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第8話 本番
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「シィ、それ……」
「あはは。四季くん、これはメイク」
メイクだと分かっていても、もう半歩下がってしまう身体をコントロール出来ない。
それは無味乾燥だった楽屋に思いもかけず、笑いを提供してしまったようだった。
スタッフもマネージャーも、クスクスと俺を見て笑う。
「首のも?」
「うん。ぼく今から、首締められて殺されるんだよ。凄い顔色でしょ?」
窒息死が一番苦しいらしいって聞いたことがあるけど、映画だから多少は綺麗に作ってあるんだろうか。
シィの首には紫色の手形がクッキリ浮いて、顔色も薄茶色に近い死相だった。
服は、ディープブルーのロングガウン一枚。
あ……ベッドシーンがあるって言ってたっけ。その準備かな。
「シィ……ちょっと、訊きたい事があったんだけど」
俺はチラリと周りを気にする。シィはすぐに気が付いて、スタッフに「二人にして」と声をかけた。
「何? 四季くん」
「時間、あるか?」
「うん。ぼくはメイクするから早めに食べたけど、今他の人、お昼ご飯だから」
「そうか。実は……」
相談しようと思ってたけど、不意に内容の恥ずかしさに、頬が火照る。シィはそれも見逃さずに、穏やかに言った。
「恋愛相談?」
「う……」
「嘘が吐けないね、四季くん。ぼくに相談するって事は、芸能科の子?」
「いや。副理事長のことなんだけど……」
シィは、元々大きな瞳を真ん丸にした。
「アーヤ? アーヤの事、好きになったの?」
「いや、その……キスされたんだけどよ。どういうつもりなのか、あいつはホントに男に興味がないのか、訊こうと思って」
「キス!?」
「シッ」
俺は自分の唇の前に、人差し指を立てた。
「あ、ごめん」
シィも、慌てて掌で唇を塞ぐ。
「そっか……小鳥遊の血が入ってなくても、バイだったりゲイだったりは、珍しくないからね。でも昨日、アーヤと喧嘩してたんでしょ? 何でそんな事になったの?」
俺は、Ωであることを言い出せずに、俯いて口を噤(つぐ)んでしまった。
αは、本能的にΩを嫌う。フェロモンに当てられてレイプしてしまい、輝かしい経歴に傷をつけられるからだ。
そんな俺を、シィは優しい言葉で導いてくれた。
「されて、嫌だった?」
「初めは嫌だったけど……自分の気持ちが、分かんなくなった」
「嫌じゃなかったかも、って思い始めてるってこと?」
「まあ……そうだな」
シィは、名案が浮かんだ時のように、片掌に片拳をポンと置いた。
「じゃあ、きっと好きなんだよ。喧嘩するほど仲が良い、って言うでしょ。『喧嘩ップル』って言うんだよ、そういうの」
「けんかっぷる?」
「うん。喧嘩してばかりのカップルのこと。好きだからこそ、相手のことが必要以上に気になっちゃって、喧嘩になるんだよ」
「ふぅん……物知りだな、シィ」
感心すると、シィはクスリと笑った。
「ぼくも、共演者さんに教えて貰ったんだけどね。主役のひとのお姉さんが、恋愛の達人なんだ」
「幾つだ?」
「うう~ん、女性の年齢は訊いてないけど、二十四歳のひとのお姉さんで歳が離れてるって言ってたから、アラサーなんじゃないかな」
「そっか……あいつも、アラサーだよな?」
「アーヤ? 確か、二十七か八の筈だけど。生徒と近い位置に居たいみたいだから、アラサーって言ったら、怒るかもよ」
「喧嘩ップルは、喧嘩してナンボなんだろ。臨むところだ」
「ふふ、四季くん、やっぱりアーヤのこと好きなんだぁ。そうかぁ、ぼく応援するよ」
「ま、まだ分かんねぇけどよ。相談出来るのシィだけだから、また話すかも」
「任してよ! 恋愛から殺人まで、色んな役やってるからね」
その時、ノックの音が響いた。
「はーい」
「海、もうそろそろ本番よ」
「あ、うん。今行くー」
マネージャーの声に間延びした返事を返す。
ここには、確かにシィの居場所がある。心の何処かで、羨ましい、と思った。
「四季くん。これから本番だけど、観ていく?」
「ああ。見学させて貰う」
「四季くんてスタイル良いから、興味があるなら、モデルに推薦しても良いよ」
「よせよ。俺は芸能科じゃねぇ」
「ふふ。じゃ、これから長丁場になるから、ここでバイバイ、四季くん」
「ああ。頑張ってな」
俺は軽い気持ちで、そんな風にありふれた言葉をかけて別れたんだけど、その後の『本番』を観て、シィを見直すことになった。
全裸に近い肌を晒して、シィは中年男に組み敷かれて艶っぽく喘ぎ、普段からは想像も出来ない憎悪にまみれた眼差し(まなざし)で睨んで言った。
『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』
こないだ、屋上で言ってた台詞だ。
やがてシィは喘ぎながら男に首を絞められて声を詰まらせ、もがき苦しんで『死んだ』。
