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第27話 理事長
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それから三日後、部活をしていたら、不意に校内放送で俺の名前が出た。係長の声だった。
『三年C組の、乾四季くん。職員室、担任のところに来てください』
道着のまま職員室に行くと、思いもかけないことを言われた。
「ああ、四季くん。副理事長が、君の転校手続きの不備を見付けたそうだ。直接話すから、副理事長室に来るように、とのことだよ」
綾人と会える! 俺は、思わず目を輝かせた。そんな俺を見て、係長は朗らかに言った。
「副理事長と君は、仲が良いんだね」
「あっ……いえ」
「安心しなさい、幾ら副理事長のお気に入りでも、えこひいきはなしだよ。隠さなくても良いんだよ」
ホントは色んなことを隠してるけど、俺は不自然にならないように気を付けて、返事した。
「はい」
* * *
早足で副理事長室への渡り廊下を通って、急ぐ。
ノックをして、返事も待たずにドアを開けた。
「綾人……」
「名前は、ドアを閉めてから呼びなさい」
「えっ……」
俺はビックリして、棒立ちになった。
木製の高級デスクには、見た事のないオールバックの三十代の男が座っていた。
「ドアを閉めなさい」
その言葉には、有無を言わせぬ重みがあった。
言葉通り、静かにドアを閉める。
「ここに来なさい」
「あの……誰ですか? 俺は、副理事長に呼ばれたんですけど」
「私は、理事長の小鳥遊創(たかなしはじめ)だ。滅多に顔を出さない私の名前でなんか呼び出したら、君は注目を集める。だから、日向くんの名前で呼び出させて貰った。ここに来なさい」
「はぁ……」
何だろう。嫌な予感がした。
示された、デスクの前に立つ。
「転校手続きの書類のひとつに、空欄があった。ここに名前と住所などを書くように」
雑多に書類が広げられている一箇所を差されると、確かに空欄があった。
俺はそこに、必要事項を書いていく。
ものの一分で空欄は埋まった。
「書類上の不備は、以上だ。後は、個人的な話になる」
理事長と名乗った男が、足を組んでいた姿勢から、前のめりになってデスクの上で指を組む。
空気が真剣なものに変わって、思わず俺は、緊張に唾を飲み込んだ。
「君は、日向くんと付き合っているそうだね?」
ギョッとしたけど、必死に顔に出さないようにする。
「ああ、心配しなくて良い。日向くん本人から聞いたんだ。相談を受けてね」
「あ、綾人が?」
信じられなくて、理事長を見詰める。
「君と日向くんは、運命の番いだそうだが、私はそんなものなど、おとぎ話だと思っている。乾くん、君は、運命の番いを信じているのかね?」
その高圧的な物言いに、俺はちょっとムッとして返した。
「今は、信じています。十七年間生きてきて、『好き』だと思ったのは、綾人だけです」
「十七年間、か。余りにも短い時間だ。そんなに短い人生で、本当に運命などと言えるのかね? ただ、Ωの本能に従っているだけではないのかね?」
「お、俺はβです」
理事長は、皮肉っぽく片頬を上げた。
「隠す必要はない。全て、日向くんから聞いている。運命の番いは、αとΩが前提での話だろう」
「……」
俺は、何と言ったら良いか分からずに、下唇を噛み締めた。
「日向くんと結婚して子供が出来たら、君がΩだという罪は明らかになる。だが、今別れれば、君はβとして普通の人生を歩む事が出来る」
俺に考える時間を与えるように、理事長はゆっくりと話し、そこでいったん言葉を切った。
「小鳥遊の力を持ってすれば、Ωを偽っていた罪を最小限に抑える事が出来る。だが、問題はそれだけではない。森田華那を、知っているね」
「……はい」
「彼女は、生まれる前から決まっていた、日向くんの許嫁だ。物心つく前から、その事を言い聞かされて育った。日向くんも、それを受け入れていた。彼女が日向くんを諦めるのは、そう簡単な話ではない。それでも、茨の道を行く覚悟はあるのかね?」
俺は、迷わなかった。力強く頷いて出た言葉に、自分で驚く。
「俺と綾人は、運命の番いです。綾人の居ない人生は、死んでるのと同じです!」
理事長は、倚子に座り直して吐息をついた。
「……ほう。言い切ったね。日向くんほどの優秀な人材を、スキャンダルで失うのは、小鳥遊にとって痛い。君たちが本気なら、バックアップしよう。ただし、途中で諦めるようなことがあれば、相応の対価は払ってもらうがね」
「諦めたりしません」
「結構。私からは以上だ。君からの質問は?」
「……綾人は、何処に行ってるんですか」
「聞いていないかね? シンポジウムや理事会だ。その他、私的な忙しさもある。行動を把握していないと安心出来ないようじゃ、忙しい小鳥遊の人間の妻には、なれない」
