上 下
279 / 503
第十九章 再会

(13)

しおりを挟む
 ティルファは暖色系の部屋の中央に置かれたベッドに横になっていた。
 が、その姿は悲惨の一言に尽きる。
 元は美しかったであろう長い茶の髪はボサボサ、顔はやつれ土気色をしており、目の焦点はまったく定まっていない。
 見るからに重病人、といった感じだ。

 しかし体の傷は昼間に僕が魔法で完全に治したはず。
 つまり、ティルファのこの症状はすべて心因性によるものなのだ。

「ティルファ、どうした! なぜ私を怖がる? 私のことがわからないのか?」

 ティルファの様子にショックを受けたアリスが、さらにベッドに近寄ろうとする。

 ところが――

「キャアアアーーーー」

 ティルファは再び悲鳴をあげ、ベッドの上で激しく暴れ出した。
 下手をすれば床に転がり落ちてしまいそうだ。

「仕方ないわね……」

 男爵が大きなため息をつき、部屋の中で控えていた、これまた美しい二人の侍女に言い付けた。

「リゼットにロゼット。あなたたち、その子ティルファの体を押さえて」

 命を受けた侍女、リゼットとロゼットが、「かしこまりました」と言ってベッドの両側に回り、手を伸ばしてティルファの体を押さえつけた。

 が、それでもティルファは「うーうー」唸りながら暴れ続けている。

「なぜだ……ティルファに何があったのだ」
 アリスは信じられない、といった表情を浮かべている。

「おそらくは」
 と、シスターマリアが悄然しょうぜんとして立ちつくすアリスに言った。
「アリス様のご格好が原因かと。お召しになっているその鎧がティルファ様に血生臭いいくさを思い起こさせたのでしょう」

「しかし、ティルファは私の古い友人だぞ! 鎧を着ているぐらいで……」

「ですからアリス様のことを認識できなくなるほど、ティルファ様のお心は深く傷つき病んでしまわれたのです。しかも時間が経つにつれ、その症状はより重くなっていくように見受けられます」

「わかって、アリス様?」
 男爵はほら見なさい、と言わんばかりだ。
「これもまた戦争によって起きた悲劇の別の側面よ。そして同じようなケースは本当に腐るほどあるわ。それでもまだ命が助かっただけよかったもしれない。生きてさえいれば、いずれは回復して元気にやり直せる可能性だってあるんだもの」

「………………」

 アリスの口からはそれ以上言葉が出なかった。
 黙って唇を噛んでいる。

 芯の強い強靭きょうじんな精神力の持ち主であるアリスだが、ひびの入った薄板ガラスのようなティルファのもろい心を少しは理解できたのだろうか。

「とにかくこういう時は、ゆっくり休むことが大事なのよ!」
 男爵が優しく言う。
「でもねぇ彼女ティルファ、神経が立ってまったく眠れないみたいだったから、わざわざこんな夜更けに馬を飛ばし薬を取り寄せたってわけ。――シスター、早くその薬をティルファに飲ませてあげて。今夜一晩ぐらいならぐっすり眠れると思うわ」

「お心遣い感謝いたします、男爵様」

 シスターマリアはそう言ってからベッドの側により、コップに注いだ水をサイドテーブルから取って、ティルファの口元に白い丸薬を運んだ。

「さあティルファ様、お薬ですよ。お水と一緒に飲んで下さいね」

 しかしティルファは(イヤイヤ)という風に首を大きく振り、その丸薬を飲もうともしない。  
 それどころか、いっそう激しく暴れ出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

突然だけど、空間魔法を頼りに生き延びます

ももがぶ
ファンタジー
俺、空田広志(そらたひろし)23歳。 何故だか気が付けば、見も知らぬ世界に立っていた。 何故、そんなことが分かるかと言えば、自分の目の前には木の棒……棍棒だろうか、それを握りしめた緑色の醜悪な小人っぽい何か三体に囲まれていたからだ。 それに俺は少し前までコンビニに立ち寄っていたのだから、こんな何もない平原であるハズがない。 そして振り返ってもさっきまでいたはずのコンビニも見えないし、建物どころかアスファルトの道路も街灯も何も見えない。 見えるのは俺を取り囲む醜悪な小人三体と、遠くに森の様な木々が見えるだけだ。 「えっと、とりあえずどうにかしないと多分……死んじゃうよね。でも、どうすれば?」 にじり寄ってくる三体の何かを警戒しながら、どうにかこの場を切り抜けたいと考えるが、手元には武器になりそうな物はなく、持っているコンビニの袋の中は発泡酒三本とツナマヨと梅干しのおにぎり、後はポテサラだけだ。 「こりゃ、詰みだな」と思っていると「待てよ、ここが異世界なら……」とある期待が沸き上がる。 「何もしないよりは……」と考え「ステータス!」と呟けば、目の前に半透明のボードが現れ、そこには自分の名前と性別、年齢、HPなどが表記され、最後には『空間魔法Lv1』『次元の隙間からこぼれ落ちた者』と記載されていた。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...