37 / 47
第36話 屋上
しおりを挟む
――コン、コン。
副理事長室の重厚なドアを、形ばかりノックして、俺は開けた。形ばかりになってしまうのは、ドアが立派すぎて、返事が聞こえないからだ。
不意に目の前に広がった光景を目にして、心臓が物理的に痛かった。
横向きにした例のフカフカ倚子に綾人が座り、その上に向かい合い、華那が跨がってたからだ。
「あ……ん、少年、ドア閉めなさいよ」
二十歳とは思えないほど妖艶に、ミニスカートの腰をくねらせながら、華那が吐息混じりに言う。
俺は反論する術を持たず、言葉通りにドアを閉めた。
華那が、可笑しそうに嗤う。
「別に、回れ右してドア閉めても、良かったのよ? 少年は、人のを見るのが好きなのかしら」
そう言われて、確かにそうだと俺は頬を火照らせる。
ただ、綾人と話したい一心だった。でも、綾人はシニカルに切って捨てる。
「言った筈だ。これ以上、私に付きまとうなと」
「あん、綾人、ここ」
気を散らした綾人を責めるように、華那がその男臭い大きな掌を掴んで、箙の上からでもツンと尖っているのが分かる、乳首に導く。
綾人は舌を突き出し、布越しにそこを舐めながら激しく揉んだ。
「あ・ぁんっ・イイ、綾人……早く、貴方の太くて大きいの、ちょうだい」
「ああ」
華那が、大胆に綾人のスラックスのジッパーを下ろす。下着もずらすと、萎えていても平均より遥かに大きくて太い雄が現れた。
ところがそこは、充分に前戯をした様子なのに、ピクリとも反応していなかった。
「綾人? どうしたの?」
華那の口調が険しくなる。当たり前のように、綾人が言った。
「ああ、今日は調子が悪いようだな。私は、インポテンツなんだ」
瞬間、サッと華那の頬に朱が差した。恥じらいではなく、怒りに。
「インポ!? 華那をその気にさせといて、挿れられないってどういう事!?」
「私と結婚するなら、それくらい我慢出来るだろう?」
淡々と語る綾人と、ヒステリックに叫ぶ華那の痴話喧嘩を、呆然と見ていることしか出来なかった。
「早漏なのは二百歩くらい譲って許したけど、インポなんて耐えられない! 華那のこと、愛してないの!?」
「勿論、愛している。生まれた時からな。だけど、どうにも出来ない問題というのは、どんなカップルでも抱えているものだ。インポで早漏な私でも、華那は愛してくれるだろう?」
内容と、重厚な口調が、まるで喜劇だった。笑えないけど。
「もう我慢出来ない! 大きいだけで、下手だし早いし、おまけにインポだし、そんなひとと結婚するかと思うと、ゾッとする!」
「華那、愛している。二人で問題を乗り越えよう」
熱烈に綾人が愛を囁く。
俺はとうとう見てられなくなって、部屋を飛び出した。
発情期の不安定で、涙が走る風を受け、後ろに飛び去っていく。
屋上を目指した。シィは保健室に戻ったのか、誰も居ない。
俺は膝を抱えて、誰も居ないのをいい事に、声を上げて泣きじゃくった。
「うっ、うぇっ、うぇぇん……」
三分くらい、俺はずっと声を上げていた。
――キィィ……。
その時、屋上の鉄のドアが、微かに軋む音がした。
「……シィ?」
「四季!」
綾人だった。信じられない出来事に、俺は頬を涙で濡らしたまま、顔を上げて固まった。あまりの驚きに、涙も引っ込んでしまった。
「四季、すまなかった」
「……んで……」
「ん?」
「何で、謝んだよ! インポで華那に嫌われたから、キープしといた俺に鞍替えって訳か!?」
キツく綾人を睨み付けて、怒鳴る。
だけど綾人は対照的に、静かに話し始めた。
「全部、芝居だ。理事長に、会っただろう? あの人の描いた絵だ」
そう言えば、理事長に、何があっても綾人を諦めないかって、言われた。
俺は尻窄みに怒りが立ち消え、ただ呆然と綾人の静かな声を聞く。
「四季に言ったら、お前は嘘が吐けないから、バレる可能性が高かった。理事長に相談して、事を穏便に済ませる為の作戦だった」
「……森田グループとの、取り引きの為?」
「それもあるが、華那は思い込みが激しい。こちらから嫌いにさせるように持っていかないと、四季の身に危険が及ぶ」
「綾人……」
「何もかもを守る為の作戦だった。……隣に座っても、良いか?」
「こんな地べたに座ったら、スーツが汚れるぜ」
「構わない。お前の側に行きたい。四季」
幾ら抑制剤を飲んでいても、愛しい人に名前を呼ばれると、背筋がゾクリとするのを止められない。
綾人は、膝を抱えた俺の隣に、足を投げ出して座った。
「あー……懐かしいな。高校の頃、よく屋上でサボってた」
「綾人が?」
思わず訊いてしまう。