カットの声がかかるまで数十秒、シィは……いや、風見海は、呼吸を止め続けて見事に死体を演じきったのだった。
「あはは。四季くん、これはメイク」
メイクだと分かっていても、もう半歩下がってしまう身体をコントロール出来ない。
それは無味乾燥だった楽屋に思いもかけず、笑いを提供してしまったようだった。
スタッフもマネージャーも、クスクスと俺を見て笑う。
「首のも?」
「うん。ぼく今から、首締められて殺されるんだよ。凄い顔色でしょ?」
窒息死が一番苦しいらしいって聞いたことがあるけど、映画だから多少は綺麗に作ってあるんだろうか。
シィの首には紫色の手形がクッキリ浮いて、顔色も薄茶色に近い死相だった。
服は、ディープブルーのロングガウン一枚。
あ……ベッドシーンがあるって言ってたっけ。その準備かな。
「シィ……ちょっと、訊きたい事があったんだけど」
俺はチラリと周りを気にする。シィはすぐに気が付いて、スタッフに「二人にして」と声をかけた。
「何? 四季くん」
「時間、あるか?」
「うん。ぼくはメイクするから早めに食べたけど、今他の人、お昼ご飯だから」
「そうか。実は……」
相談しようと思ってたけど、不意に内容の恥ずかしさに、頬が火照る。シィはそれも見逃さずに、穏やかに言った。
「恋愛相談?」
「う……」
「嘘が吐けないね、四季くん。ぼくに相談するって事は、芸能科の子?」
「いや。副理事長のことなんだけど……」
シィは、元々大きな瞳を真ん丸にした。
「アーヤ? アーヤの事、好きになったの?」
「いや、その……キスされたんだけどよ。どういうつもりなのか、あいつはホントに男に興味がないのか、訊こうと思って」
「キス!?」
「シッ」
俺は自分の唇の前に、人差し指を立てた。
「あ、ごめん」
シィも、慌てて掌で唇を塞ぐ。
「そっか……小鳥遊の血が入ってなくても、バイだったりゲイだったりは、珍しくないからね。でも昨日、アーヤと喧嘩してたんでしょ? 何でそんな事になったの?」
俺は、Ωであることを言い出せずに、俯いて口を噤(つぐ)んでしまった。
αは、本能的にΩを嫌う。フェロモンに当てられてレイプしてしまい、輝かしい経歴に傷をつけられるからだ。
そんな俺を、シィは優しい言葉で導いてくれた。
「されて、嫌だった?」
「初めは嫌だったけど……自分の気持ちが、分かんなくなった」
「嫌じゃなかったかも、って思い始めてるってこと?」
「まあ……そうだな」
シィは、名案が浮かんだ時のように、片掌に片拳をポンと置いた。
「じゃあ、きっと好きなんだよ。喧嘩するほど仲が良い、って言うでしょ。『喧嘩ップル』って言うんだよ、そういうの」
「けんかっぷる?」
「うん。喧嘩してばかりのカップルのこと。好きだからこそ、相手のことが必要以上に気になっちゃって、喧嘩になるんだよ」
「ふぅん……物知りだな、シィ」
感心すると、シィはクスリと笑った。
「ぼくも、共演者さんに教えて貰ったんだけどね。主役のひとのお姉さんが、恋愛の達人なんだ」
「幾つだ?」
「うう~ん、女性の年齢は訊いてないけど、二十四歳のひとのお姉さんで歳が離れてるって言ってたから、アラサーなんじゃないかな」
「そっか……あいつも、アラサーだよな?」
「アーヤ? 確か、二十七か八の筈だけど。生徒と近い位置に居たいみたいだから、アラサーって言ったら、怒るかもよ」
「喧嘩ップルは、喧嘩してナンボなんだろ。臨むところだ」
「ふふ、四季くん、やっぱりアーヤのこと好きなんだぁ。そうかぁ、ぼく応援するよ」
「ま、まだ分かんねぇけどよ。相談出来るのシィだけだから、また話すかも」
「任してよ! 恋愛から殺人まで、色んな役やってるからね」
その時、ノックの音が響いた。
「はーい」
「海、もうそろそろ本番よ」
「あ、うん。今行くー」
マネージャーの声に間延びした返事を返す。
ここには、確かにシィの居場所がある。心の何処かで、羨ましい、と思った。
「四季くん。これから本番だけど、観ていく?」
「ああ。見学させて貰う」
「四季くんてスタイル良いから、興味があるなら、モデルに推薦しても良いよ」
「よせよ。俺は芸能科じゃねぇ」
「ふふ。じゃ、これから長丁場になるから、ここでバイバイ、四季くん」
「ああ。頑張ってな」
俺は軽い気持ちで、そんな風にありふれた言葉をかけて別れたんだけど、その後の『本番』を観て、シィを見直すことになった。
全裸に近い肌を晒して、シィは中年男に組み敷かれて艶っぽく喘ぎ、普段からは想像も出来ない憎悪にまみれた眼差し(まなざし)で睨んで言った。
『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』
こないだ、屋上で言ってた台詞だ。
やがてシィは喘ぎながら男に首を絞められて声を詰まらせ、もがき苦しんで『死んだ』。
カットの声がかかるまで数十秒、シィは……いや、風見海は、呼吸を止め続けて見事に死体を演じきったのだった。
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