上 下
9 / 47

第8話 本番

しおりを挟む
「シィ、それ……」

「あはは。四季くん、これはメイク」

 メイクだと分かっていても、もう半歩下がってしまう身体をコントロール出来ない。
 それは無味乾燥だった楽屋に思いもかけず、笑いを提供してしまったようだった。
 スタッフもマネージャーも、クスクスと俺を見て笑う。

「首のも?」

「うん。ぼく今から、首締められて殺されるんだよ。凄い顔色でしょ?」

 窒息死が一番苦しいらしいって聞いたことがあるけど、映画だから多少は綺麗に作ってあるんだろうか。
 シィの首には紫色の手形がクッキリ浮いて、顔色も薄茶色に近い死相だった。
 服は、ディープブルーのロングガウン一枚。
 あ……ベッドシーンがあるって言ってたっけ。その準備かな。

「シィ……ちょっと、訊きたい事があったんだけど」

 俺はチラリと周りを気にする。シィはすぐに気が付いて、スタッフに「二人にして」と声をかけた。
 
「何? 四季くん」

「時間、あるか?」

「うん。ぼくはメイクするから早めに食べたけど、今他の人、お昼ご飯だから」

「そうか。実は……」

 相談しようと思ってたけど、不意に内容の恥ずかしさに、頬が火照る。シィはそれも見逃さずに、穏やかに言った。

「恋愛相談?」

「う……」

「嘘が吐けないね、四季くん。ぼくに相談するって事は、芸能科の子?」

「いや。副理事長のことなんだけど……」

 シィは、元々大きな瞳を真ん丸にした。

「アーヤ? アーヤの事、好きになったの?」

「いや、その……キスされたんだけどよ。どういうつもりなのか、あいつはホントに男に興味がないのか、訊こうと思って」

「キス!?」

「シッ」

 俺は自分の唇の前に、人差し指を立てた。

「あ、ごめん」

 シィも、慌てて掌で唇を塞ぐ。

「そっか……小鳥遊の血が入ってなくても、バイだったりゲイだったりは、珍しくないからね。でも昨日、アーヤと喧嘩してたんでしょ? 何でそんな事になったの?」

 俺は、Ωであることを言い出せずに、俯いて口を噤(つぐ)んでしまった。
 αは、本能的にΩを嫌う。フェロモンに当てられてレイプしてしまい、輝かしい経歴に傷をつけられるからだ。
 そんな俺を、シィは優しい言葉で導いてくれた。