「ああ。勉強は嫌いだった。要領が良かっただけだ。テストの時だけ、一夜漬けして。あとは、恵まれた人間関係で、小鳥遊まできた。……四季」
「ん?」
「俺がインポで早漏だっていうのも、芝居だから、心配するな」
和やかな雰囲気に場違いな事を言われ、俺は絶句する。
「ほら」
固まってる内に、手首を取られて綾人の分身に押し当てられる。
そこは昨日みたいに、カチカチに勃ち上がってた。
「だけど同意の元でも、十八歳未満と性行為をしたら、捕まってしまう。昨日は、すまなかった」
俺は、色々あって、忘れていた重要なことを思い出した。
「……綾人……俺、今日、誕生日。十八の」
綾人の目が、驚いて眇められた。
次の瞬間、もどかしげに銀縁眼鏡が外されて、コンクリートにカシャンと投げ出される。
俺の綾人。インテリ眼鏡より、ワイルドな風貌が好き。
「四季……!」
両手首を掴まれ、押し倒された。
秋晴れの陽射しで、背中に当たったコンクリートは、少し熱かった。
副理事長室の重厚なドアを、形ばかりノックして、俺は開けた。形ばかりになってしまうのは、ドアが立派すぎて、返事が聞こえないからだ。
不意に目の前に広がった光景を目にして、心臓が物理的に痛かった。
横向きにした例のフカフカ倚子に綾人が座り、その上に向かい合い、華那が跨がってたからだ。
「あ……ん、少年、ドア閉めなさいよ」
二十歳とは思えないほど妖艶に、ミニスカートの腰をくねらせながら、華那が吐息混じりに言う。
俺は反論する術を持たず、言葉通りにドアを閉めた。
華那が、可笑しそうに嗤う。
「別に、回れ右してドア閉めても、良かったのよ? 少年は、人のを見るのが好きなのかしら」
そう言われて、確かにそうだと俺は頬を火照らせる。
ただ、綾人と話したい一心だった。でも、綾人はシニカルに切って捨てる。
「言った筈だ。これ以上、私に付きまとうなと」
「あん、綾人、ここ」
気を散らした綾人を責めるように、華那がその男臭い大きな掌を掴んで、箙の上からでもツンと尖っているのが分かる、乳首に導く。
綾人は舌を突き出し、布越しにそこを舐めながら激しく揉んだ。
「あ・ぁんっ・イイ、綾人……早く、貴方の太くて大きいの、ちょうだい」
「ああ」
華那が、大胆に綾人のスラックスのジッパーを下ろす。下着もずらすと、萎えていても平均より遥かに大きくて太い雄が現れた。
ところがそこは、充分に前戯をした様子なのに、ピクリとも反応していなかった。
「綾人? どうしたの?」
華那の口調が険しくなる。当たり前のように、綾人が言った。
「ああ、今日は調子が悪いようだな。私は、インポテンツなんだ」
瞬間、サッと華那の頬に朱が差した。恥じらいではなく、怒りに。
「インポ!? 華那をその気にさせといて、挿れられないってどういう事!?」
「私と結婚するなら、それくらい我慢出来るだろう?」
淡々と語る綾人と、ヒステリックに叫ぶ華那の痴話喧嘩を、呆然と見ていることしか出来なかった。
「早漏なのは二百歩くらい譲って許したけど、インポなんて耐えられない! 華那のこと、愛してないの!?」
「勿論、愛している。生まれた時からな。だけど、どうにも出来ない問題というのは、どんなカップルでも抱えているものだ。インポで早漏な私でも、華那は愛してくれるだろう?」
内容と、重厚な口調が、まるで喜劇だった。笑えないけど。
「もう我慢出来ない! 大きいだけで、下手だし早いし、おまけにインポだし、そんなひとと結婚するかと思うと、ゾッとする!」
「華那、愛している。二人で問題を乗り越えよう」
熱烈に綾人が愛を囁く。
俺はとうとう見てられなくなって、部屋を飛び出した。
発情期の不安定で、涙が走る風を受け、後ろに飛び去っていく。
屋上を目指した。シィは保健室に戻ったのか、誰も居ない。
俺は膝を抱えて、誰も居ないのをいい事に、声を上げて泣きじゃくった。
「うっ、うぇっ、うぇぇん……」
三分くらい、俺はずっと声を上げていた。
――キィィ……。
その時、屋上の鉄のドアが、微かに軋む音がした。
「……シィ?」
「四季!」
綾人だった。信じられない出来事に、俺は頬を涙で濡らしたまま、顔を上げて固まった。あまりの驚きに、涙も引っ込んでしまった。
「四季、すまなかった」
「……んで……」
「ん?」
「何で、謝んだよ! インポで華那に嫌われたから、キープしといた俺に鞍替えって訳か!?」
キツく綾人を睨み付けて、怒鳴る。
だけど綾人は対照的に、静かに話し始めた。
「全部、芝居だ。理事長に、会っただろう? あの人の描いた絵だ」
そう言えば、理事長に、何があっても綾人を諦めないかって、言われた。
