17 / 47
第16話 ほろ苦いキス
しおりを挟む
「四季、会いたかった」
「綾人」
木製の高級デスクから腰を上げ、綾人が近付いてくる。
と思ったら、あっという間に、逞しい腕の中に閉じ込められた。
「ん……綾人」
発情期は終わったから、気恥ずかしくて、思わず胸に手を着いて拒んでしまう。
「何だ。やっぱり四季は、ツンデレか」
「そうじゃないけど、恥ずかしいだろうが……部屋の前に、クラスの奴も居るし」
頬を染めて俺が言うと、間近で綾人の目の色が変わった。
「何! ナベか?」
「あ、いや。女子」
「浮気は許さないぞ、四季」
「ア……」
キスされそうになって咄嗟に顔を逸らしたら、耳朶(みみたぶ)を甘噛みされて、声が裏返る。
そのまま耳の穴にぬめる舌が差し込まれて、俺は身悶えた。
「ヤ・だっ」
「お前のクラスの生徒は、全員把握してる。誰だ?」
「ん……ハシユカ」
「合気道部だな」
「ンッ」
耳に口付けながらの会話に、俺はビクビクと肩を跳ねさせる。
chu、とリップノイズを残して唇が離れ、俺は脱力して綾人の胸にグッタリと身を預けた。
「何でそのハシユカが、こんな所まで着いてくるんだ?」
「席替えで、俺の後ろになって……俺のことを好きな奴が居るから、って、嗅ぎまわってる」
「ふん。それは、十中八九、ハシユカがお前を好きなんだな」
「へ?」
「一緒に帰ろうと、待っているんだろう?」
「うん」
「友人がお前を好きなのだとしたら、ハシユカが四季と一緒に帰るなんて、許さないだろう」
親指の腹が俺の涙ぼくろを撫でて、そこにキスされた。
「そんな面倒臭せぇの、俺だってやだよ。綾人、合気道部じゃなくて、空手部じゃ駄目か?」
「確かに、由々しき問題だな。だけどハシユカはバイで、以前好きだった女子の後を追って合気道部に入り、フラれて幽霊部員になった。他にも、文芸部、演劇部、テニス部に所属している。全て、好きになった生徒の後を追って、入ったものだ。四季が空手部に入れば、着いてくるだろう」
「どうしたら良いんだよ……」
俺は途方に暮れて、綾人の胸に頬を擦り寄せる。
顎を人差し指で引っかけられて、下唇が柔らかく吸われた。
「んっ」
「四季に、その気はないんだな?」
「当たり前だろ。俺は綾人が……」
言いかけて、息を飲んで口を噤む。
綾人が、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた。
「俺が?」
「う……うるせぇな。察しろよ」
「察しているから、聞きたいんだ」
「変態」
「聞き捨てならんな。恋人からの愛の言葉が聞きたくて、何処が変態だ」
「とにかく!」
俺は話を逸らして、やや声を高くした。
「ハシユカが鬱陶しくて、合気道部に行く気にならねぇんだよ。何とかなんねぇか」
「分かった。何とかしよう。……四季」
「ん?」
見上げて目を合わせると、内緒話をするように吐息で、でもハッキリと綾人は言った。
「キスしたい」
「う……」
俺は真っ赤になった。
「して良いか?」
「訊くなよ」
「お前の許しが欲しい、四季」
また、涙ぼくろを撫でられる。
ゆっくりと、ソファに導かれて、綾人がインテリ眼鏡を外す。
俺だけが知ってる、ワイルドな綾人が現れた。
「……する気満々なくせに」
クスクスと、喉で転がすように綾人が笑う。このカオも、学校で知ってるのは俺だけなんだろうな。そう思うと、不意に愛しさがこみ上げた。
項に手を回し、笑んでいる唇に、自分の唇を押し当てた。
綾人が、目を眇めて驚く。ああ、出会った時から、こんな所も変わらない。
「積極的だな、四季。発情期は終わったんだろうな?」
「終わったよ。終わったら、ゆっくりキスするって約束した」
「ああ。覚えていたか」
「んんっ……」
唇が深く奪われる。上顎の歯の付け根を舐められて、粘膜を探られる快感に目を瞑って耐える。
唾液が注ぎ込まれるとやっぱり、独特の苦い味がした。
「ふ……」
飲み込みきれない唾液が、顎を伝う。ワイシャツに染みを作る前に、綾人が後ろ髪を掴んで仰け反らせ、喉仏の辺りで舐め取った。
「綾、人……」
「ん?」
「コーヒー、飲んだ?」
「いや? 俺は紅茶党だ」
「じゃ……煙草、吸ってる?」
心地良さにぼんやりと訊くと、整った眉尻がやや下がった。
「すまない。苦いか?」
「うん。でも、嫌いじゃないから、良い」
「そうか。でも、四季は吸うなよ」
「何でだ?」
「百害あって一利なし、だからだ」
自分は吸ってるくせに。
俺はちょっと噴き出して、愛しい人のほろ苦い唇に、もう一度唇を押し当てた。
「綾人」
木製の高級デスクから腰を上げ、綾人が近付いてくる。