「されて、嫌だった?」

「初めは嫌だったけど……自分の気持ちが、分かんなくなった」

「嫌じゃなかったかも、って思い始めてるってこと?」

「まあ……そうだな」

 シィは、名案が浮かんだ時のように、片掌に片拳をポンと置いた。

「じゃあ、きっと好きなんだよ。喧嘩するほど仲が良い、って言うでしょ。『喧嘩ップル』って言うんだよ、そういうの」

「けんかっぷる?」

「うん。喧嘩してばかりのカップルのこと。好きだからこそ、相手のことが必要以上に気になっちゃって、喧嘩になるんだよ」

「ふぅん……物知りだな、シィ」

 感心すると、シィはクスリと笑った。

「ぼくも、共演者さんに教えて貰ったんだけどね。主役のひとのお姉さんが、恋愛の達人なんだ」

「幾つだ?」

「うう~ん、女性の年齢は訊いてないけど、二十四歳のひとのお姉さんで歳が離れてるって言ってたから、アラサーなんじゃないかな」

「そっか……あいつも、アラサーだよな?」

「アーヤ? 確か、二十七か八の筈だけど。生徒と近い位置に居たいみたいだから、アラサーって言ったら、怒るかもよ」

「喧嘩ップルは、喧嘩してナンボなんだろ。臨むところだ」

「ふふ、四季くん、やっぱりアーヤのこと好きなんだぁ。そうかぁ、ぼく応援するよ」

「ま、まだ分かんねぇけどよ。相談出来るのシィだけだから、また話すかも」

「任してよ! 恋愛から殺人まで、色んな役やってるからね」

 その時、ノックの音が響いた。

「はーい」

「海、もうそろそろ本番よ」

「あ、うん。今行くー」

 マネージャーの声に間延びした返事を返す。
 ここには、確かにシィの居場所がある。心の何処かで、羨ましい、と思った。

「四季くん。これから本番だけど、観ていく?」

「ああ。見学させて貰う」

「四季くんてスタイル良いから、興味があるなら、モデルに推薦しても良いよ」

「よせよ。俺は芸能科じゃねぇ」

「ふふ。じゃ、これから長丁場になるから、ここでバイバイ、四季くん」

「ああ。頑張ってな」

 俺は軽い気持ちで、そんな風にありふれた言葉をかけて別れたんだけど、その後の『本番』を観て、シィを見直すことになった。
 全裸に近い肌を晒して、シィは中年男に組み敷かれて艶っぽく喘ぎ、普段からは想像も出来ない憎悪にまみれた眼差し(まなざし)で睨んで言った。

『ツキには手を出さないで。約束だよ、お父さん』

 こないだ、屋上で言ってた台詞だ。
 やがてシィは喘ぎながら男に首を絞められて声を詰まらせ、もがき苦しんで『死んだ』。
 カットの声がかかるまで数十秒、シィは……いや、風見海は、呼吸を止め続けて見事に死体を演じきったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

これがおれの運命なら

やなぎ怜
BL
才能と美貌を兼ね備えたあからさまなαであるクラスメイトの高宮祐一(たかみや・ゆういち)は、実は立花透(たちばな・とおる)の遠い親戚に当たる。ただし、透の父親は本家とは絶縁されている。巻き返しを図る透の父親はわざわざ息子を祐一と同じ高校へと進学させた。その真意はΩの息子に本家の後継ぎたる祐一の子を孕ませるため。透は父親の希望通りに進学しながらも、「急いては怪しまれる」と誤魔化しながら、その実、祐一には最低限の接触しかせず高校生活を送っていた。けれども祐一に興味を持たれてしまい……。 ※オメガバース。Ωに厳しめの世界。 ※性的表現あり。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子
BL
大須賀伯爵家の庭師である澪は、秘かに御曹司の晃久に憧れを抱いている。幼なじみの晃久に子どもの頃、花嫁になれと告げられたことが胸の奥に刻まれているからだ。しかし愛人の子である澪は日陰の身で、晃久は正妻の嫡男。異母兄弟で男同士なので叶わぬ夢と諦めていた。ある日、突然の体の疼きを感じた澪は、ふとしたことから晃久に抱かれてしまう。医師の長沢から、澪はオメガであり妊娠可能な体だと知らされて衝撃を受ける。オメガの運命と晃久への想いに揺れるが、パーティーで晃久に婚約者がいると知らされて――◆BL合戦夏の陣・ダリア文庫賞最終候補作品。◆スピンオフ「椿小路公爵家の秘めごと」椿小路公爵家の唯一の嫡男である安珠は、自身がオメガと知り苦悩していた。ある夜、自慰を行っている最中に下男の鴇に発見されて――

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【R18】騎士団寮のシングルファザー

古森きり
BL
妻と離婚し、彼女を見送り駅から帰路の途中、突然突っ込んできた車に死を覚悟した悠来。 しかし、目を覚ますとそこは森の中。 異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、悠来の奮闘が今、始まる! 小説家になろう様【ムーンライトノベルズ(BL)】にも掲載しています。 ※『騎士団寮のシングルマザー』と大筋の流れは同じですが元旦那が一緒に召喚されていたら、のIFの世界。 これだけでも読めます。 ※R指定は後半の予定。『*』マークが付きます。

女装趣味がバレてイケメン優等生のオモチャになりました

都茉莉
BL
仁科幸成15歳、趣味−−女装。 うっかり女装バレし、クラスメイト・宮下秀次に脅されて、オモチャと称され振り回される日々が始まった。

処理中です...