それは正論だったけど、言い方に険があって、俺は悔しさに歯噛みした。
睨むように目を合わせて、言い放つ。
「いえ。分かりました。俺は綾人を信じてます」
「結構。では、下がりたまえ」
『三年C組の、乾四季くん。職員室、担任のところに来てください』
道着のまま職員室に行くと、思いもかけないことを言われた。
「ああ、四季くん。副理事長が、君の転校手続きの不備を見付けたそうだ。直接話すから、副理事長室に来るように、とのことだよ」
綾人と会える! 俺は、思わず目を輝かせた。そんな俺を見て、係長は朗らかに言った。
「副理事長と君は、仲が良いんだね」
「あっ……いえ」
「安心しなさい、幾ら副理事長のお気に入りでも、えこひいきはなしだよ。隠さなくても良いんだよ」
ホントは色んなことを隠してるけど、俺は不自然にならないように気を付けて、返事した。
「はい」
* * *
早足で副理事長室への渡り廊下を通って、急ぐ。
ノックをして、返事も待たずにドアを開けた。
「綾人……」
「名前は、ドアを閉めてから呼びなさい」
「えっ……」
俺はビックリして、棒立ちになった。
木製の高級デスクには、見た事のないオールバックの三十代の男が座っていた。
「ドアを閉めなさい」
その言葉には、有無を言わせぬ重みがあった。
言葉通り、静かにドアを閉める。
「ここに来なさい」
「あの……誰ですか? 俺は、副理事長に呼ばれたんですけど」
「私は、理事長の小鳥遊創(たかなしはじめ)だ。滅多に顔を出さない私の名前でなんか呼び出したら、君は注目を集める。だから、日向くんの名前で呼び出させて貰った。ここに来なさい」
「はぁ……」
何だろう。嫌な予感がした。
示された、デスクの前に立つ。
「転校手続きの書類のひとつに、空欄があった。ここに名前と住所などを書くように」
雑多に書類が広げられている一箇所を差されると、確かに空欄があった。
俺はそこに、必要事項を書いていく。
ものの一分で空欄は埋まった。
「書類上の不備は、以上だ。後は、個人的な話になる」
理事長と名乗った男が、足を組んでいた姿勢から、前のめりになってデスクの上で指を組む。
空気が真剣なものに変わって、思わず俺は、緊張に唾を飲み込んだ。
「君は、日向くんと付き合っているそうだね?」
ギョッとしたけど、必死に顔に出さないようにする。
「ああ、心配しなくて良い。日向くん本人から聞いたんだ。相談を受けてね」
「あ、綾人が?」
信じられなくて、理事長を見詰める。
「君と日向くんは、運命の番いだそうだが、私はそんなものなど、おとぎ話だと思っている。乾くん、君は、運命の番いを信じているのかね?」
その高圧的な物言いに、俺はちょっとムッとして返した。
「今は、信じています。十七年間生きてきて、『好き』だと思ったのは、綾人だけです」
「十七年間、か。余りにも短い時間だ。そんなに短い人生で、本当に運命などと言えるのかね? ただ、Ωの本能に従っているだけではないのかね?」
「お、俺はβです」
理事長は、皮肉っぽく片頬を上げた。
「隠す必要はない。全て、日向くんから聞いている。運命の番いは、αとΩが前提での話だろう」
「……」
俺は、何と言ったら良いか分からずに、下唇を噛み締めた。
「日向くんと結婚して子供が出来たら、君がΩだという罪は明らかになる。だが、今別れれば、君はβとして普通の人生を歩む事が出来る」
俺に考える時間を与えるように、理事長はゆっくりと話し、そこでいったん言葉を切った。
「小鳥遊の力を持ってすれば、Ωを偽っていた罪を最小限に抑える事が出来る。だが、問題はそれだけではない。森田華那を、知っているね」
「……はい」
「彼女は、生まれる前から決まっていた、日向くんの許嫁だ。物心つく前から、その事を言い聞かされて育った。日向くんも、それを受け入れていた。彼女が日向くんを諦めるのは、そう簡単な話ではない。それでも、茨の道を行く覚悟はあるのかね?」
俺は、迷わなかった。力強く頷いて出た言葉に、自分で驚く。
「俺と綾人は、運命の番いです。綾人の居ない人生は、死んでるのと同じです!」
理事長は、倚子に座り直して吐息をついた。
「……ほう。言い切ったね。日向くんほどの優秀な人材を、スキャンダルで失うのは、小鳥遊にとって痛い。君たちが本気なら、バックアップしよう。ただし、途中で諦めるようなことがあれば、相応の対価は払ってもらうがね」
「諦めたりしません」
「結構。私からは以上だ。君からの質問は?」
「……綾人は、何処に行ってるんですか」
「聞いていないかね? シンポジウムや理事会だ。その他、私的な忙しさもある。行動を把握していないと安心出来ないようじゃ、忙しい小鳥遊の人間の妻には、なれない」
それは正論だったけど、言い方に険があって、俺は悔しさに歯噛みした。
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