と思ったら、あっという間に、逞しい腕の中に閉じ込められた。
「ん……綾人」
発情期は終わったから、気恥ずかしくて、思わず胸に手を着いて拒んでしまう。
「何だ。やっぱり四季は、ツンデレか」
「そうじゃないけど、恥ずかしいだろうが……部屋の前に、クラスの奴も居るし」
頬を染めて俺が言うと、間近で綾人の目の色が変わった。
「何! ナベか?」
「あ、いや。女子」
「浮気は許さないぞ、四季」
「ア……」
キスされそうになって咄嗟に顔を逸らしたら、耳朶(みみたぶ)を甘噛みされて、声が裏返る。
そのまま耳の穴にぬめる舌が差し込まれて、俺は身悶えた。
「ヤ・だっ」
「お前のクラスの生徒は、全員把握してる。誰だ?」
「ん……ハシユカ」
「合気道部だな」
「ンッ」
耳に口付けながらの会話に、俺はビクビクと肩を跳ねさせる。
chu、とリップノイズを残して唇が離れ、俺は脱力して綾人の胸にグッタリと身を預けた。
「何でそのハシユカが、こんな所まで着いてくるんだ?」
「席替えで、俺の後ろになって……俺のことを好きな奴が居るから、って、嗅ぎまわってる」
「ふん。それは、十中八九、ハシユカがお前を好きなんだな」
「へ?」
「一緒に帰ろうと、待っているんだろう?」
「うん」
「友人がお前を好きなのだとしたら、ハシユカが四季と一緒に帰るなんて、許さないだろう」
親指の腹が俺の涙ぼくろを撫でて、そこにキスされた。
「そんな面倒臭せぇの、俺だってやだよ。綾人、合気道部じゃなくて、空手部じゃ駄目か?」
「確かに、由々しき問題だな。だけどハシユカはバイで、以前好きだった女子の後を追って合気道部に入り、フラれて幽霊部員になった。他にも、文芸部、演劇部、テニス部に所属している。全て、好きになった生徒の後を追って、入ったものだ。四季が空手部に入れば、着いてくるだろう」
「どうしたら良いんだよ……」
俺は途方に暮れて、綾人の胸に頬を擦り寄せる。
顎を人差し指で引っかけられて、下唇が柔らかく吸われた。
「んっ」
「四季に、その気はないんだな?」
「当たり前だろ。俺は綾人が……」
言いかけて、息を飲んで口を噤む。
綾人が、悪戯っ子みたいな笑みを浮かべた。
「俺が?」
「う……うるせぇな。察しろよ」
「察しているから、聞きたいんだ」
「変態」
「聞き捨てならんな。恋人からの愛の言葉が聞きたくて、何処が変態だ」
「とにかく!」
俺は話を逸らして、やや声を高くした。
「ハシユカが鬱陶しくて、合気道部に行く気にならねぇんだよ。何とかなんねぇか」
「分かった。何とかしよう。……四季」
「ん?」
見上げて目を合わせると、内緒話をするように吐息で、でもハッキリと綾人は言った。
「キスしたい」
「う……」
俺は真っ赤になった。
「して良いか?」
「訊くなよ」
「お前の許しが欲しい、四季」
また、涙ぼくろを撫でられる。
ゆっくりと、ソファに導かれて、綾人がインテリ眼鏡を外す。
俺だけが知ってる、ワイルドな綾人が現れた。
「……する気満々なくせに」
クスクスと、喉で転がすように綾人が笑う。このカオも、学校で知ってるのは俺だけなんだろうな。そう思うと、不意に愛しさがこみ上げた。
項に手を回し、笑んでいる唇に、自分の唇を押し当てた。
綾人が、目を眇めて驚く。ああ、出会った時から、こんな所も変わらない。
「積極的だな、四季。発情期は終わったんだろうな?」
「終わったよ。終わったら、ゆっくりキスするって約束した」
「ああ。覚えていたか」
「んんっ……」
唇が深く奪われる。上顎の歯の付け根を舐められて、粘膜を探られる快感に目を瞑って耐える。
唾液が注ぎ込まれるとやっぱり、独特の苦い味がした。
「ふ……」
飲み込みきれない唾液が、顎を伝う。ワイシャツに染みを作る前に、綾人が後ろ髪を掴んで仰け反らせ、喉仏の辺りで舐め取った。
「綾、人……」
「ん?」
「コーヒー、飲んだ?」
「いや? 俺は紅茶党だ」
「じゃ……煙草、吸ってる?」
心地良さにぼんやりと訊くと、整った眉尻がやや下がった。
「すまない。苦いか?」
「うん。でも、嫌いじゃないから、良い」
「そうか。でも、四季は吸うなよ」
「何でだ?」
「百害あって一利なし、だからだ」
自分は吸ってるくせに。
俺はちょっと噴き出して、愛しい人のほろ苦い唇に、もう一度唇を押し当てた。
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
聖域で狩られた教師 和彦の場合
零
BL
純朴な新任体育教師、和彦。
鍛えられた逞しく美しい肉体。
狩人はその身体を獲物に定める。
若く凛々しい教師の精神、肉体を襲う受難の数々。
精神的に、肉体的に、追い詰められていく体育教師。
