【BL】切なさの涙の数だけ、共に夜を越えていこう~契約結婚のススメ~

圭琴子

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第4話 お仕着せ

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「折角夫が会いに来たのに、『げっ』て何だ、『げっ』て」

「僕は夫とは認めてない! どうせ契約上だけでしょ」

 何故だろう。女性と権力には弱い僕の筈なのに、慶二が小鳥遊財閥の人間と分かっても、出会い方が出会い方だからか、不思議とスラスラ不平が口を突いた。

「相変わらず、減らない口だな。ますます気に入った」

 ニコリともせずに、真面目な顔で僕を見下ろす。
 う……何センチあるんだよ。百八十後半? 百六十四センチの僕は、首が痛くなりそうだった。

「歩。デートしよう。そのままで良いから、乗れ」

 背後には、庶民的な住宅地には不似合いな、デカいロールスロイス。
 平良さんて言ったっけ。運転手さんと目が合うと、深々とお辞儀された。僕もつられて、九十度の礼をしてしまう。

「さあ、歩」

 慶二の手が伸びて、右手の手首を柔らかく握られる。
 えっ、このままって言ったって。

「これ、パジャマだよ」

「服くらい揃えてやる。時間がないんだ。ショッピングデートして、ディナーを食べよう」

「え……え」

 押しに弱い僕は、引っ張られてロールスロイスに乗せられてしまう。
 
「おはようございます、歩様」

「あ、おはようございます、平良さん。ありがとう」

 僕が頭を打たないように、ドアの上部に掌をかざしてくれたのに気付いてお礼を言うと、先に乗り込んだ慶二も小さく言った。

「ご苦労」

 あれ……これって、昨日僕が、お礼するべきだって言ったからかな。

「慶二……僕が言ったから?」

「ああ。俺は物心つく前から使用人に囲まれて、麻痺してるからな。お前の感覚で礼が必要だと言うんなら、それが正しいのだと思う」

 慶二は、自分勝手の塊だと思ってた。
 こんなに素直に僕の意見を聞き入れるなんて、何だかお金持ちの家に生まれた不幸みたいなものを感じてしまう。
 僕みたいに、貧乏なのも考えものだけどね。でもけして、不幸ばかりじゃない。

「じゃあまず、エステに行くか。顔を洗って汗を流せ。その後は、美容院だ」

「えっ」

 僕は長い前髪の奥から、動揺の息を漏らす。

「美容院はいい……」

 絶対強引に押し切られると思ったけど、慶二は穏やかに訊いてきた。

「前髪を切るのは嫌か?」

「う……うん」

「では、前髪以外を切って貰え。同じ顔を隠すにしても、少し手を入れれば個性的で洒落た風になる」

 一拍おいて正面を向き、ぽつりと呟いた。

「いつか、教えてくれ。顔を隠す理由を。俺は気が長いから、気が向いたらで構わないから」

 いきなりドアが開いて、僕は昨日みたいに慶二に飛び付いてしまった。
 ビックリしないって事は、慶二は車が停まったって、気付いてるんだな。

「平良。歩が驚くから、これからは停めたら言ってくれ」

「は。畏まりました」

 それから、エステ、美容院、洋服のセレクトショップ、オーダースーツ店、靴屋を回った。

 セレクトショップには名のあるブランド品も並んでいたけれど、慶二が選んだのは、メジャーブランドじゃないブラックのスラックスに、シンプルなキャメルのアラン編みセーターだった。
 コートは軽い素材の、カーキのダッフルコート。
 確かにそれは、背伸びし過ぎず、年相応にピタリと僕に嵌まっていた。

 スーツ店では採寸してスーツをオーダーし、靴屋では今の格好に合わせるグレーにライトブルーの差し色の入ったスニーカーを買って、また足を採寸してスーツに合わせる革靴をオーダーする。

 慶二にはこれくらい、何でもないお金なんだろうけど、やたらと買いたがるのを僕は嫌がって止めていた。
 普段着もスーツも靴も、何着も買おうとするのを、僕が止めたんだ。

「如何ですか? お似合いですよ」

 最後にオマケのように帽子専門店でネイビーのハットを被り、僕は全身鏡に向かっていた。
 洋服のセンスは抜群だし、髪はただダラダラと伸ばされていたのが後ろはスッキリと切られ、前髪は長いままだったけど梳きバサミが入れられて、すっかり垢抜けた印象になっていた。

「やっぱり、帽子はいいよ。普段、被らないもの。わざわざお金をかける事ない」

 お店の人に聞かれないよう、ヒソヒソと慶二に耳打ちすると、

「ありがとう。また来る」

 とスマートに断って、店を出た。

「よく似合ってる、歩」

 慶二は肩を並べて歩く僕を見下ろして、目元で笑う。
 まれに人数合わせで誘われる飲み会を断り続けてずっと就活して、就職した後は仕事一本だったから、しばらく黒スーツ以外で出掛けた事がなかった。

 新しい服や靴は気分が良い。思わず微かに鼻歌なんか歌いながら、大きく足を踏み出して、弾むように歩く。
 ああ、これが僕のお金で買ったものなら、もっと気分が良いだろうに。

「では、仕上げだ。指輪を見に行くか」
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