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第36話 屋上

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 ――コン、コン。

 副理事長室の重厚なドアを、形ばかりノックして、俺は開けた。形ばかりになってしまうのは、ドアが立派すぎて、返事が聞こえないからだ。
 不意に目の前に広がった光景を目にして、心臓が物理的に痛かった。
 横向きにした例のフカフカ倚子に綾人が座り、その上に向かい合い、華那が跨がってたからだ。
 
「あ……ん、少年、ドア閉めなさいよ」

 二十歳とは思えないほど妖艶に、ミニスカートの腰をくねらせながら、華那が吐息混じりに言う。
 俺は反論する術を持たず、言葉通りにドアを閉めた。
 華那が、可笑しそうに嗤う。

「別に、回れ右してドア閉めても、良かったのよ? 少年は、人のを見るのが好きなのかしら」

 そう言われて、確かにそうだと俺は頬を火照らせる。
 ただ、綾人と話したい一心だった。でも、綾人はシニカルに切って捨てる。

「言った筈だ。これ以上、私に付きまとうなと」

「あん、綾人、ここ」

 気を散らした綾人を責めるように、華那がその男臭い大きな掌を掴んで、箙の上からでもツンと尖っているのが分かる、乳首に導く。
 綾人は舌を突き出し、布越しにそこを舐めながら激しく揉んだ。

「あ・ぁんっ・イイ、綾人……早く、貴方の太くて大きいの、ちょうだい」

「ああ」

 華那が、大胆に綾人のスラックスのジッパーを下ろす。下着もずらすと、萎えていても平均より遥かに大きくて太い雄が現れた。
 ところがそこは、充分に前戯をした様子なのに、ピクリとも反応していなかった。

「綾人? どうしたの?」

 華那の口調が険しくなる。当たり前のように、綾人が言った。

「ああ、今日は調子が悪いようだな。私は、インポテンツなんだ」

 瞬間、サッと華那の頬に朱が差した。恥じらいではなく、怒りに。

「インポ!? 華那をその気にさせといて、挿れられないってどういう事!?」

「私と結婚するなら、それくらい我慢出来るだろう?」

 淡々と語る綾人と、ヒステリックに叫ぶ華那の痴話喧嘩を、呆然と見ていることしか出来なかった。

「早漏なのは二百歩くらい譲って許したけど、インポなんて耐えられない! 華那のこと、愛してないの!?」

「勿論、愛している。生まれた時からな。だけど、どうにも出来ない問題というのは、どんなカップルでも抱えているものだ。インポで早漏な私でも、華那は愛してくれるだろう?」

 内容と、重厚な口調が、まるで喜劇だった。笑えないけど。

「もう我慢出来ない! 大きいだけで、下手だし早いし、おまけにインポだし、そんなひとと結婚するかと思うと、ゾッとする!」

「華那、愛している。二人で問題を乗り越えよう」

 熱烈に綾人が愛を囁く。
 俺はとうとう見てられなくなって、部屋を飛び出した。
 発情期の不安定で、涙が走る風を受け、後ろに飛び去っていく。
 屋上を目指した。シィは保健室に戻ったのか、誰も居ない。
 俺は膝を抱えて、誰も居ないのをいい事に、声を上げて泣きじゃくった。

「うっ、うぇっ、うぇぇん……」

 三分くらい、俺はずっと声を上げていた。

 ――キィィ……。

 その時、屋上の鉄のドアが、微かに軋む音がした。
 
「……シィ?」

「四季!」

 綾人だった。信じられない出来事に、俺は頬を涙で濡らしたまま、顔を上げて固まった。あまりの驚きに、涙も引っ込んでしまった。

「四季、すまなかった」

「……んで……」

「ん?」

「何で、謝んだよ! インポで華那に嫌われたから、キープしといた俺に鞍替えって訳か!?」

 キツく綾人を睨み付けて、怒鳴る。
 だけど綾人は対照的に、静かに話し始めた。

「全部、芝居だ。理事長に、会っただろう? あの人の描いた絵だ」

 そう言えば、理事長に、何があっても綾人を諦めないかって、言われた。
 俺は尻窄みに怒りが立ち消え、ただ呆然と綾人の静かな声を聞く。

「四季に言ったら、お前は嘘が吐けないから、バレる可能性が高かった。理事長に相談して、事を穏便に済ませる為の作戦だった」

「……森田グループとの、取り引きの為?」

「それもあるが、華那は思い込みが激しい。こちらから嫌いにさせるように持っていかないと、四季の身に危険が及ぶ」

「綾人……」

「何もかもを守る為の作戦だった。……隣に座っても、良いか?」

「こんな地べたに座ったら、スーツが汚れるぜ」

「構わない。お前の側に行きたい。四季」

 幾ら抑制剤を飲んでいても、愛しい人に名前を呼ばれると、背筋がゾクリとするのを止められない。
 綾人は、膝を抱えた俺の隣に、足を投げ出して座った。

「あー……懐かしいな。高校の頃、よく屋上でサボってた」

「綾人が?」

 思わず訊いてしまう。

「ああ。勉強は嫌いだった。要領が良かっただけだ。テストの時だけ、一夜漬けして。あとは、恵まれた人間関係で、小鳥遊まできた。……四季」

「ん?」

「俺がインポで早漏だっていうのも、芝居だから、心配するな」

 和やかな雰囲気に場違いな事を言われ、俺は絶句する。

「ほら」

 固まってる内に、手首を取られて綾人の分身に押し当てられる。
 そこは昨日みたいに、カチカチに勃ち上がってた。

「だけど同意の元でも、十八歳未満と性行為をしたら、捕まってしまう。昨日は、すまなかった」

 俺は、色々あって、忘れていた重要なことを思い出した。

「……綾人……俺、今日、誕生日。十八の」

 綾人の目が、驚いて眇められた。
 次の瞬間、もどかしげに銀縁眼鏡が外されて、コンクリートにカシャンと投げ出される。 
 俺の綾人。インテリ眼鏡より、ワイルドな風貌が好き。

「四季……!」

 両手首を掴まれ、押し倒された。
 秋晴れの陽射しで、背中に当たったコンクリートは、少し熱かった。
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