まずは精神を、そして、筋肉に覆われた身体を、、、
若く爽やかな新米体育教師、杉山和彦が生徒に狩の獲物とされ、堕ちていくまで。
以前書いた作品のリライトになります。
男性向けに設定しましたが、個人的には、性別関係なしに読んでいただける方に読んでいただきたいです。
【R-18】17歳の寄り道
六楓(Clarice)
恋愛
はじめての恋とセックス。禁断の関係。
多感な時期の恋愛模様と、大人の事情、17歳たちの軌跡と、その後を描きます。
移り気で一途な、少女たちの足あと。
◇◇◇◇◇
*R-18要素があるのでご注意ください。
*他サイト様にて、Clarice名義で掲載しています。
きょうもオメガはワンオぺです
トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。
アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。
白熊皇帝と伝説の妃
沖田弥子
BL
調理師の結羽は失職してしまい、途方に暮れて家へ帰宅する途中、車に轢かれそうになった子犬を救う。意識が戻るとそこは見知らぬ豪奢な寝台。現れた美貌の皇帝、レオニートにここはアスカロノヴァ皇国で、結羽は伝説の妃だと告げられる。けれど、伝説の妃が携えているはずの氷の花を結羽は持っていなかった。怪我の治療のためアスカロノヴァ皇国に滞在することになった結羽は、神獣の血を受け継ぐ白熊一族であるレオニートと心を通わせていくが……。◆第19回角川ルビー小説大賞・最終選考作品。本文は投稿時のまま掲載しています。
溺愛オメガバース
暁 紅蓮
BL
Ωである呉羽皐月(クレハサツキ)とαである新垣翔(アラガキショウ)の運命の番の出会い物語。
高校1年入学式の時に運命の番である翔と目が合い、発情してしまう。それから番となり、αである翔はΩの皐月を溺愛していく。
【R18】騎士団寮のシングルファザー
古森きり
BL
妻と離婚し、彼女を見送り駅から帰路の途中、突然突っ込んできた車に死を覚悟した悠来。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、悠来の奮闘が今、始まる!
小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】にも掲載しています。
※『騎士団寮のシングルマザー』と大筋の流れは同じですが元旦那が一緒に召喚されていたら、のIFの世界。
これだけでも読めます。
※R指定は後半の予定。『*』マークが付きます。
この恋は運命
大波小波
BL
飛鳥 響也(あすか きょうや)は、大富豪の御曹司だ。
申し分のない家柄と財力に加え、頭脳明晰、華やかなルックスと、非の打ち所がない。
第二性はアルファということも手伝って、彼は30歳になるまで恋人に不自由したことがなかった。
しかし、あまたの令嬢と関係を持っても、世継ぎには恵まれない。
合理的な響也は、一年たっても相手が懐妊しなければ、婚約は破棄するのだ。
そんな非情な彼は、社交界で『青髭公』とささやかれていた。
海外の昔話にある、娶る妻を次々に殺害する『青髭公』になぞらえているのだ。
ある日、新しいパートナーを探そうと、響也はマッチング・パーティーを開く。
そこへ天使が舞い降りるように現れたのは、早乙女 麻衣(さおとめ まい)と名乗る18歳の少年だ。
麻衣は父に連れられて、経営難の早乙女家を救うべく、資産家とお近づきになろうとパーティーに参加していた。
響也は麻衣に、一目で惹かれてしまう。
明るく素直な性格も気に入り、プライベートルームに彼を誘ってみた。
第二性がオメガならば、男性でも出産が可能だ。
しかし麻衣は、恋愛経験のないウブな少年だった。
そして、その初めてを捧げる代わりに、響也と正式に婚約したいと望む。
彼は、早乙女家のもとで働く人々を救いたい一心なのだ。
そんな麻衣の熱意に打たれ、響也は自分の屋敷へ彼を婚約者として迎えることに決めた。
喜び勇んで響也の屋敷へと入った麻衣だったが、厳しい現実が待っていた。
一つ屋根の下に住んでいながら、響也に会うことすらままならないのだ。
ワーカホリックの響也は、これまで婚約した令嬢たちとは、妊娠しやすいタイミングでしか会わないような男だった。
子どもを授からなかったら、別れる運命にある響也と麻衣に、波乱万丈な一年間の幕が上がる。
二人の間に果たして、赤ちゃんはやって来るのか……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる