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第二十六章 デュロワの包囲戦
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僕がはっとそれに気づいた時だった。
アリスがクロードに尋ねた。
「クロード、これはいったいどういうことか? セフィーゼのあの尋常ではない様子、お前が何か目に見えないモンスターでも呼び出したというのか?」
「いいえアリス殿下、そのような悪趣味なこと私はいたしません。それに、そんじょそこらにいるような並大抵のモンスターではあの少女にダメージを与えることはできないでしょう」
「……まあ、それはそうだろうな」
アリスがつぶやく。
「ではなぜ――?」
「アリス様、僕にはセフィーゼがなぜあんな風になってしまったのか分かります。……たぶん」
と、僕はアリスに言った。
「なんだユウト、もったいぶらずに申してみろ」
「セフィーゼが恐れおののいている対象、それは自分自身――違いますか? クロード様」
「おお!」
クロードが感心したように息をもらす。
「ユウト君、あなたは人の心が読める、大した人でね。まったくその通りです、今、セフィーゼが恐怖しているのは鏡に映った己の姿なのです」
「――???」
が、アリスはまだ僕たちの会話の内容が理解できないようだった。
そんなアリスに、クロードが説明する。
「アリス様、実は私が魔法によって構築したこの結界は、外界――醜くむごたらしい戦場とは完全に遮断された、人々が心静かに安らげる安寧の領域なのです。そして、この結界の中にひとたび入れば、たいていの人はわずかな時間で傷つき疲れた心身を癒すことができ、本来の自分を取り戻すことが可能になるのです」
いわば万能ヒーリングルームとでも表現すればよいのだろうか?
そんなものをいとも簡単に作り上げてしまうクロードは、あるいは、僕よりも魔法の能力は上なのかもしれない。
――が、アリスは余計にわけが分からなくなったらしく、首をひねりながら疑問を口にした。
「なんだと? それならなぜセフィーゼはあのようになってしまったのだ?」
「失礼ながら、いま、私が、“たいていの人”は、と申し上げたことの意味をお考えください。つまり場合によっては、この突然の平和な環境が荒みきった人の神経に害を及ぼすこともある。特にセフィーゼのような未熟で不安定な年頃の子にはなおさらです」
「どういうことだ、それは?」
「アリス様、まだお分かりになられませんか? ――聞くところによれば、セフィーゼはイーザ族の族長の大事な娘。おそらくこの戦争が始まる前までは戦いとは無縁の平穏で幸せな日々を送っていたことでしょう。ところがイーザがロードラントに反旗を翻し、セフィーゼがその旗印に掲げられたことですべてが変わってしまった。不幸にも彼女は類まれなる魔法の力を持ち合わせていたため、激しい戦闘のさなか何百何千という人をその手にかけ、瞬く間にその身を真っ赤な血で染めてしまったのです」
「その辺の事情は私もよく知ってはいるが……」
「ところがセフィーゼは、この幻影結界に包まれた途端、野を馬で駆け草原で花を摘むような心優しい少女の心を取り戻してしまった。その上で彼女は鏡に映った現在の自分――仲間から孤立し汚れきった己と正面から向き合ってしまったのです」
「ああ、分かってきたぞ……」
「ご賢察です、アリス様。その想像を絶するいびつなかけ隔てによってセフィーゼの心は大きく壊れ始めました。そんな中で、鏡に映った自分の血まみれの姿が怪物に見えても決しておかしいことではないのです。いや、むしろそうならない方が不思議なのかもしれません」
恐ろしい。
恐ろしすぎる。
このクロードという男、その結末まで予想して、この結界内にセフィーゼを閉じ込めたというのか?
