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第28話 ラブホテル

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「四季くん? 何かあった?」

 部活に戻ったら、ミッキーが訊いてきた。部長をやるだけあって、人の感情の機微に敏感だ。

「や。ちょっと。面倒臭い書類関係を、書いたから」

「そう。何だか、怒ってるように見えた」

 それからまた俺は、ミッキー相手に、一心不乱に『小手返し』を練習した。
 部活が終わる頃には、理事長への不機嫌なんか忘れていた。

    *    *    *

 帰り道、歩道の横に白いセダンが停まってた。
 気にする事なく、俺は気怠く通り過ぎる。

「四季」

 だけど懐かしい声がして、俺は弾かれたように振り返った。
 細く開いたスモークガラスからは、綾人の眼鏡のないワイルドな目元が覗いてた。

「綾人!」

 駆け寄るのに合わせてドアが開かれ、俺は転がり込むように車内に入る。ドアが素早く閉められた。

「綾人、会いたかった……!」

「四季、俺もだ」

 俺たちは固く抱き合った後、情熱的に口付けを交わす。舌を絡めて唾液を注ぎ込まれると、いつものほろ苦い味と共に、微かに甘ったるい香りがした。
 だけどその香りが何だろうと思う間もなく、脳裏に特別授業のショッキングな光景が蘇る。
 追い縋ってくる唇から退いて、俺は綾人に訴えた。

「綾人、煙草、やめてくれ」

「え?」

 突然の願いに、綾人がポカンと口を開ける。

「どうした、いきなり」

「こないだ、特別授業で、煙草の有害性ってのを習ったんだ。綾人が肺ガンになって死ぬのなんて、俺ぜってぇ嫌だ!」

 真剣に見上げて言うと、綾人はふっと遠くを見るような目をして笑った。
 
「ああ。あの実験か。ミミズだろう?」

「そうだ」

「懐かしいな。あれを見た直後は、俺も絶対煙草なんか吸うもんかと思ったが」

「だから、今すぐやめてくれ」

「そうだな……」

 綾人は、ちょっと困ったように整った眉を寄せてたけど、やがて俺の後ろ髪を撫でながら呟いた。

「確かに、子供が出来たら、煙草は吸えないな。分かった。やめる」

「えっ……」

 俺は綾人が心配な一心だったけど、綾人は、俺たちの子供のことまで考えてんだ。子供が出来るってことは、つまり……。
 余計な事まで考えてしまって、頬が熱くなる。

「四季」

「ん?」

「お前と子供を作りたい。それを信じていて欲しい」

「う、うん……」

 俺は気恥ずかしさに俯く。
 だけど綾人は、何だか罪悪感を滲ませて、ただ俺を強く抱き締めた。

「別れるつもりだったが……ハシユカの写真で、俺が我慢出来なくなった。これは、俺のエゴだ。許してくれ、四季。許してくれ……」

「ちょ……綾人、苦しい」

 キツい抱擁に身動ぐと、腕の力を緩めて、それでも綾人は繰り返した。

「許してくれ……」

 この時は、その言葉が何を意味するのか分からなかった。
 しばらく俺に頬擦りして、綾人は身を離した。

「すまない、四季。事情があって送れない。ここで降りてくれ」

「ああ、良いけどよ」

 ふと言葉が口を突いた。

「綾人、大丈夫か?」

 無意識に出た言葉だった。

「大丈夫……ではないかもしれない。ただ、愛している、四季」

 その『愛してる』は、血を吐くような、静かな叫びに聞こえた。俺は重ねて事情を訊こうと思ったけど、綾人が会話を断ち切った。

「降りろ」

「うん。綾人……」

 意を決して言った。

「愛してる」

 片目が眇められて、俺の好きな表情の筈なのに、まるで泣きそうな歪み方に見えた。

「ああ、俺も愛している。お前だけを」

 そう言って、ドアが閉まった。走り去る白いセダンを、俺は見えなくなるまで見送った。

    *    *    *

 マンションに帰ると、俺宛ての手紙がきてた。茶色い封筒に、筆跡を隠すような四角ばった文字。裏返すと、差出し人名はなかった。よく見れば、切手も貼ってない。誰かが直接、俺のウチのポストに入れたんだ。
 嫌な予感が、また騒ぎ出す。見ちゃいけないような気がしたけど、俺は部屋に入って封を切った。
 中から出てきたのは、華那と肩を並べて歩く、綾人の写真だった。連写したのか、何枚も、何枚も。
 最後の写真は、二人が寄り添うようにして、いわゆるラブホテルの入り口へと消えていく写真だった。
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