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第27話 ランチデート

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 その日の夜、デリバリーの焼き魚定食を食べながら、慶二にことの顛末を詳しく語った。
 メイクは落とし、服も慶二の選んでくれた男ものを着ている。

 慶二も一般教養としてシェイクスピアの『夏の夜の夢』は知っていて、僕がヒポリタを演じたんだと話すと、身を乗り出して映像はないのか、観たいと言い始めた。
 
「そう言えば、小さなカメラが回ってたよ。たぶん、大学側の資料映像用だと思う」

「よし、それを三沙にコピーして貰おう」

 僕はその勢いに、ちょっと小首を傾げて、箸の先を下唇にチョンと当てた。

「女装だよ?」

「シェイクスピアは良いんだ。日本の歌舞伎と同じで、十七世紀にチャールズ二世が解禁するまで、演じるのはみんな男だけだった」

「じゃあ、慶二、歌舞伎も観られるの?」

「ああ。興味があるなら、観に行くか?」

「ううん。どっちかって言うと、シェイクスピアの方が好き」

「じゃあ、暇が出来たら、一緒に行こう。今どき、本当に男だけで演じているシェイクスピアは少ないだろうが、芸術的観点から観れば、女性が演じていても観られないことはない」

 そしてお吸いものを一口飲んで、想像してるのか、口角を上げる。
 
「そうか……歩に、演技の才能があったとは知らなかった。これは父さん、新宿バードランドに勤めろって、うるさくなるぞ」

「初めは、そうだったんだよ。下見がてら、三沙くんと行っておいでって。今度の祝日」

 途端、慶二の目の色が変わった。何というか……悔しさが滲む。

「三沙と、二人でか?」

「うん。平良さんとかは居るけど」

「三沙は、バイなんだ。まだ若いから、年上に目がなくて、綺麗なら男女構わず口説いて回る。気を付けろよ、歩」

「まさかあ。三沙くん、僕のこと、年下だと思ったみたいだよ。それに、メイクしてたら分かんないけど、孝太郎さんにも男だってバレて、男の格好で行くから大丈夫」

 白身魚の身を頬張った慶二が、飲み込み損ねて派手にむせる。

「わ、大丈夫、慶二」

 僕が席を立って介抱しようとするけど、むせ込んだまま掌がビタッと突き出され、僕が近付くのを拒否された。
 あ……ファンデーションの匂いが駄目なんだっけ。
 ケンケンと空咳を繰り返し、やがて治まってお吸いものを一口飲んだ。

「父さんに……バレた?」

「うん」

「何て言ってた?」

「男でも、僕を気に入ってるから心配しないで、みたいに言ってた」

「そうか……」

 心底ホッとして、慶二が肩を落としてほうっと大きく息を吐く。
 僕と別れろって言われると思って女装したんだから、僕を愛してくれてるってことだよね。今は触れられないけど、そんな小さなことで幸せを感じる。

「それでね。ヒポリタを観てたアネモネプロの人が、僕をスカウトしようとしたんだけど、孝太郎さん、断ったんだ。『今度、小鳥遊のエンターテイメント部門で大きなプロジェクトがあるから、余所様には渡せない』だって。慶二、何のことか知ってる?」

「ああ……あまり内容まで詳しくは知らないが、百パーセント小鳥遊出資で、映画を作るらしい。主人公はオーディションで選ぶ新人で、父さんと三沙が審査員に入るってのは聞いてるな。あと、PPプロダクションの新人発掘部隊と。演技指導なんかは、PPプロの人間がやるらしい」

「PPプロ!?」

 一日に大きな芸能事務所の名前が二つも出て、流石の僕も目を白黒させた。
 PPプロは、アネモネプロと並ぶ、二大プロダクションだった。主に、男性俳優・歌手を輩出している。

「どうやら、父さんは初め、歩を新宿バードランドで働かせるつもりだったけど、男だと知って、この映画のオーディションに参加させる気らしいな。それだけ、歩の演技が良かったんだろう」

「僕、素人だよ? 男の格好で台詞を言ったり演技したりなんて、出来ない……」

 その言葉尻を、怪訝そうに慶二が捕らえた。

「女の格好なら、出来るのか?」

「あ」

 僕は失言に気付いて唇を覆う。

「歩……」

 慶二が、切れ長の片目を眇めて、俯いてしまう僕をジッと見詰めた。

「違和感は感じてたんだ。幾らお姉さんの服があるからって、靴までサイズが同じだろうか、ってな。歩お前……女装してるのか?」

「あの、あの、理由があって……聞いてくれる?」

「聞こう」

 取り敢えずは、その一言に救われた。
 何から話せば……良いだろう。

「僕、小さい時、姉ちゃんの着せ替え人形にされてて……妹の欲しかった姉ちゃんは僕に、お下がりのスカートばっかり履かせてた。それが当たり前で、僕も受け入れてた。小学校に入る頃になって、ようやくそれが人と違うことなんだって気付いてやめたけど、姉ちゃんは早熟で押しが強かったから、やっぱりたまにスカート履かされてお化粧もされた。僕も、人と違うからやめようって思ったけど、可愛いって言われるのは別に嫌じゃなかったから、たまになら良いやって思ってた」

 熱いお茶を一口飲んで、僕は緊張に干からびた喉を潤す。
 慶二は、黙って耳を澄ましてた。

「それから、中学一年で親戚のおじさんに襲われかけて……僕は可愛いって言われるのが嫌で、前髪を伸ばすようになった。そんな、見た目からして根暗なガリ勉に友達は出来なくて、僕はどんどん、人と距離を置くようになった。ようやく目指してた帝央大学に入って、勉強を一休みして女性とお付き合いもしてみようかなって、告白されたコにOKしたら、その日の内に初めてを奪われて、次の日には噂が広まってた。『可愛い顔してるけど、キスの一つもまともに出来ない』って……それ以来、僕は女性とまともに話せなくなった」

「それで、何で今でも女装してるんだ?」

「女装するのは、姉ちゃんと会う時だけ。女装してると、お化粧で変身したみたいな気分になって前髪を上げられるし、女性は僕を狙わないから自然に話せるし、男性は姉ちゃんがガードしてくれるから自信を持って話せる。でも、慶二が嫌なら、もう女装しない……」

 しばし、沈黙が降りた。

「……要するに、女装しなくても、自信が持てるようにすれば良いんだな」

 慶二は俯いて額を押さえ、知恵を絞ってる風に見えた。やがて漫画みたいに、開いた片掌に、ポンと片拳を打ち付ける。

「よし。明日のランチ、外に行くぞ。オーダーしたスーツに革靴で、待っていろ」

「えっ……うん」
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