しかも、ものすごい残酷なことをさらりとやってのけたのに、顔には穏やかな笑みすらたたえている。
「なるほど、そういうことだったのか。――だが、これからどうする?」
アリスもクロードに不快感を持ったのか、やや顔をしかめながら訊いた。
「このままだとセフィーゼは完全に気が狂って壊れてしまうぞ。それでは困るのだ」
「ご安心下さい。そうなる前に確実に捕えます。セフィーゼは相当疲れてきていますので、まもなくその機会が訪れるでしょう」
しかし――
ここでクロードすら、いや誰もが予期しなかったことが起った。
結界の壁――水晶の鏡の中で動く自分の姿に恐怖したセフィーゼが、そちらへ向かって呪文を唱え出したのだ。
「やだっ! こっちに来ないでって言っているでしょう! ――『エアブレード――!!』」
「これは! まずいっ!」
クロードが舌打ちした時はすでに遅かった。
猛スピードで飛ぶエアブレードの風は、結界に弾かれブーメランのようにくるりと旋回し、セフィーゼの元へ戻っていった。
「危ないっ!!」
と、僕とクロードが同時に叫び、走り出したその瞬間。
鋭い魔法の風の刃は、セフィーゼの白くほっそりとした左足を、付け根からすっぱりと切断してしまったのだ。
アリスがクロードに尋ねた。
「クロード、これはいったいどういうことか? セフィーゼのあの尋常ではない様子、お前が何か目に見えないモンスターでも呼び出したというのか?」
「いいえアリス殿下、そのような悪趣味なこと私はいたしません。それに、そんじょそこらにいるような並大抵のモンスターではあの少女にダメージを与えることはできないでしょう」
「……まあ、それはそうだろうな」
アリスがつぶやく。
「ではなぜ――?」
「アリス様、僕にはセフィーゼがなぜあんな風になってしまったのか分かります。……たぶん」
と、僕はアリスに言った。
「なんだユウト、もったいぶらずに申してみろ」
「セフィーゼが恐れおののいている対象、それは自分自身――違いますか? クロード様」
「おお!」
クロードが感心したように息をもらす。
「ユウト君、あなたは人の心が読める、大した人でね。まったくその通りです、今、セフィーゼが恐怖しているのは鏡に映った己の姿なのです」
「――???」
が、アリスはまだ僕たちの会話の内容が理解できないようだった。
そんなアリスに、クロードが説明する。
「アリス様、実は私が魔法によって構築したこの結界は、外界――醜くむごたらしい戦場とは完全に遮断された、人々が心静かに安らげる安寧の領域なのです。そして、この結界の中にひとたび入れば、たいていの人はわずかな時間で傷つき疲れた心身を癒すことができ、本来の自分を取り戻すことが可能になるのです」
いわば万能ヒーリングルームとでも表現すればよいのだろうか?
そんなものをいとも簡単に作り上げてしまうクロードは、あるいは、僕よりも魔法の能力は上なのかもしれない。
――が、アリスは余計にわけが分からなくなったらしく、首をひねりながら疑問を口にした。
「なんだと? それならなぜセフィーゼはあのようになってしまったのだ?」
「失礼ながら、いま、私が、“たいていの人”は、と申し上げたことの意味をお考えください。つまり場合によっては、この突然の平和な環境が荒みきった人の神経に害を及ぼすこともある。特にセフィーゼのような未熟で不安定な年頃の子にはなおさらです」
「どういうことだ、それは?」
「アリス様、まだお分かりになられませんか? ――聞くところによれば、セフィーゼはイーザ族の族長の大事な娘。おそらくこの戦争が始まる前までは戦いとは無縁の平穏で幸せな日々を送っていたことでしょう。ところがイーザがロードラントに反旗を翻し、セフィーゼがその旗印に掲げられたことですべてが変わってしまった。不幸にも彼女は類まれなる魔法の力を持ち合わせていたため、激しい戦闘のさなか何百何千という人をその手にかけ、瞬く間にその身を真っ赤な血で染めてしまったのです」
「その辺の事情は私もよく知ってはいるが……」
「ところがセフィーゼは、この幻影結界に包まれた途端、野を馬で駆け草原で花を摘むような心優しい少女の心を取り戻してしまった。その上で彼女は鏡に映った現在の自分――仲間から孤立し汚れきった己と正面から向き合ってしまったのです」
「ああ、分かってきたぞ……」
「ご賢察です、アリス様。その想像を絶するいびつなかけ隔てによってセフィーゼの心は大きく壊れ始めました。そんな中で、鏡に映った自分の血まみれの姿が怪物に見えても決しておかしいことではないのです。いや、むしろそうならない方が不思議なのかもしれません」
恐ろしい。
恐ろしすぎる。
このクロードという男、その結末まで予想して、この結界内にセフィーゼを閉じ込めたというのか?
しかも、ものすごい残酷なことをさらりとやってのけたのに、顔には穏やかな笑みすらたたえている。
「なるほど、そういうことだったのか。――だが、これからどうする?」
アリスもクロードに不快感を持ったのか、やや顔をしかめながら訊いた。
「このままだとセフィーゼは完全に気が狂って壊れてしまうぞ。それでは困るのだ」
「ご安心下さい。そうなる前に確実に捕えます。セフィーゼは相当疲れてきていますので、まもなくその機会が訪れるでしょう」
しかし――
ここでクロードすら、いや誰もが予期しなかったことが起った。
結界の壁――水晶の鏡の中で動く自分の姿に恐怖したセフィーゼが、そちらへ向かって呪文を唱え出したのだ。
「やだっ! こっちに来ないでって言っているでしょう! ――『エアブレード――!!』」
「これは! まずいっ!」
クロードが舌打ちした時はすでに遅かった。
猛スピードで飛ぶエアブレードの風は、結界に弾かれブーメランのようにくるりと旋回し、セフィーゼの元へ戻っていった。
「危ないっ!!」
と、僕とクロードが同時に叫び、走り出したその瞬間。
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