【BL】切なさの涙の数だけ、共に夜を越えていこう~契約結婚のススメ~

圭琴子

文字の大きさ
上 下
26 / 38

第26話 スカウト

しおりを挟む
 衣装を脱いで、孝太郎さんの元へ戻ったら、パチパチと拍手をして出迎えてくれた。

「歩さん、とても良かった。演技も見事じゃが、一番綺麗じゃったぞ」

「恥ずかしいです……立ってるだけで良いって言われたのに、出過ぎた真似をしてしまって」

 僕は自分のしでかしたことの大胆さに、恐縮してペコペコ頭を下げる。
 帝央大学の演技研究部と言ったら、芸能事務所も目を光らせてる、本格派集団だ。
 そんな中で、代役で入った素人が、見よう見まねでアドリブ芝居をしたなんて。

 そこへ、三沙くんも衣装を脱いでやってくる。
 長い黒髪はウィッグだったんだ。明るいミルクティー色にカラーリングされた、ショートボブのような髪型をしている。
 ブラックジーンズに、髪の色と合わせたようなベージュのVネックセーターを着ていた。

「あゆちゃん、お疲れ~」

 うっ。髪の色からして、チャラい!
 苦手なタイプだ。ちょっとこめかみに汗を浮かべながら、作り笑顔で応える。

「お疲れ様でした……」

「父さん、どうだった?」

 三沙くんは、拭き取るタイプのクレンジングで、濃いアイラインを落としながら訊く。

「うむ。これなら人前に出しても、恥ずかしくないの。約束通り、新宿バードランドのアトラクション係から始めて、いずれアミューズメント部門とエンターテイメント部門の、トップにしてやろう」

 うわ。コネクションの典型的な例を見てしまった。
 でも……孝太郎さん、「人前に出しても、恥ずかしくない」って言ったな。

 確かに三沙くんの演技は、相手役として共演してて、思わず台詞が出ちゃうくらい見事に、無骨で真面目なシーシアスになりきってた。実際はチャラいのに。
 そんなシーシアスを、僕もヒポリタとして愛した。
 親の七光りではなく、三沙くんの才能と努力の結果の配属なのかもしれない。

 そう言えば、慶二も部下任せにしないで、忙しく働いてるよな。
 小鳥遊の後継は、実力で掴むものなんだろうか。
 何より孝太郎さんの佇まいが、馬鹿息子に跡目を継がせる考えなしの総帥には、見えなかった。

「やったね。あゆちゃんは今、仕事何してるの?」

「慶二さんと結婚して、働いていた職場を辞めたので、今は無職です」

「え~? あゆちゃんまさか、専業主婦になっちゃうの? 勿体ないよ。僕と一緒に、新宿バードランドで働かない?」

「え……」

 昨日も孝太郎さんに言われて、胸が高鳴った言葉を三沙くんが言い始める。
 でも、そうしたら、毎日お化粧するから、慶二と何も出来ない。
 僕は夢を諦めて、断ろうとした。
 だけど、思わぬ強力な推薦が上がってしまう。

「そうじゃな。ワシもそう思っとった所じゃ。歩さん、再就職先を探してると言ってたね。一度、三沙と新宿バードランドに、下見がてら行ってみればいい」

「え……でも……あの」

 ヒポリタじゃないけど、心の底では嬉しい言葉で、何と言って断ったらいいか、一瞬詰まる。

「まあ堅苦しく考えず、一度、三沙と遊びに行くことじゃな」

 そう言われれば、断る術もなく。僕はかろうじて、メイクしない方向で話を進めた。

「私普段、メイクもしないし、胸もないし、男の子みたいですけど、それでも良ければ」

「あゆちゃんは素材が良いから、スッピンでもいけると思う。俺、気にしないよ」

「ありがとう」

 ホッ。出来ればもう、メイクしたくない。慶二が嫌がるから。

「次の祝日、空いてる? 祝日はお客さんが多い代わり、社員も精鋭部隊を出してるから、楽しめると思うよ」

「はい。あの……バイトの方は居ないんですか?」

 ずっと気になってた事を口にする。バイトなら、一回やってみて合いませんでした、でも許される気がして。
 何となく思ったことで、実際に新宿バードランドで、女性として働くことは出来ないけど。

「小鳥遊のあらゆる部門、バイトは居ないよ。試用期間はあるけどね。全員社員。福利厚生、各種手当て、寮完備、どう?」

「これ、三沙。無理強いはよしなさい」

「はーい」

 間の抜けた返事を上げる。絵に描いたような末っ子の奔放さを、三沙くんは持っていた。
 やがてメイクを落とし終わると、三沙くんは立ち上がる。

「あゆちゃん、じゃあ祝日に、新宿南口でね」

「あ、お花屋さん、分かりますか。その前だと、分かりやすいんですけど」

「ああ、うん。了解。十三時に。じゃあ父さん、これからバラシだから。あゆちゃん、ありがとね!」

 小さく手を振って、三沙くんは甘い笑顔で舞台袖に入っていった。
 モテるんだろうなあ……。

「歩さん、お茶でもしていかんかね」

「あ、はい。喜んで」

    *    *    *

 連れてきて貰ったのは、代官山のお洒落なカフェだった。でも隠れ家的なお店らしく、看板は何処にも出ていない。入り口は普通の家のようにも見える作りだったけど、中に入ると、塀に囲まれた庭の緑が鮮やかな、明るい空間だった。
 BGMに、ジャズピアノが細く流れてる。

「歩さん、もし小鳥遊で働くことになったら……何かワシに言うことが、ありゃせんかね?」

 紅茶を頼んで、今まで僕が『紅茶』って呼んでたティーパックとは全く違う、本場の香りに幸せを噛み締めていたら、孝太郎さんが訊いてきた。

「え?」

 何を訊かれているのか分からなくて、キョトンとしてしまう。
 孝太郎さんは口髭を撫でながら、優しく促す。

「慶二が女性と結婚したと思った時は、そりゃ嬉しかったんじゃが……勘違いで、気を回させてしまったようじゃの。ワシは、歩さんが気に入ったんじゃ。何を告白されても、驚きゃせんよ」

 僕は激しく焦った。
 え、え? これって……僕が男ってバレてる? 何で? いつから?

 お行儀悪くソーサーにカチャンと音を立ててティーカップを置き、青ざめて口元を覆うと、孝太郎さんが柔和に気遣ってくれた。

「大丈夫かの? 責めてる訳じゃないんじゃ。歩さんの口から聞きたいと、思っとるだけなんじゃ」

「あの……私……いえ、僕……」

 勇気を出して上目遣いに見上げると、孝太郎さんは目尻に笑い皺を刻んでた。
 その甘やかさに、心配が安心にすり替わる。

「騙して、すみませんでした……僕が歩(あゆみ)なんて名前だから、お父様が女性だと思ってると知って……男だってバレたら、慶二さんと別れろって言われると思って……恐くて、嘘を吐きました」

「良いんじゃよ。小鳥遊の男は、代々男好きが多くてのう。慶二も、女性には見向きもせんかった。だから、おかしいと思うべきじゃった」

「あの、それ以外は嘘吐いてません! 出会ったのも婚活パーティだし、慶二さんと出会うまでサラリーマンやってたのも、ホントです」

「そうか、そうか。安心したわい。歩さんは、ワシの自慢の息子じゃ。慶二は昔から女性が苦手じゃから、女装したら嫌がるじゃろう?」

「はい、あの……お化粧の匂いで、気分が悪くなるみたいです」

「すまんかったのう。そんな状態じゃ、新婚気分を味わうどころじゃなかったろうに。これからは、自然な姿でよいからの」

「ありがとうございます……!」

 ホッとしたら、何だか目頭が熱くなった。グス、と洟をすすると、着物の袂からスマートに白いハンカチが差し出される。渋い紺の刺繍糸で『K.T.』とあった。
 慶二も『K.T.』だ。初めて会った時を思い出す。
 慶二はシトラスの香りだったけど、孝太郎さんは和風なお香の香りだった。

「ありがとうございます」

 僕は心遣いを遠慮なく受け取って、滲む涙を押さえる。

「実は、慶二が女性と結婚するなんておかしい、と言ったのは、三沙での。兄弟というのは、どんなに疎遠になっても、分かり合う所があるらしい。だから、今度の日曜の約束に男の姿で行っても、三沙は動じないと思うんじゃ。問題は、創じゃが……」

「あ、創さんは僕が男だって、知ってます」

「おお、そうか。創には嫁をとらせたが、男遊びをやめてないらしくてのう。注意してくれたまえ」

 まさか、もう襲いかかられましたとも言えずに、僕は曖昧に頷く。

 その時、失礼します、と横から声がかかって、人懐こい笑みを浮かべた四十代くらいの小太りの男性が、スッと孝太郎さんに名刺を差し出した。

「私、アネモネプロダクションの川崎(かわさき)と申します。先ほどの舞台、拝見させて頂きました。こちらは、お嬢さんでしょうか? 是非、スカウトさせて頂きたいのです。お時間、少々よろしいですか?」

 えっ。アネモネプロと言ったら、美少女ナンバーワンコンテストなんかやってる、女の子の憧れの芸能事務所だ。
 一瞬信じられない幸運に心が騒ぐけど、僕は男! 女装すると、心まで女性思考になっちゃうんだな。

 孝太郎さんは、涼しい声で断ったけど……度肝を抜かれるような断り方だった。

「彼女は、小鳥遊財閥の人間じゃ。今度エンターテイメント部門で大きなプロジェクトがあるから、追々事務所所属を考えて貰う。余所様(よそさま)には、渡す訳にはいきませんな」

 ……初めて聞くんですけど!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

聖女召喚された科捜研の女~異世界科学捜査で玉の輿を狙う

青の雀
ファンタジー
分析オタクのリケジョ早乙女まりあは、テレビドラマに憧れ京都府警の科捜研の研究員となる。 京大院生との合コンの日、面白半分で行われた魔方陣によって異世界へ召喚されてしまうハメに 今は聖女様は間に合っていると言われ、帰る手立てもなく、しばらく異世界で分析を満喫することにする 没落した貴族の邸宅を自宅兼研究室、ならびに表向き料理屋をすることにして、召喚の慰謝料代わりに分捕った。 せっかく異世界へ来たのだから、魔法という非科学的なものを極めたいとポジティヴな主人公が活躍する 聖女様と言えども今は用なしの身分だから、平民と同じだけど邸宅だけは貴族仕様 かりそめの貴族ライフを楽しみつつ、異世界で巻き起こる様々な事件を現代科学の粋で解決に導く……予定です ついでにイケメン騎士団長や王弟殿下のハートを射止めることができるのか!?

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...