俺は尻窄みに怒りが立ち消え、ただ呆然と綾人の静かな声を聞く。
「四季に言ったら、お前は嘘が吐けないから、バレる可能性が高かった。理事長に相談して、事を穏便に済ませる為の作戦だった」
「……森田グループとの、取り引きの為?」
「それもあるが、華那は思い込みが激しい。こちらから嫌いにさせるように持っていかないと、四季の身に危険が及ぶ」
「綾人……」
「何もかもを守る為の作戦だった。……隣に座っても、良いか?」
「こんな地べたに座ったら、スーツが汚れるぜ」
「構わない。お前の側に行きたい。四季」
幾ら抑制剤を飲んでいても、愛しい人に名前を呼ばれると、背筋がゾクリとするのを止められない。
綾人は、膝を抱えた俺の隣に、足を投げ出して座った。
「あー……懐かしいな。高校の頃、よく屋上でサボってた」
「綾人が?」
思わず訊いてしまう。
「ああ。勉強は嫌いだった。要領が良かっただけだ。テストの時だけ、一夜漬けして。あとは、恵まれた人間関係で、小鳥遊まできた。……四季」
「ん?」
「俺がインポで早漏だっていうのも、芝居だから、心配するな」
和やかな雰囲気に場違いな事を言われ、俺は絶句する。
「ほら」
固まってる内に、手首を取られて綾人の分身に押し当てられる。
そこは昨日みたいに、カチカチに勃ち上がってた。
「だけど同意の元でも、十八歳未満と性行為をしたら、捕まってしまう。昨日は、すまなかった」
俺は、色々あって、忘れていた重要なことを思い出した。
「……綾人……俺、今日、誕生日。十八の」
綾人の目が、驚いて眇められた。
次の瞬間、もどかしげに銀縁眼鏡が外されて、コンクリートにカシャンと投げ出される。
俺の綾人。インテリ眼鏡より、ワイルドな風貌が好き。
「四季……!」
両手首を掴まれ、押し倒された。
秋晴れの陽射しで、背中に当たったコンクリートは、少し熱かった。
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
これがおれの運命なら
やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。
※オメガバース。Ωに厳しめの世界。
※性的表現あり。
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる
沖田弥子
BL
大須賀伯爵家の庭師である澪は、秘かに御曹司の晃久に憧れを抱いている。幼なじみの晃久に子どもの頃、花嫁になれと告げられたことが胸の奥に刻まれているからだ。しかし愛人の子である澪は日陰の身で、晃久は正妻の嫡男。異母兄弟で男同士なので叶わぬ夢と諦めていた。ある日、突然の体の疼きを感じた澪は、ふとしたことから晃久に抱かれてしまう。医師の長沢から、澪はオメガであり妊娠可能な体だと知らされて衝撃を受ける。オメガの運命と晃久への想いに揺れるが、パーティーで晃久に婚約者がいると知らされて――◆BL合戦夏の陣・ダリア文庫賞最終候補作品。◆スピンオフ「椿小路公爵家の秘めごと」椿小路公爵家の唯一の嫡男である安珠は、自身がオメガと知り苦悩していた。ある夜、自慰を行っている最中に下男の鴇に発見されて――
成り行き番の溺愛生活
アオ
BL
タイトルそのままです
成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です
始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください
オメガバースで独自の設定があるかもです
27歳×16歳のカップルです
この小説の世界では法律上大丈夫です オメガバの世界だからね
それでもよければ読んでくださるとうれしいです
【R18】騎士団寮のシングルファザー
古森きり
BL
妻と離婚し、彼女を見送り駅から帰路の途中、突然突っ込んできた車に死を覚悟した悠来。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、悠来の奮闘が今、始まる!
小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】にも掲載しています。
※『騎士団寮のシングルマザー』と大筋の流れは同じですが元旦那が一緒に召喚されていたら、のIFの世界。
これだけでも読めます。
※R指定は後半の予定。『*』マークが付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる