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第41話 映画

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 映画のチケットは、朝電話したあと、綾人がネット販売で取っててくれた。
 だから、窓口に並ばなくても、発券機でスムーズに観られる。
 ピークは過ぎた映画だし、平日だったことも手伝って、映画館は四割くらいの入りだった。

「ほら、四季。ポップコーン売ってるぞ。キャラメル味が美味しいらしい」

 綾人が人気のキャラメル味を推すけど、甘いの全部乗せを食べたばかりの俺は、流石にもう甘いのはご免だった。

「俺、バター醤油味」

「では、それのラージを買って、二人で食べよう」

「うん」

 敢えて一番後ろの一番端っこに座席を取ったのは、他人に邪魔される事なく、二人きりで映画を楽しみたいかららしい。俺もそれには賛成だった。
 館内が暗くなる。初めは予告編だけど、映画の始まる合図だった。

 不意に画面が真っ黒になり、ドラムのビートが印象的な音楽が流れ始めた。
 真っ黒から、カメラが引いて行くと、それは華奢な人物の後頭部だった事が分かる。
 モノクロ映像だった。

 パッパッと、サブリミナル効果みたいに、その人物の一部を切り取った映像が連続する。
 指、耳、素足、短いTシャツから覗くへそ。最後に映ったのは、そこだけ真っ赤な唇。最初に見た後ろ姿は少年のようだったから、凄く違和感のある、強烈に印象に残る映像だった。
 シーンが変わって、音楽はやみ、カラー映像になる。

『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』

 あ、シィ! 中年男に組み敷かれて、燃えるような憎しみの目をして睨んでる。
 シーンが変わる。

『ヨウ、大好き』

『俺も、ツキの事、大好きだよ。俺がツキを守る』

 蔦の絡まる天然の樹木のテントの中で、二人の幼い少年が笑い合う。
 最初のモノクロ映像に映ってたのが『ツキ』で、シィが『ヨウ』。
 また、シーンが変わる。

『ねえ、アタシを、買って? 幾らでも良いの。アタシに、値段をつけて欲しいの』

 妖艶に化粧をした『ツキ』が、肌を晒して若い男に抱かれる様が艶(なま)めかしい。
 アタシ、って言ってるよな。男なのか、女なのか分からない。魅力的だけど。
 また、シーンが変わる。

『こんなっ……こんなドレス、ボクは嫌だ!』

『アンタなんか、ずっと目を覚まさなければ良いのに!』

『出てけっ!』

『殺してやる!』

 確かに二人の人物が言い争っているのに、スクリーンには一人しか映っていない。
 『ツキ』が、着ている胸元の大きく開いた赤いドレスを破こうとしたり、自分で自分の首を締めたりする、戦慄の光景だった。
 最後に、血塗れのナイフを握り締めた手だけが映る。

『さよなら。"アタシ"……』

 暗転して、タイトルが出る。『ボクとアタシの秘密の蜜月』。
 凄い。面白そうだ。シィも出てるし、主役も色っぽい。
 また、観に来よう。綾人と二人で。
 心の中でそう思って、今の幸せを噛み締めた。

 本編が始まる。
 『狼少年と暁の姫君』は、少年誌で連載してる、アクションと恋愛ものが融合した物語だ。
 毎日、身動ぐのも激痛なほどの傷を負いながら、一人の少年兵が姫君に、「貴方のお陰で、この国は平和です」と優しい嘘を吐く。
 でも嘘がバレて姫君は嘆き悲しみ、側近たちは少年兵を処刑しようとする。
 ところが姫君はそれを止め、少年兵に「私に剣を教えてください」と頼み、共に戦場で戦うようになる。
 この少年兵役が、シィだ。凄い。主役だ。

 でも漫画で読んだから話は知ってる筈なのに、内容はちっとも頭に入ってこなかった。
 俺が抱えてるポップコーンを綾人が手探りで食べようとして、二の腕や胸の辺りに、何回もタッチされるからだ。
 特に、ピンポイントに乳首に指が触れた時なんかは、ビクッと肩が跳ねてしまう。
 綾人は映画に集中してて、気付いてない。
 俺はさり気なく箱ごと綾人に差し出して、持ってくれるよう頼み、何とか声を漏らさずに済んだ。

 映画を観終わったら、デートは終わりだと思ってた。
 だけど綾人は、俺と指を絡めると、駅とは逆方向に向かって歩き出した。

「綾人? そっちじゃねぇぞ?」

「良いんだ」

 あとを着いていくと、見覚えのある黒い高級車が、路肩に停まってた。

「四季。俺も行きたい場所があるんだ。付き合ってくれるか?」

「うん。良いけど」

 軽い気持ちでそう言って、俺は革張りの助手席に乗り込んだ。
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