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第7話 新宿バードランド

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「四季、どうした?」

 俺の為の引っ越し費用を捻出する為に働きづめの両親だけど、たまたま今日は、父さんが休みだった。
 玄関に座り込んで上がる息をゼイゼイと整えてる俺の背に、父さんが心配そうな声をかけてくる。
 慌てて俺は、涙を拭った。

「何でもねぇ」

「まさか、Ωってバレたんじゃ……」

「違うよ!」

 咄嗟に口から出た否定に、自分で驚く。
 綾人は、αのくせに、Ωの俺を警察に通報しなかった。バレれば、自分の身も危ういかもしれないのに。
 それに……薄い唇は、思いの外(ほか)柔らかかった。眼鏡が当たらないように上手にされたキスから、数え切れないほど経験があるんだろうに、目元を赤くして動揺してた。

 Ωは必ず、運命の相手のαと結ばれると言われてる。
 でもそんなの、Ωの発情に当てられてレイプしてしまう事件が多発してるから、気休めのおとぎ話だと思ってた。
 あいつがまさか……俺の、運命の相手? そんな感情と、嫌悪感がせめぎ合う。

「四季、本当に大丈夫なのか?」

 父さんが、『Ωである俺』を隠すのに必死な声で問うてくる。

「大丈夫、だよ」

 複雑な気持ちで答える。
 皮肉にも、『Ωである俺』を初めて認め、本当の意味で将来を心配し、束の間の愛を注いでくれたのはあいつだった。

「発情期が酷いから、バレる前に帰ってきたんだ。父さん、今回の発情期、不安定だから早引けするかもしれない。今回だけだから、許してくれよ」

「ああ。バレないように、上手くやれよ」

 ローファーを脱いで、俯いてリビング手前の部屋に入り、ポケットからシィのLINEのメモを取り出した。

『シィ。俺、四季。今、何処に居る?』

 返事はすぐに返ってきた。

『四季くん! 新宿で撮影。今、休憩中』

『遊びに行っても良いか?』

『良いよ! スタッフさんに芸能科の友達って話しておく』

『O.K.』

 しばらくあって、撮影場所の地図が送られてきた。
 新宿バードランドの、すぐ隣のスタジオ。日本最大級の屋内型遊園地だから、名前は知ってたけど、東京に出て来たばかりの俺は行き方を知らなかったから有り難い。
 『サンキュー!』というスタンプを送ったら、新宿バードランドのキャラクターの『待ってるよ♪』というスタンプが返ってきた。

 俺は顔を洗ってから、ジーンズに白い薄めのVネックカットソーを着て、駅に向かって歩き出した。

    *    *    *

「あの、風見海くんの友人ですけど、入って良いですか?」

 スタジオに着くと……エキストラの人かな。首から身分証を提げた人たちで溢れてた。
 新宿バードランドの入り口にも、『本日貸し切り』の大きな文字が貼ってある。
 みんな、出入りする時は身分証を見せてるけど、俺はそんなの持ってないから、入り口の警備員に声をかけた。

「ああ! 話は聞いてます。念の為、お名前をフルネームで仰ってください」

「乾四季です」

「何年何組?」

「三年C組……あの、芸能科の」

 そう言えば、と思い出し付け加えると、強面だった警備員は愛想良く笑った。

「はい、見学ですね。風見さんから聞いてると思うけど、撮影の内容は、他言無用でお願いします。念の為、こちらにサインを」

 軽い気持ちで遊びに来たんだけど、物々しい、守秘義務の書類にサインさせられる。
 凄いな……映画って、みんなこんな感じなのかな。

 身分証を渡され、別の若い警備員に案内されて、新宿バードランドの隣のスタジオに入る。
 地下一階に下りると、入り口に名前が貼られて、俳優の楽屋になってるらしかった。

「あ」

 ひとつの入り口に、『風見海様』の文字。
 どうぞ、と若い警備員は促して、自分の持ち場に戻っていった。
 何か……変に緊張すんな。シィは俺の友達だけど、この中に居るのは、『風見海』だから。
 ノックすると、シィの間延びした返事が返ってきた。

「はーい」

「四季だけど」

「入ってー」

 ドアを開けると、広い部屋の一面が大きな鏡になってて、それに向かい合ってシィが座ってた。
 長机とパイプ倚子の並ぶ室内には、四~五人のスタッフ。
 鏡の前に座るシィの顔に、厳ついおじさんがファンデーションを叩いている。
 
「四季くん、ちょっと待ってて。今、メイクしてるんだ」

「あ……ああ」

「乾四季くん? 私、海のマネージャーの倉敷(くらしき)です。海が友人を現場に呼ぶのなんて初めてだから、大歓迎です」

 そう言って、名刺を渡される。

「倉敷さん、四季くんはまだ芸能界に入るって決めてる訳じゃないから、変な根回しはしないでねー」

 のんびりとシィが言う。いつものシィだけど、一人前の役者として『仕事』をしてるのが、いつもと決定的に違うところだった。

「はい、海ちゃん終わり」

「ありがとうございます」

 メイクを終えたシィが、席を立ってやってくる。

「わっ」

 俺はそのメイクを見て、ギョッとして半歩下がった。
 メイクの厳ついおじさんが、気を良くしてカラカラと笑う。

「あら、そんなに驚いてくれるなんて、あたし自信持っちゃうわぁ。海ちゃんのお友達ですって? メイクが映えそうな目鼻立ちだこと」

 語尾にハートマークをつけて、おじさんが身をくねらせた。
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