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第26話 煙草

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 いつものように一時限目の終わりに学校に着くと、ハシユカはもう待ち構えてなかった。女子のグループの中で、談笑してる。
 俺はホッとして、廊下側の席に座った。

「おはよう、四季。これ、捨てといてくれないか」

 ナベがそう言って、クシャクシャに丸めた紙を俺の机の上に置く。

「おう。分かった」

 綾人からの伝言だろう。
 ナベは屈み込んで、俺にコッソリ囁いた。

「ハシユカ、諦めたのか? アイツのウチ、凄い金持ちなんだ。金の力で嫌がらせされるかもしれないから、気を付けろよ」

 チラリとハシユカを見ると、何だか必要以上に明るく振る舞ってるような気がした。

「サンキュ。気を付ける」

 その日の休み時間は、綾人からのメッセージを、フランス語の辞書で翻訳することに集中した。

『昨日話せなかったが、忙しくなるのは本当だ。それに、何かあった時に証拠になるから、メールも出来ない。こちらから接触するまで、耐えてくれ』

 そんな内容だった。
 そうか……だから昨日、無理してまで部屋に上げたのかな。
 しばらく綾人と会えないかと思うと、思わず唇に触れていた。薄くて柔らかい感触が蘇(よみがえ)り、誰に見られてる訳でもないのに、俺は頬を染めて拳を握る。

 放課後は、合気道部に精を出した。
 ミッキーが型を直すフリをして、耳元に囁く。

「ハシユカ、諦めた?」

「ああ。助かった」

「あの子、恐ろしいからね。しばらくは、気を付けた方が良いよ」

「クラスメイトにも、そんなこと言われたな」

「我が儘放題の、お嬢様育ちだからね。グッドラック」

 ミッキー、良い奴だな。
 目配せをして、ミッキーは俺から離れていった。

 『小手返し』は、随分上達したと思う。それしか出来なかったけど。
 その日の最後、ミッキーと組んで小手返しをやったら、「痴漢くらいは撃退出来るかもね」と、お墨付きを貰った。

    *    *    *

 その日のメッセージ以来、一週間ほど、綾人からの音沙汰はなかった。
 寂しくないと言えば嘘になるけど、綾人も同じ気持ちだと信じて我慢した。
 
 今日は、最後に特別授業があるらしい。
 理科室に行ったら、女子がキャアキャア騒いでた。
 机を覗くと、シャーレの中に、ミミズが蠢いてる。

「はい、皆さん、席について!」

 理科の女の先生がやってくる。あだ名は、ユーミンだ。
 
「今日は、煙草の有害性についての特別授業です。皆さんの机には、ミミズが置いてありますね。人間の血管に一番近いのが、ミミズなんです」

 煙草と聞いて、真っ先に綾人を思い出す。

「そして、横に置いてある試験管には、煙草の成分を水に溶かしたものが入っています。それをミミズにかけて、よく観察してください。四百字程度の感想文を書いて貰いますから、ちゃんと最後まで観察してくださいね。では班長さん、試験管の液体を、ミミズにかけてください」

 俺の班の班長が、恐る恐る試験管を手にとって、シャーレの蓋を開け、液体を注ぐ。反応は、劇的だった。
 ミミズは、切れてしまいそうなほど急激に細く細く伸びて、今度はギュッと縮まった。それを何回か繰り返す。
 女子の悲鳴がわいた。
 ミミズは苦しんだ末……動かなくなった。

 そのあとユーミンが、年間ガンで亡くなるのがおよそ四十万人、その内肺ガンの死亡率が一位でおよそ十万人だと話してくれた。
 感想文に、俺は『身近な人に禁煙を勧める』と書いて出した。

 ショックだった。
 綾人にも父さんにも、今日の特別授業のことを話したい。
 父さんは夕食の時に話せるけど、綾人はいつ話せるか分からない。
 一日も早く、煙草をやめて欲しかった。
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