので、セフィーゼの治癒も同じ『リペア』の魔法で行いたいと存じます。案と言うほどのことでもありませんが、それでいかがでしょうか?」
「いいだろう」
と、アリスがうなずく。
「手遅れにならないうちに頼む」
「承知しました――いや、お待ちください!」
と、そこでクロードが何か思いついたように手をポンと叩いた。
「そうだ、ちょうどよい機会だ。――ねえユウト君、君には妹を救ってくれたお礼に『リペア』の魔法を伝授する約束でしたね」
「え? まあ、そうでしたけど……」
「ならば今こそまさにその絶好の機会ではないでしょうか? 実施訓練として、是非あなたがセフィーゼの体と足を魔法でつないでやってください」
「ちょっと! そんなこといきなり無理ですよ」
唐突にお鉢が回ってきて、僕は慌てて叫んだ。
「いいえ、あなたの魔力があれば大して難しいことではありません。さあ、早くしないと本当に手遅れになりますよ。――と言ってもアリス様のおっしゃる通り、セフィーゼは反逆罪により遠からず死罪になるわけですから、たとえ今治癒に失敗してもそれほど責任を感じる必要はないのでは?」
クロードは優しく微笑みながら、またまた恐ろしいことを言う。
セフィーゼの左足を奪った『エアブレード』の風の刃は、血の飛沫をまき散らしながら地面にぶつかり、そこに五十センチほどの窪みをつくってようやく消滅した。
直後、セフィーゼはぐらりと体の均衡を崩し、その場に仰向けの状態で倒れた。
僕とクロードが駆け付けた時には後の祭り。
足からの大量の出血により貧血状態になったのか、セフィーゼはみるみる顔面を蒼白にし、意識は薄らぎ、名前を呼びかけてもほとんど反応はなかった。
元々華奢でかわいらしいルックスのセフィーゼだけに、その血まみれになって横たわる姿は、余計に悲惨で哀れに見えた。
「これは――しくじりましたね」
と、クロードが“しまった”という表情を浮かべる。
「本来ヒトは無意識下に自己保存本能をというものを備えていて、いかなる時でもこのような自傷行為はまずしないはずなのですが――」
「まずしないはず、か――」
後からやってきたアリスがセフィーゼの顔を覗き込み、冷たい口調で言った。
「しかし今回はその例外だったわけだ。つまりこの結界の内で起きたことは、セフィーゼにとってとてつもないダメージだったのだな」
「ええ、それはアリス様の仰せのとおりです」
が、クロードは大して悪びれることなく答えた。
「自分の存在を自分で否定するくらいつらいことは、おそらくこの世にはないですからね」
「クロード、ずいぶん冷静な物言いだな。だが、お前はこの落とし前をいったいどうやってつけるつもりなのだ? よいか? 私が望んだのはセフィーゼを元気で美しいままに生け捕りにすることだ。たとえ命が助かったとしても、この様子ではまったく褒められないぞ」
「その点、ご期待に添えず申し訳ございません」
頭を下げるクロードに対し、アリスが眉をひそめて言った。
「一罰百戒。先ほど申した通り、戦いがすべて終わった時にセフィーゼは法によって裁かれ必ず処断せねばならない。――とはいえこのような状態のセフィーゼに対し死刑を執行するわけにはいかぬだろう」
「はい、確かに。もしそのようなことを断行なされれば、見せしめになるどころかかえってこの少女は人々の同情を買い一族を守った悲劇の主人公、逆にアリス様が悪逆非道の王女として謗りを受けることになりかねません」
「まったく……。クロード、そこまで分かっているのなら何か案を出せ」
「アリス様、ご心労には及びません。お聞きではありませんか? 私がレーモン公爵をお救いした『リペア』という魔法のことを」
「ああ、マティアスから話は聞いた。レーモンを救ってくれたことに関してはお前に感謝している。しかし考えてみれば、セフィーゼも自ら放った魔法でレーモンと同じような傷を負って倒れるとは、何とも皮肉だな」
「ええ、ですので、セフィーゼの治癒も同じ『リペア』の魔法で行いたいと存じます。案と言うほどのことでもありませんが、それでいかがでしょうか?」
「いいだろう」
と、アリスがうなずく。
「手遅れにならないうちに頼む」
「承知しました――いや、お待ちください!」
と、そこでクロードが何か思いついたように手をポンと叩いた。
「そうだ、ちょうどよい機会だ。――ねえユウト君、君には妹を救ってくれたお礼に『リペア』の魔法を伝授する約束でしたね」
「え? まあ、そうでしたけど……」
「ならば今こそまさにその絶好の機会ではないでしょうか? 実施訓練として、是非あなたがセフィーゼの体と足を魔法でつないでやってください」
「ちょっと! そんなこといきなり無理ですよ」
唐突にお鉢が回ってきて、僕は慌てて叫んだ。
「いいえ、あなたの魔力があれば大して難しいことではありません。さあ、早くしないと本当に手遅れになりますよ。――と言ってもアリス様のおっしゃる通り、セフィーゼは反逆罪により遠からず死罪になるわけですから、たとえ今治癒に失敗してもそれほど責任を感じる必要はないのでは?」
クロードは優しく微笑みながら、またまた恐ろしいことを言う。
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる